16.
ああ、船医さん。これがいきさつです。わしが運命にもてあそばれ、愛するもの全てを失い、この船で力尽きるまでのお話です。ああ、船医さん。もう疲れました。体の感覚がありません。肉がなくなり、手足と心臓と頭が一本の弱い糸でかろうじてつながれているようです。海の底へ引っぱられるようです。ああ、船医さん。わしはうなされているのではありませんです。わしは喜びを感じているのです。わしは安らぎを感じているのです。わしはいま、やっと解放されるのです。死ぬことで、全ての苦痛から解放されるのです。枷を外してもらえるのです。ああ、船医さん。息子たちはみなアメリカの土に埋められました。生まれることもできなかった子どもは異形の標本として、研究室のホルマリン瓶のなかに浮いています。でも、ルチアーナは海にいるのです。いま、この船が進んでいる大西洋のなかにいるのです。わしが死んで、海に捨ててもらえれば、ルチアーナに会いに行けるのです。ああ、船医さん。海のなかへ。わしは死ぬことで、海のなかへ、その恵み深く、懐深い愛のなかへ解き放たれるのです。ああ、船医さん。ああ、船医さん。わしは……
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ああ、船医さん。
これはどうしたことです?
なぜ、わしはまだベッドのうえにいるのです?
なぜ、体を蝕んでいた熱がひいていくのです?
なぜ、体の感覚が戻ってきたのです?
なぜ、わしは死んでおらんのです?
ああ、船医さん、そんな。
わしは死ねなかったのですか?
この船はシチリアへ戻っていくのですか?
わしはルチアーナに会えないのですか?
わしはまだ生きねばならんのですか?
老い疲れきったこの身を引きずりながら、
子どもたちを失った悲しみを引きずりながら、
まだカステルビアンコの白い崖で苦しまねばならないのですか?
これは一体、何の報いなのですか?
わしがどんな罪を犯したというのですか?
これは一体、何の責め苦なのですか?
こんなことはあまりにも酷い、酷すぎる!
歪んでいる、歪んでいる!
ああ、船医さん。ああ、あああ!
(了)
以上で『嘆息』は終了です。
1月13日午前7時からは、しばらく短編をいくつか上げます。
もしよろしければ、ごらんください。
拙作に最後までお付き合いいただきありがとうございました。




