表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

エピローグ:白日の元に

 気がつけば、薄いブルーの天蓋付きベッドの上だった。

 周りを見渡せば、洋風な寝室といった雰囲気の内装が目に入る。

 明かりは、高めの天井にある天窓から指す月明かりと、ベッドの横にあるラックの上に置かれた、鳥の形を象ったアロマキャンドルの穏やかな火だけだった。


「ここは……」


 何処だ? と、身体を起こし、辺りを見渡す。アロマキャンドルからは、どことなく南国を思わせる、濃厚な花の香りが。そして、すぐ横からは慣れ親しんだ彼女の……優しいハチミツの匂いがした。


「いらっしゃい。……小さな勇者さん」


 弾かれたかのように振り向く。その声を知っていた。けど、何故か僕が知る彼女よりも少し気だるげというか……。


「……ふ、ぃ?」

「ああ、こんな格好でごめんなさいね」


 ぼんやりとした光の中に……。この世のものとは思えない美女がいた。

 人形のように整った顔立ちと、見るものを蕩けさせるような蠱惑的な微笑。

 ふんわりとウェーブのかかった綺麗な亜麻色の髪はセミロング……ではなく。ウェーブはそのままに、少し短めにしたショートボブ。それが、女性の妖しげな魅力を更に引き立てているようだった。

 何より、目だ。宝石みたいな青紫色の瞳は、月明かりとキャンドルの炎を映して……不思議な色彩を醸し出している。


「メリー、なの?」

「……ええ。私、メリーさん。今、貴方の目の前にいるの……。なんてね」


 しばらく見とれてしまい、思い出したかのように問いかければ、慣れ親しんだ口上が帰ってくる。

 確かにメリーだ。だけど……何だろう。色気が……。元々凄かったけど更におかしい。


「……そんなドギマギしなくても。緊張、してるの?」

「いや、どちらかといえば……混乱です」


 口元に手を当てて、上品に笑う彼女。その手の薬指には、鈍く光るアクセサリーが身に付けられていた。


「ここって……」

「夢に近いわ。未来とか運命が色々変わるのは、知っているでしょう?」


 オカルトを追ってたなら、尚更。と、付け足す彼女は、僕にゆっくりと手招きし、自らの膝をポンポンと叩く。


「え、遠慮しときます」

「あら、どうしてよぉ」

「何かこう、逃げれなくなりそうな……」

「ねぇ、ちょっと。貴方の知る私、恋人よね? 一応?」


 顔をひきつらせる、暫定未来のメリー。いくつなんだろう? とは、聞かない方がいいのだろう。

 遠慮した理由は他にもある。格好が扇情的すぎた。普段はクラシカルなネグリジェを愛用する彼女だが……目の前の彼女は、ネグリジェという点だけは一緒だが、何というか……色々凄かった。いや、似合うけども!


「僕は……その」

「ドリームランドでしょ? 知ってるわ。とって喰いはしないから、いらっしゃい。視たいんでしょう?」

「……彼処で何があったか?」

「ええ。……来たからには、視ていくといいわ。過去の私がヴィジョンとして視たのと、同じものよ」


 そう言って、未来のメリーは僕を捕まえると、そのまま優しく抱き締めて、額を僕にくっつける。

 すると、不思議な事に僕の身体は急速に眠りに落ちていき。目の前がやがて真っ暗になった。


「目を覚ました時には、全てが終わってる。けど、忘れないでいてあげてね」


 そんな謎めいた言葉だけが、僕に残された。


 ※


 ある母は。父は。祖父は。

 ありとあらゆる大人達は、今を生きるのに必死だった。


 例えば、単純な貧困。

 両親の精神的未熟からくる、浅はかな考え。

 凶暴化したペットの殺処分と、そこに至るまでの多数の事故の補償として発生した、多額の借金。

 欲しいものを手に入れたい。

 落ち着きがなく、煩かったから。

 赤の他人の子だから。

 様々な理由を渦巻かせ、それらは〝チケット〟を手に、遊園地に入った。


 そこは、純粋な遊園地として機能しているのは、二ヶ所だけだった。

 画期的に怖いジェットコースター。

 スタンダードながら人気が高い観覧車とメリーゴーラウンド。

 逆に。裏の顔を持つ。あるいは持たざるを得なくなったアトラクションは四つ。

 ミラーハウスに始まり。ドリームキャッスルへ。終着点はアクアツアー。そして、常人には視えようもない到達点として、観覧車が君臨する。

 そして、定期的に子ども達主体のイベントも執り行った。チームを組んだ子ども達が、園内を自由に散策する、一見ほほえましい。だが、とある含みがある催しを。

 ドリームランド側の計画は順調だった。綻びは見えても、誤差の範囲内だったのだ。


 この、〝ビジネス〟に関しては。



『ミラーハウスというアトラクションから出てきた後、別人みたいに人が変わったという者が何人もいた。まるで中身だけが違う人になったかのように………』

 変わるのは、大抵二人組だった。

 魂の抜けたように腑抜けた顔をしているか。逆に残されたエネルギーを使い潰すかのように陽気になる子どもと。

 始終一貫して鬼のような形相や、嘆き悲しむ様子を見せる大人達。

 ミラーハウスから出てくる子ども達は、実は中でおやつを配られる。決まって赤い紙か、青い紙を握りしめて出てくるのだが……そこにある法則性に気づくものは誰もいなかった。

 ある日は赤い紙。またある日は青い紙。日の色によって中身が変わったか。中身が殺されたかのようになる子どもを従えて。まるで人が変わったかのように険しい。あるいは残忍。悲壮。様々な表情を見せる親が、度々見かけるようになることを。


『あの遊園地では度々子どもがいなくなる。これが直接の廃園になった理由かは不明だが、実際に消えたという噂は閉園まで後を立たなかった』

 それもその筈だ。実際に子どもは消えていたのだから。子どもだけで歩いていても不思議ではない企画を押し出している以上、親が近くにいない子ども達を不審に思う者はいなかった。

 魂が抜けたようにフラフラと歩く子どもの元から、親が意図的に離れる。

 すると、何処からともなく兎が現れて。言うのである。

『さぁ、こっちにおいで。いい子だね』

 さながらハーメルンの笛吹き男のように、それは壊れた子どもを先導する。向かうはそう。

 夢の国にある、夢のお城へ。


『ドリームキャッスルには、隠れた地下室があって、しかもそこは拷問部屋になってるらしい』

 ああ、その通り。奥深くには、地下室はあったのである。

 子ども達を閉じ込める、堅牢な牢屋と一緒に。

 出して出してと。一時的でも正気を取り戻せた子どもは泣き叫ぶ。

 だが、そんな子にはすぐにまた別の〝お菓子〟が与えられた。

『落ち着くでしょう? 天使になれるお菓子だよ。あの観覧車は天国に繋がっていてね。そこに行けるようになる』

 兎の着ぐるみを身につけた、悪魔のような人間はそう適当な事を囁いた。

 そうして毎日一人か二人ずつ。

 子どもを選び、その瑞々しいものを引き抜いていました。

 心臓、肝臓、腎臓、膵臓、胃袋。流れている血に、時には眼球すらも。

 それら全てが、救いを必要としている誰かにとっては、まさに宝石。

 当の子ども達には救いなどもたらされず。

 苦しむ親にお金を。まだ見ぬ誰かに命のバトンを。そんな歪んだ残忍なやり取りが、堂々と行われていたのである。

 そこはまさに拷問部屋で、処刑台で、作業場だった。


『遊園地が営業していた頃、『アクアツアー』というアトラクションにて謎の生物の影を見たという声が度々上がっていた。その何らかの影は、廃園した今も見えるとのこと』

 次は宝石を抜きとられた、子ども達の末路を語ろう。彼ら彼女らは、さながら都市伝説にあるドックフードの材料の如く。細切れに切られ、一部はミキサーにかけられ。どこまでも小さくされた。

 そして……。それらはひっそりと、アクアツアーの巨大な大河へ投げ込まれた。そこに潜む……魚達への餌として。

 影に関しては誰にもわからない。魚群がそう見えたのか、一際大きく成長した魚がいたのか。ただ、餌には全く困らなかったことだろう。


『廃園になった遊園地。その観覧車の近くを通ると声がするらしい。小さな声で出して……と』

 最後は殆どの人が見えなかった、裏の真実だ。遊園地中を引きずり回されて、行き場を無くした子ども達は、怨霊となり、それぞれありとあらゆる思い思いの場所に取り憑いた。

 だが、もっとも数多くの霊が集まったのは、一際大きく。自分の済んでいた場所を見渡せそうな観覧車だった。

 彼らはこぞって観覧車にしがみつき、来る人乗る人に囁き続けたのだ。『出して……』『出して……』と。

 それらは観覧車全体を軋ませて、乗る人皆を不安にさせたという。


 以上。裏野ドリームランドの真実である。

 かくも恐ろしいのは、人間の欲望や、狂気である。

 怨霊の気に当てられたか。単純な経営難か。はたまた何処かで悪事が明るみに出る気配を察したのか。

 ドリームランドは一度閉鎖する。閉鎖直前に園内の至る所で御札を見たという話しも広がり、ますますオカルト染みた噂だけが独り歩きしてしまった事を、ここに追記する。

 だが、悪意の充満はそこで終わりではなかった。

 その実、半ば廃墟と化したドリームランドの場所自体は様々な非合法な取引の為に、密かに使われ続けていたのである。

 淀んだ空気は全てを覆い隠した。

 あらかじめ決められていた行方不明者の存在は……明るみに出ていない。

 日本では、年間に万を越える行方不明者が、出るのである。探す人がいない消えた人間が、どうやって見つかるというのだろう。

 ドリームランドは今日も秘密を覆い隠したまま。夢であれ。どうか誰かにこの真実を。と嘆く怨嗟の声で、今日も満たされている。



 ※


 吐き気を催す真実を見せつけられ、僕が目を覚ませば、そこはいつかに来た、ドリームランドへの入り口だった。

 瞬きすれば、視界に安堵した表情のメリーが入ってくる。

 子どもではなく、元の姿に元の服で。


「ごめん、混乱してる」

「私もよ。あまりにもめぐまるしくて、もしかして夢だったんじゃないかって、疑ってるわ」


 頬っぺつねりあってみる? という提案を却下して、起き抜けにメリーを抱き締める。ぬくもりと、よく知る彼女の香り。そして、不意討ちに弱く、現在あたふたしているとこも垣間見れて、ああ、本物で、無事だったのだと安堵する。

 未来の自分に。あるいは、身体を元に戻す。こうするしか、メリーを助けには行けなかった。サイコロで狙った数字を連続で出すような賭けだったけど、上手く行ったようだった。


「……未来の僕が来た、の?」

「ええ。笑えちゃうくらい大活躍だったわ。私達の気苦労は何だったのかってくらい。信じられる? 未来の貴方、兎をワンパンチで沈めて、観覧車もワンパンチで中にいた魂らを解放よ?」


 思わず脛蹴っちゃったけど、私悪くないわよね? と、肩をすくめて。彼女は僕の抱擁に改めて身を任せる。


「……ねぇ、何? この花みたいな甘ったるい香り」

「ああ、こっちはこっちで、未来の君に少しだけ会ったんだ。……凄かったよ」


 何というか、色々と。僕がそう言えば、メリーは身体を離して僕を見る。つられて僕も目線を下げて、そのまま見つめ合う形になり……。

 はからずも、僕らは同時に頷いていた。


「ん、やっぱり」

「こっちがいいわ……」


 ベタリと再び身体を引っ付ける。

 考えている事は同じらしい。

 確かにまぁ、未来の自分だし、今の僕より素敵に……なってればいいなとは思う。メリーだって未来の姿はとても綺麗だった。

 だけど……。やはり僕にとっては今目の前にいる子が一番で。一緒に時を重ねていきたい相手だから。


「お互い無事で良かった」

「ええ、ホントにね。……もう脱出ゲームは懲り懲りだわ」

「全くだ」


 笑い、無事を喜び合いながら、僕らは立ち上がる。

 もうクタクタだ。こんなところ、さっさとお暇するに限る。細かい告発とかはどうやるか、明日考えたってバチは当たるまい。


「ああ、告発はしなくて大丈夫だと思うわよ。消えていた人達も、今頃起きただろうし」

「……そうなの? なんでまた?」

「鏡の部屋で、一回フェードアウトしてたでしょ? 私その時、無駄にニコニコ笑う貴方と一緒に、ドリームランドの幽霊……ああ、探索者達とは別の人達ね。と話してたんだけど……。あの時点で私、ドリームランドの真実にはたどり着いていたのよ」


 喋るタイミングがなかっただけで。と、メリーは呟いて。


「さっき君が見た白昼夢。ここに閉じ込められている全員に見せたからって。凄いあっさり言われちゃったのよ……一体何人が今頃悪夢で跳ね起きてるのかしらね?」


 苦笑いするメリー。僕は乾いた唇を無理やり笑顔の形にするより他になかった。

 ただでさえ、エグい真実だ。発狂する人が出てもおかしくはないが……。そうならないことを切に願おう。


 ※


 以上が、裏野ドリームランドで行われた、幽霊達による告発の物語である。

 僕らがしたことは巻き込まれて殆ど逃げ惑うだけという、実にいいとこなしな役回り。けど、現実なんてそんなもの。大活躍して物事を解決するなんて、人生に一回か二回あればいい方だと思うから。

 そもそも、こういう規模や恨みの度合いが複雑そうなものを確認したら、さっさと逃げるの一択なので、結果的には良かったのかもしれない。

 行方不明になっていた、雄一をはじめとした『ほうき星の会』の面々も、無事に戻ってきた。

 気がついたら、全員が部室に残っていたとのこと。記憶は曖昧だが、長い悪夢を見ていたようだった。なんて漏らしていた。

 あと、やはりというべきか。ドリームランド側が共有させた、真実を見せたメリーの幻視(ヴィジョン)。これに関してはほぼ全員が覚えていたようだ。


 結果、この奇妙な集団催眠じみた事件がネット上で少し話題になり、あらゆる考察が流れたのはまた別のお話だ。

 最終的に、ついに警察の操作のメスがドリームランドに入り。ドラッグ。臓器売買。殺人。死体遺棄など、捜査員も卒倒するレベルの黒い事実がゴロゴロ出てきたり。

 水を抜いたアクアツアーの川底から何十人もの子どものDNAが検出されたこと。そこの魚達が妙に大きかったこと等。数えきれない不気味な事実が露呈し。メディアを通してしっかりと白日の元にさらされたことをお伝えしておこう。

 これで、探索者達を代表とする、たくさんの犠牲者も浮かばれることだろう。


 最後に。鬼畜な諸行を繰り返し、今回の騒動を引き起こす原因になった関係者の末路を記して、この怪奇譚の締めとしよう。

 まず何年も前から私腹を肥やしていた関係者が何人いたのかは……残念ながら、結局分からないままになってしまった。一応今回脱出ゲームを企画した団体も含めて、警察が一人一人当たろうとしていたらしいが……。その全てが聞き取り出来る状態ではなかった。


 全員が、いつかの『ほうき星の会』の面々と同じように。突如消えてしまったからだ。明らかに、最近まで普通に生活していた痕跡を、色濃く残したまま。


 裏野市の警察は、操作を続けてはいるらしいが。当然ながら難航しているらしい。

 わかっているのは、その人らの自宅付近に……子どもと思われる十数人分の足跡と、成人が引きずられたような痕跡が残されていたことのみ。


 繰り返すが日本では、年間に万を越える行方不明者が、出るのだという。そして、姿を捉えられないとは、その原因や理由もまた、誰にも分からないということ。

 旅に出ただけか。何者かに殺されたのか。はては超常現象に巻き込まれた。なんて、非日常な要因だって肯定は出来ないが、否定もしきれない。

 だから、何が真実なのかは、もう誰にも語りようがないのである。

 裏野ドリームランドの一連の事件は、名目上未解決事件扱いとなった。あるのは……ただの廃墟だけ。

 時折誰もいない筈なのに、大人の悲鳴と、子ども達の笑い声が聞こえて来るらしいが……。ただの風。ということにしておくべきだろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここへ繋がる物語も、覗いてみませんか?
[渡リ烏のオカルト日誌]
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ