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プロローグ

 人と違うとは、時に優位性にも足枷にもなる。

 それを踏まえた上で僕らの〝ズレ〟が自分達にどう作用しているのか。

 それは、この体質と向き合い、それなりに長い年月を経た今でも、明確な答えは出ていない。

 楽しさや高揚。歓喜や恐怖。悲劇に喜劇。あらゆるものを引き寄せるこの身体は、今日まで僕らを助けたり、酷い目に遇わせてきた。

 だから、今回起きたあの事件も、そんな僕達の体質が引き寄せてしまった怪奇譚の一つなのだろう。

 残念ながら喜劇にはならなかった。

 これは、廃園と化していた遊園地に封じ込められていた、悲劇の数々。

 それらがもたらした告発の物語である。



(しん)! リアル脱出ゲーム行こうぜ!」


 それは、大学生になって三度目の夏を迎えた頃。七月七日――。

 梅雨の時期を過ぎて、本格的に夏の暑さが到来し始めたのを嘆きつつ。適度に冷房の効いた大学食堂のカウンター席にて、僕が夏休み前の課題と格闘していた時の事だ。

 その男は唐突にそう叫びながら、僕の隣にまるで風のように滑り込んできた。

 同期の友人、秋山(あきやま)雄一(ゆういち)だった。


「悪いけど課題を急いでるんだ。あと一時間待ってくれない?」

「長いわ。行くか行かないかだけ聞かせろ」

「え、じゃあ行かない」

「おう、そうこなくっちゃ…………うぇ?」


 断られるとは微塵も想像していなかったのか、雄一は信じられないと言わんばかりに目を丸くしながら、僕を二度見した。

 だから、行かないよ。と、もう一度しっかり伝えて。そのまま僕は再びパソコンに目を向けようとする。だが、親愛なる友人は、そんな僕のすぐ横でテーブルをバンバン叩き始めた。

 パソコンがフリーズでもしたらどう責任を取ってくれるのだろうか。控えめに言って結構鬱陶しかった。


「何でだよ!?」

「だって日程やメンバー。果ては何処でやるかもわからないじゃないか。だから今凄く忙しい僕は時間短縮を優先し、断った次第だよ。以上」

「……身も蓋もねぇ」


 僕の言動に、雄一は顔をひきつらせ、やれやれと言わんばかりに肩を竦める。

 ちょっと冷たい気がしなくもないが、彼がいきなり飛び込んで来た事で、いい感じに浮かんでいた課題の内容が吹っ飛んだのだ。

 万死とまではいかないが、少しだけ意地悪したくなってしまう。

 ところが、そのまま引き下がるかな? という僕の予想に反して、彼はそのまま沈黙し、頬杖をつきながら僕の隣に陣取った。

「え? 待ってるの?」と、僕が目で問えば、雄一はへにゃりと破顔しながら、「別にいいだろ?」と肩を竦めた。

 ……成る程、暇人なのか。

 そう結論付けた僕は、OK。と頷きながら、そのまま作業に戻る。終わったら、時間が許す限り話を聞こう。

 課題を急ぐとは、つまるところ消化した後に予定があるという事。でもまぁ少し位なら大丈夫だろう。

 カタカタというノートパソコンのキーを叩く音だけが、僕と雄一の周りを支配する。僕が原因とはいえ、普段はおしゃべりな友人が借りてきた猫みたいに大人しいのが、何だか面白かった。


「なぁ、さっきの口ぶりだと説明すれば考えてくれるのか? 後は……簡単な質問に答えてくれたりとか」

「……パソコンに目を向けたままで、君が気分を害さないなら」

「おいおい。俺と辰の仲じゃねぇか」

「じゃあ、どうぞ」


 最も、やはり彼は一分も沈黙は保てないらしいけど。

 笑ってしまいそうになるのを堪えていると、雄一はおもむろに、鞄から何かを引っ張り出す。横目で確認すると、どうやらチラシの類いらしかった。


「裏野ドリームランドって知ってるか?」

「……いや、知らないね」


 〝裏野〟という単語にほんの少しだけ手を止めかけるが、なんとか意識をディスプレイに戻す。

 去年の夏。ある理由から夏休みの間だけサークルの相棒とルームシェアしたハイツにも、そんな名前が付いていたのを思い出したのだ。多分、偶然の一致だろう。

 内心で少しざわついた僕など知るよしもく、雄一からの説明は続く。

 なんでもそこは、十年以上前に廃園した遊園地であり、長らくそのままの形で放置されていたらしい。

 だが、去年辺りからその土地を『リアル脱出ゲーム』の舞台に利用しようという計画がスタートし、今年の夏にそれが実現したのだという。

 そんなまたとない機会に、鷹匠大学ゲーム研究会――。通称『ほうき星の会』も、是非参加しようと立ち上がった。……のだが。


「恥ずかしながら、俺と一個下の後輩二人は、脱出ゲームの経験が皆無でな。このままでは今年の春に沢山入ってくれた一年生達に示しがつかない。そこで……お前だ!」

「……ごめん、どうしてそこに僕なのかさっぱりわからない」


 しいて言うなば僕が大学一年生の時、『ほうき星の会』が廃部寸前だったから、雄一の頼みで数合わせの幽霊部員になるという形で関わりがあったが……。

 突き詰めればそれだけだ。以降は雄一と交流はあっても、僕が正式に所属しているサークルの兼ね合いもあり、『ほうき星の会』に関わることはなかったのに。

 すると、雄一はチッチッチ……。と指を振りながら意味深な笑みを浮かべる。


「お前、謎解き得意じゃん? 前に問題幾つか出したら、あっさり解いてたし」

「偶然だよ。大体、リアル脱出ゲームなんて僕も行ったことないよ?」

「大丈夫だ。今回一緒に行く全員がそうだから。ただ俺達が欲しいのは、謎解きがある程度得意で、かつその辺の女に興味がない奴。つまり、お前が適任だ」

「……待って。最後が一番わからない」


 その辺の女性に興味があったらマズイってどういうことだろう? というか、彼の言い方は捉えようによっては、僕がアブノーマルな趣味を持っていると誤解されかねない。

 心外だ。という気持ちを込めて雄一を睨む。だが、生憎彼には伝わらなかったらしく。変わりに物凄く真剣な顔で目を伏せて……。


「察しろ」

「……え?」

「察せ」


 あまりにも理不尽な言い分に、パソコンを打つ手が止まってしまう。ますます意味が分からない。察しろ? それは……言動から?

 そこからしばらく考えて、僕は不意にピンときた。

 雄一は言った。大勢入ってきた一年生に示しがつかない。協力者には女性への下心はいらない。それはつまり。


「成る程。サークルに女の子が、結構沢山入ってきたと」

「ああ」

「雄一を含め、他のメンバーはその子らにいいとこ見せたい」

「うむ」

「だが、下手に謎解きが得意な人を呼べば、その人の独壇場になる」

「はい」

「だから、その辺の女の子に興味がない僕に、謎解きのアシストをしてもらいたい……そんなとこ?」

「お前の洞察力に全米と俺が泣いた」


 これ、普通なら泣く立場なのは僕の方では? と言ったら負けだろうか。

 ちょっとあんまりな動機に思わず頭痛に苛まれ、そのまま天井を仰ぐ。

 ……雄一君。こう言っては難だけどやることが猪口才過ぎませんか?


「ありのままで勝負しようとか……」

「巨乳に美尻。おまけにハーフな超絶美女を恋人にしてるリア充が何か言ってるー。腹立つわー」

「彼女はクォーターだよ。……いや、僕がリア充かどうかは知らないけど問題は……」

「俺だって彼女欲しい! そろそろ欲しい! てか待て。ふざけんな爆発しろ! お前がリア充じゃなかったらどうなるんだよ! 俺は血の涙流すぞ? いいのか!?」

「雄一、落ち着いて……」

「彼女欲じいっ! なぁ頼む! 悪い話ばかりじゃない! お前にもメリットはあるんだよ!」

「えー」


 例えばどんな? と、僕が問いかけると、雄一はパキンと指を鳴らす。


「お前と彼女さん、オカルト研究会やってんだろ?」

「……そんなこと言った気もするね」


 〝諸々の事情〟は詳しくは話さず、そういうものを結成してるとだけ、彼には話している。言ったのは一度だけだが、どうも雄一は目敏く覚えていたらしい。


「そこの廃園になった遊園地な……出るって噂があったんだとよ。そんな所で出題される謎解きだぜ? オカルト好きなんだろ? お前好みだと思うぞ」

「……む」


 ちょっとクラリと来てしまっている僕がいた。

 そこのホラースポットが本物か否かはともかく。

 雄一が言う通り、オカルトサークルなんて端から見たら酔狂なものに所属しているだけあり、僕自身ホラー関連のものや、摩訶不思議な話題などは大好きである。

 そういったシチュエーションで繰り広げられるだろう演出とはいかなるものか。未経験なリアル脱出ゲームへの興味も手伝い、かなり惹かれるものがあったのだ。


「今なら協力の報酬に、そちらの参加費はタダ!」

「……僕が役立つ保証もないのに?」

「俺達よりは絶対マシだ。あ、出来れば彼女さんも連れてこいよ? 誰かがお前にお熱とか洒落にならん」


 こういうとこに予防線張れるなら、ちょっと頑張れば謎解きも出来そうなのにな。

 と、思ったが、口には出さないでおくことにした。ともかく、僕は行っても構わないけど、彼女も参加するかどうかは相談してみてから。そう話は纏まって、その場にはレポートに追われる学生と、暇人だけが残される。

 すると…… 不意にスマートフォンが鳴動した。恋人からだった。

 内容は、雄一からのお誘いについて。メッセージアプリには、はしゃぐ可愛らしいキャラクターのスタンプと一緒に『OK』の文字が浮かび上がっていた。


「ん、雄一。僕ら二人とも参加で」

「――っ! よし頼んだぜ! じゃ、これチケット二人分な!」

「……既に用意してたのね」


 これ僕らが断ったらどうするつもりだったのか。と、考えつつ。僕はおもむろに手渡されたチケットを受け取った。

 紫色の名刺サイズの紙片。そこにはデカデカ『悪夢の遊園地。裏野ドリームランドから脱出せよ!』と記されており、その下に細々とした字で日付と時刻が記されている。

 7月7日。19:00スタート。


「――ちょっと待って。これ今夜じゃない……」

『じゃ、その時間な! 遅れるなよ? 忘れるなよ? ……頼んだぞ』

「いやいや! 雄一! ……雄一?」


 幾らなんでも無茶がすぎる。と、抗議すべく顔を上げる。だが、それが友人に届く事はなかった。

 つい先程まで隣に座っていた男は、まるで煙のように消えてしまっていたのだ。


「…………え」


 慌てて周りを見渡すが、やはり誰もいない。

 学生食堂は結構広いし、遮蔽物も少ないので、どんなに全力で走っても、隣にいた人間を見失うなんてあり得ない筈なのに。

 そのまま半ば衝動的に、スマートフォンで彼に電話をかける。だが、やはりというべきか。雄一からの応対はなく。ただ無機質なコール音が、耳元でエコーするだけだった。


「雄、一……?」

 

 確かに彼がいた証明たる、二枚組のチケットに目を向ける。

 兎と熊や鼠を足して二で割ったようなマスコットキャラクターが、そこにはプリントされていた。

 無邪気な。それでいて何処と無く不気味なその笑み。それは何かよくない事が水面下で起きているのを暗示させるようで、どうにも落ち着かない。

 しかも、心がざわめくのは、それだけが原因ではない。

 思い出すのは、ほんの数秒前。


 確かに、ここにいたのは雄一だった。だけど僕は今、本当にそうだったか? という、確信が持てない状態になっていたのだ。

 根拠は? と、言われたら、返答に困る。感じるから。なんて、酷く曖昧な理由だからだ。

 だが、カミングアウトするならば、きっとここなんだろう。

 僕こと滝沢(たきさわ)(しん)は多分、日常からほんの少しだけズレている人間である。

 何故なら僕には幽霊が。この世に在らざるものが視えるから。

 荒唐無稽な話に聞こえるだろうか。だが実際に、小さい頃からそうだった。諸々の事情を言葉で表すなら、所謂(いわゆる)霊感体質。

 だからこそ、感じたのだ。

 消える直前の雄一らしきナニカ。アレが表出させた気配は……。紛れもなく幽霊や怪異の類いが放つそれだった事を。


〝遅れるなよ? 忘れるなよ? ……頼んだぞ〟


 最後の言葉がリフレインする。一体何が起きているのか。それはわからない。けど……確かにその時、僕は日常から外れた何かに巻き込まれたのを悟っていた。

 スマートフォンを手早く操作し、トークアプリのメッセージと、チケットの写真を撮って送る。今度連絡するのは、サークルの相棒兼〝同類〟そして恋人の女性だった。


『さっきの脱出ゲームの件なんだけど、何だか妙な空気になってきた。オカルト案件の可能性が濃厚。状況も深刻。色々相談したいから、この後は駅前じゃなくて、大学で合流しよう』


 雄一にも言ったが、僕ら〝二人〟の霊感体質者が結成するは、しがないオカルトサークルだ。

 だからこういう胡散臭いものに巻き込まれた時、その本質を露にし、本領を発揮するのはお決まりのパターンなのである。


『何か起きた……と、考えていいのかしら? 了解よ』


 相棒からの返答は至ってシンプルだった。理解が早くて助かる……。


『あと、ごめんなさい。悔しいからこれだけは言わせて。巻き込まれるのは今に始まった事じゃないけど……。今日ばかりは遺憾の意を表明するわ』


 ……これは多分、僕のレポートと彼女の授業が終わった後に計画していた、七夕デートが台無しにされた件についてだろう。

 散策しつつ、ちょっと有名なかき氷屋さんにも寄ろうという話になっていた。予定を立てる時、彼女が物凄く楽しみにしていたのを覚えている。

 ……取り敢えず。こちらに関しては、後で全力で埋め合わせしよう。僕はそう心に誓うのであった。


 ※


 斯くして静かに幕は上がっていく。天の川が夜空を彩る下、怪談が栄える季節にて。奇妙な現象を引き金に、鷹匠大学オカルトサークル『渡リ烏倶楽部』の活動は開始された。


 今回の活動内容は、恐らく強制的に連れていかれる気配が濃厚なリアル脱出ゲームへの参加。

 そして……消えた僕の友人、秋山雄一。及び『ほうき星の会』の探索である。



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ここへ繋がる物語も、覗いてみませんか?
[渡リ烏のオカルト日誌]
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