3分百合~微ヤンデレ編~
強制連れションから教室に戻ってくると、慎ましやかなお胸の前で両腕を上下にブンブンしているにーちゃんがいた。仁王像を女体化して100倍に薄めたような顔でプンプンしていた。
「由衣―! わたしを放ってどこ行ってたの!」
「お花の収集に余念がない人達に付き合わされちゃってね。モテモテだわ。モテ期到来だわ」
「もー、勝手にいなくなっちゃうんだからっ。浮気したら針千本飲ませちゃうゾ」
語尾に星でも飛んでそうな言い方だ。
「はいはい、浮気なんてしてませんよー。にーちゃん一筋ですよー」
連れションは女友達同士の同調を深めるイニシエーションだ。長いものには巻かれろなのだ。グルグル巻きなのだ。
私だって好きで休み時間の度にトイレ行くわけじゃないんだよ。若年性頻尿にはなってないからね、と、にーちゃん――仁唯苗に念を送りつつ、ふんわり髪を撫でる。
「えへへ、もっと撫でてもいいんだゾ」
小さな頭をドリルのようにぎゅるるると擦りつけてくる。仔犬みたいで可愛い。
この笑顔、多分2000ルーメンくらいだ。いつもピカピカ明るい。
私達と仲良しだったあっくんが何処か遠くへ引っ越した時、大笑いして哀しみを吹き飛ばしてくれた、優しくて底抜けにピカピカなにーちゃん。別れを惜しむ私に「あっくんのことなんか忘れて遊ぼうよ」と弾ける笑みで照らしてくれた。
そんなにーちゃんは幼稚園生の頃から『浮気したら針千本飲ます』という微笑ましい冗談が口癖で……。
『にいな、ゆいとけっこんするー』
『おとなにならなとけっこんできないってママがいってた。それまではこんやくしゃだって』
『おお! こんにゃくしゃー!』
『こんにゃくしゃー!』
『ゆいー、ぜったうわきしちゃダメだからね』
『うん!』
『うそついたらはりせんぼんのーますっ。ゆびきったっ』
というような感じの会話があったりなかったり。懐かしき思ひ出。
女同士で結婚なんてね。
二人ずっと一緒にいられるわけでもなし。そろそろ私離れを促す時期なのだろうか。
結婚といえば、私達はもう高校生。役所に婚姻届けを提出できちゃう年齢だ。
授業で具体的な性教育とかされちゃったりして、そう遠くない内に結婚するんだろうなぁなんて否が応でも意識させられる。
加えて私に彼氏の一人もできたことがないという事実には、焦りが湧いてくる。ゴポゴポと。
「で、彼氏作ってみたのよさ」
「……へぇ~、粘土で?」
「図画工作は得意じゃないなぁ」
「人造人間?」
「普通の人間だよ。大学生の男の人だよ」
「オスかぁ……」
学校の帰り道、噛み締めるように「オス、オス……」と空手家のごとくリピートするにーちゃん。
先を越されたのがショックらしい。
なんたって今の私はモテ期だかんね。タイミング良く告白してきたからOKしちゃったのよさ。
「由衣、うちに寄って行って」
「なになに? お祝いでもしてくれんの?」
4000ルーメンくらいの眩しい笑顔を振り撒くにーちゃんに引っ付いてお宅へ。
「ん」
ファンシーな部屋に入ると、にーちゃんはドアの鍵を閉めて、机の引き出しから何やら刺々しい物を取って差し出してきた。
「え……これ針山」
「嘘ついたからね」
マジですか。
「飲んで」
「これジャパニーズジョークだよね……」
「わたしと由衣は婚約者だよ? 恋人同士なんだよ? 浮気……いけないことだよね、ね? ね?」
そっかー、私達付き合ってたのかー。あははは、そりゃ知らなかった。なーんて言えない眼前のプレッシャー。
にーちゃんの目ってこんなに真っ黒だったっけ?
「浮気したから針千本飲ませちゃうゾ」
迫り来る笑顔から私は逃げられない。
にーちゃんの冗談は冗談ではなかったのだと、鉄の味とともに私が知ったのはすぐ後のことだった。
追記。
針はニッパーで細切れにされてた。「これで流し込んで」と私の好きなポンジュースもくれた。
やっぱりにーちゃんは優しい。