努力チート
◇
目が覚めた。視界に入ったのは小屋の天井だった。
「夢じゃなかったのか」
小屋に差し込む日差しを見る限りまだ夕方じゃないらしい。
身体を起こしたところで俺は頭が真っ白になった。
レミエルが隣で寝ていた。
裸で。俺の腕をつかんで。
制服がきちんと畳まれて部屋の隅に置かれていた。
そして俺の制服も隣に畳まれていた。
そう。俺もなぜか裸になっていた。
……え?
これってどういう状況?
「目覚めたか」
彼女も体を起こした。
「何で裸に?」
「男が寝ているときはこういうことをしろとプログラミングされているのでな」
胸があらわになりそうなので慌てて目を背けた。
「私を襲わないのか? それとも迷惑だったか」
「気持ちはありがたいんだけど、遠慮しとくよ」
「そうか。同性愛者か」
「いやそれは違う」
「私の身体、よく出来ているだろう?」
彼女が俺との距離を詰めて来る。
「味わってもいいんだぞ」
吐息が耳に掛かる。相手はロボットのはずなのにいい匂いがした。
正直、俺の脳内は理性と欲望が戦っていた。
相手はそれ専用のロボットだ。人間じゃない。でもこんな美少女と寝られるチャンスなんて二度とないかもしれない。いや絶対ない。少なくともJKとは100パー無理だ。それにここは異世界だ。何をやっても許されるはずじゃないのか?
いやでも俺初めてだしな。突然すぎて心の準備ができてない。シャワー浴びてないし獣臭いし。ロボットだからそういうことは気にしないのか?
迷った末、今日はまだよしておくよ、と彼女の肩を押し返した。選択肢の先延ばしだ。
彼女の身体は壁際までぶっ飛んだ。
「大丈夫か?」
神様に強化されていることを忘れていた。
急いで彼女に駆け寄る。
が、俺は彼女を抱き寄せようとして思いとどまった。
俺が今、そんなことをしたら彼女がさらに傷つくだけだ。
どうすることもできない。焦燥感が体を襲う。
うんんっ、と彼女が声を漏らした。
「……大丈夫だ。これでも一応ロボットだからな」
「ごめん、ほんとうにごめん」
「謝るな、悪いのは役割に従おうとした私の方だ」
ただ、と彼女は続けた。
「歩行機能に障害が出たらしい」
「障害?」
「どうやら歩けなくなってしまったようだ」
◇
「神様、来てください」
夕方になるとすぐに、俺は神を呼び出した。
昨日と同じように、老人が目の前に立っていた。
「なんじゃ。毎日呼び出しよって」
「今までの願い2つを取り消してもらえないですか?」
「取り消す?」
「神様の調整が極端すぎて、これでは生活できそうにないんです」
「そうかそうか。それはすまんかった」
老人はふぉふぉふぉと笑った。
「儂はこの世界に限り、過去に戻ることもできるんじゃが、異世界に降り立ったばかりのお主に会いに行ってそこで取り消そうか? そうすると2番目の願いはまだやっていないことになるのじゃが」
「もしそうしたら今の俺はどうなるんですか?」
「消えてなかったことになる」
「それは嫌です。普通に取り消してください」
「ほいさ」
そう言って老人は両手を上げた。
「これで解除されたはずじゃ」
「それで、3つ目の願いなんですが」
「おう、なんじゃ」
「この子を歩けるようにしてもらえませんか?」
俺は壁際にいるレミエルを指さした。
「それは無理じゃ」
「え、なんでですか」
「そやつは儂の範囲外の異物じゃ。それにその機械の仕組みも儂にはようわからんからの」
範囲外の異物……?
レミエルはこの神様に連れてこられたわけじゃないのか。
「じゃあ、俺に努力チートを下さい」
「努力チート?」
「これから努力した分だけ能力にできる、そんな力が欲しいです」
これで、レミエルの脚を直すことができるかもしれない。それに極端な事態にもならないはずだ。
「そういうことかの」
えいさっという掛け声とともに老人は再び手を挙げた。
「これで願いは全て使い切ったことになるがええかの?」
「ああ、悔いはないです」
「これで契約完了じゃな」
「え、今なんて?」
「こっちの話じゃ」
老人は目を細めて笑った。
◇
「レミエル、これで脚が治るぞ」
壁際の彼女に駆け寄り、彼女を負ぶってベッドまで運ぼうとした。
が、立てずに俺は地面に突っ伏した。
レミエルが何かを言ったが、理解できなかった。
どういうことだ。
なぜかひどく疲れがきて、眠りについた。
◇
結論から言うと、赤ちゃん状態に戻った。
もちろん、身体はそのままなのだが、歩くこともしゃべることもできなくなった。
「これから努力した分だけ能力にできる」という部分の解釈を、ゼロからステータスを振りたいから初期状態に戻してほしい、と勘違いしたらしい。
全く、いい加減なクソジジイだ。
だから俺は立つ、歩く、しゃべる努力を最初に始めた。
レミエルは最初、戸惑っていたようだが、献身的に俺の世話をしてくれた。
排泄も思いのままにできなかったので、彼女に手伝ってもらった。このときばかりは赤ちゃんプレイをしている気になった。彼女には驚くべき機能があったのでこれは特に恥ずかしかったが、ここでは伏せておく。
努力チートのおかげか、わりかし短期間で元の能力は取り戻せた。
レミエルとはいろんな話をした。
異世界に来る前、最後にチョコレートを食べようとしたことを話すと、彼女はとても驚いていた。未来ではチョコレートは食べられなくなっており、アンドロイドでも食べてみたい憧れの品物だと言っていた。
レミエルがこの世界に来たとき、頑張って言われたらしい。人間の女の人の声だったという。誰だかわからないと不思議がっていた。
そのうち街で溶接や鉄を扱う技術を学び、収入も得られるようになった。
俺が様々な技術を取得していくのと並行して、レミエルもいろいろな感情を学習していった。
驚いたり叫んだりするようになった。声色も表情も豊かになっていった。本人曰く、長い期間を経れば感情の本当の獲得も無理ではないらしい。ただ、笑顔はまだ難しいようだ。
簡易的な車いすを作り、レミエルを乗せて旅行に出たこともあった。
幸せな時間だった。
そうして、時が経ち、俺は取得した技術でレミエルを完全に元通りに直せた。
「どうしてこんなことをしてくれるの?」
ありがとう、と言った後に彼女は俺に問いかけた。
「私は未完成品で、しかも本来ならば処分される、忌み嫌われた存在なのに。それにアンドロイドを対等に扱ってくれる人間なんて初めてだよ」
「レミエルのことが好きだから」
自然と、口に出していた。
彼女は俯き手をもじもじさせていた。そして、意を決したように俺の目を見つめた。
「……私はアンドロイドだから、好き、という気持ちをまだ完全に理解できません。でも理解できるまで、あなたに側にいてほしいです」
よろしくお願いします、と彼女は丁寧に頭を下げた。
俺は彼女に抱き着きたい衝動にかられた。
そのとき、俺の視界は反転し、辺りが真っ白になった。
そこにはふぉふぉふぉと笑う老人が立っていた。




