ハーレムの意味
◇
「ちょ、ちょっと待って」
目の前の少女はどう見ても人間に見える。これがアンドロイド?
「触ってもいい?」
「ああ」
夏服の袖から出ている腕に、指先で触れてみる。
やわらかい。少し冷たいが人肌と変わらないように見える。
「疑っているようだな。脱いで細部まで確認させてあげようか?」
「え。い、いや大丈夫です」
動揺したせいか、変な声が出てしまった。悲しいことに、細部と言われても生で見たことないから確かめようがない。
「でもなんで未来のロボットがセーラー服を着ているんだ?」
あんまり詳しくないが、俺のイメージするSFに出て来るアンドロイドとは違う。
「私は戦闘用ではないからだ。お前の時代の言葉だと性処理用だ」
俺は気づいたらだらしなく口を開けていた。
「性……処理?」
「そうだ。いつの時代の男もセーラー服が好みらしくてな」
確かに、目の前の女の子は性的魅力にあふれていた。肉付きのいい白く長い脚。控えめながらも、その存在を主張している胸。細くて長い指もなんか艶めかしく思える。
「ただ、いろいろあって、私や私の姉妹たちは出荷前に大量に処分される運命にあった。つまり私は処女だ」
「……そ、そうですか。いろいろあったって少子化問題とか?」
「まあそんな感じだ。だから性格、口調、表情や声色の設定がされてない状態にある」
「ということは、本来ならばもっと動きにバリエーションがあるってこと?」
「そうだな。私は未完成品だ」
でも、と彼女は続ける。
「ある程度は人間を見て学習できる。もしかしたら感情まで獲得できるかもしれない」
感情の再現まで可能なのか。
「バッテリーとかは?」
「空気をエネルギー変換している」
俺は彼女の言うことを信じることにした。もともと夢のような異世界にいることがありえないことなんだから、彼女の真偽判定が増えてもそう変わらない。
「状況を整理しよう」と彼女が切り出した。
「ここは地球とは別の異世界だ。1日の長さが平均して19時間8分32秒だったことや月の大きさが違うことなどから推察できる。ここまではいいな?」
俺は首を縦に振って同意する。
「VRや集団催眠の可能性も考えたがリアルすぎるし、それらにしては欠陥が目立つ。あと、この世界は地球で言うと1600年代の暮らしぶりと酷似している」
「みたいですね」
「住人は私たちとそう変わらない人間だが、食べ物や動物が全く違う。あと、魔法などの超常現象もないようだ」
ただ、と彼女は付け加える。
「違う世界からの来訪者がいることや、その来訪者だけに特殊能力が許されていること、そして神の存在は興味深い事実だ」
そこで、小屋の戸が叩かれる音がした。
「ちょっと、アンタのとこにまた変な術を男が入っていくのを見たって人がいるんだけど。アンタもその男も区長のとこに来いって話だよ」
しゃがれた老婆の声だった。
俺とレミエルは顔を見合わせた。
何か言葉を返そうとしたとき、扉が軋んだ音を立てて開いた。
俺と老婆の目があった瞬間、老婆は泡を吹いて後ろに倒れた。
「いくら何でも効きすぎだよ」
心臓発作で死んでないといいけど。
「そんな年上にも効力があるとは、かなりのものだな」
脈がまだあることを確認し、布で目隠しをしてベッドに寝かすことにした。
「これからどうしよう」
「そうだな、とりあえずは」
彼女の言葉は悲鳴に遮られた。
悲鳴は1つだけじゃなかった。街のあちこちで上がっていた。男の怒鳴り声もする。
「……今度は何だ」
「ちょっと見て来る」
彼女が駆けだしていった。
ベッドの老婆を見ると、鼻血を出していたので拭ってやった。
すぐに彼女は帰ってきた。
「どうやら獣の大群が街に押し寄せてきているらしい」
「獣?」
来るときに見たクマとイノシシの融合体のような生物を思い出した。
「街の見張りがそう叫んでいた。門を閉め、男達は装備を揃えて迎え撃つらしい。普段は人を襲ったり興奮したりしない獣がこの街を目指して駆けて来ることに、街の住民たちは少し不思議がっていた」
それ故に、パニック状態だった、と彼女は言った。
「興奮状態って、まさか」
「一般的に獣の方が鼻はいい。お前のフェロモンを嗅ぎ付け、メスがこの街を目指している可能性が高い」
よかったじゃないか、と彼女は全く表情を変えずに言った。
「モテモテのハーレムだ」
「こんなつもりじゃなかったんだ」と思わず泣きそうなが出た。




