そのに。
誰がどう見たって、最高にだらけた関係に見えるだろう。そんな僕と南々実は、東京近郊のアパートで一緒に生活をしている、有り体に言ってしまえば『彼氏と彼女』だ。
アパートの家賃を折半しつつ、お互いの仕事をこなしながら暮らしている。僕は二十二歳で、南々実は一つ下の二十一歳だ。僕の両親も彼女の両親もこの現状を知っているけど、結婚式はまだ、挙げていない。そもそも結婚の予定もない。手続きに何かと手間がかかると聞いて、わざわざ市役所に届けを出すのも面倒だよねと二人で話し合った結果だった。こういうところでは僕と南々実は、すぐに見解が一致する。
実際、同棲を始めたばかりの頃から、僕らの生活はほぼ何も変わっていなかった。
宣言通り南々実は僕の目玉焼きに胡椒を山のように盛った。僕は胡椒の山くらい目を見張った。おい、冗談だろ。先週は実行には移さなかったじゃないか。
「安眠妨害は万死に値するんだからね。警備員なんだし、そのくらい食べられなきゃ犯人捕まえられないでしょ」
「いや、警備って列整理とかそういうのが仕事だし……うえっげほっごほっ」
盛大に噎せた哀れな僕を、ニヤニヤ笑いを浮かべながら南々実は観察する。くそ、覚えておけ。いつかこの借りは必ず返すからな。
僕の秘めた闘志に気付いていないのか、それとも意図的に無視しているのか、ふぁ、と南々実はあくびをした。その視線が、外に向かう。
「それにしても今日、いい天気だね。誰かさんの汚そうな洗濯物も溜まってきてるところだろうし、お洗濯でもしたいなぁ」
一言多いんだよ、と僕は胸の中で毒付いた。それから何気なく付け加えておいた。
「南々実だってけっこう匂う気がするけどな。布団を畳んでた時なんて特にさ」
南々実の表情が一変した。
「嗅いだの!? 嘘! 変態!」
「モラルハラスメントを受けたからセクシュアルハラスメントで返しただけだよ」
顔が赤くなっている。よし、これは勝ったな。確信を得てほくそ笑んだ僕の食べかけの目玉焼きに、頬を染めながら南々実が塩を山になるほど振りかけた。
「って、おい! 食べ物で遊ぶなよ!」
「そうよ、食べ物は粗末にしちゃいけないんだもん。それちゃんと食べなかったら明日から脱いだ服をベランダに放り出しておくから。ご近所様に恥を晒されたい?」
「なんたる理不尽……」
三度目のため息をつきながら、それでも僕はお皿を手元に引き寄せた。
ま、量が非常識とは言ったって塩と胡椒だもんな。またしても派手に噎せながら、それでも完食してやった。がっかりしたような顔の南々実が、何だか無性に可笑しかった。
「てかさ、たまにはあたしじゃなくて北杜が朝ごはんを用意してくれたっていいんじゃないの? 目玉焼きくらい、さすがに余裕で作れるでしょ?」
南々実は湯呑みを指先でいじりながら、不満そうに口を尖らせた。真横から朝の光が差して、気怠そうなその表情がますます浮き彫りになる。
「昔、実家で油を使った料理で火事を起こしかけてから、もう料理は金輪際やらないって決めてる」
「嘘っぽいなぁ。別に下手くそだからってあたし、怒ったりしないのに」
「嘘つくって分かってるなら聞かないでほしいよ」
僕も一緒に、口を尖らせる。料理の腕が悪いのは昔からだ。自覚だってある。初恋の相手からは料理が下手というだけで嫌われた。ちなみに二人目の相手からはオタクっぽいと拒否された。滅茶苦茶だ。
そんな不器用な僕にも、今はこうして南々実が隣にいる。
「よし! あたし洗濯機かけてくるよ、北杜は洗い物でもしておいて」
席を立った南々実が、手にした箸で僕を一直線に指し示した。騎士のつもりかもしれないが、フェンシングの選手にすら見えなかった。
「誰かさんの服の匂いでも嗅いでいるといいよ」
笑って答えると、箸がそのまま飛んできた。──そういう使い方をするんなら、あらかじめ教えてほしいかな。
日曜朝の空気はどこか生暖かいというか、ねっとりとした粘り気に充ちている。どうしたって身体の動きも緩慢になるし、何かをしようという気持ちにすらなってくれない。
それでも、機械的に腕を動かしさえすれば家事は済んでしまうから、不思議だ。
腕一杯に服を抱えた南々実が洗濯機に向かうのを、スポンジを握りながら僕は眺めていた。日曜の家事分担は、食事の用意や洗濯、そして部屋の掃除が南々実。食器洗いやゴミ出し、その他もろもろの家事を僕が引き受ける。いつからこういう配分になったのかは覚えていないし、この配分に何か意味があったのかどうかも覚えていない。強いて言うならば、僕が料理を苦手にしているだけだ。
一緒に家事をするってことはまず、なかった。理由は単純で、お互いのペースに合わせるのが面倒くさいからだ。同棲を始めたばかりの頃は大変だったんだ、家事のやり方ひとつで喧嘩ばかりして。でも、完全に役割分担を分けて相手の仕事には不干渉の原則を敷いてみたら、何だか上手くいってしまった。今はお互い、この分業システムに納得できている。
デザイナーと警備員のアルバイトを兼業する僕と、趣味で絵師をしながら居酒屋での夜間バイトに同時に勤める南々実とでは、そもそも生活サイクルの時点で噛み合ってない。だから、平日や土曜日はお互いの顔を拝むことすら珍しい。
そんな僕らにとって、原則として何も予定のない日曜日は、いつになっても特別な存在だ。
南々実がどう思っているのかは聞いたことがない。でも少なくとも、僕はそう思っている。




