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嘆息  作者: 実茂 譲
15/16

15.

 ああ、船医さん。わしは、ジュセッペの言葉に絶望して体を壊し、イタリアのカプリ島へ療養旅行に連れて行かされました。そして保養地の海岸で、やつに会いました。やつは何十年経っても同じ服を着ていました。黒のフロックコート、白いあごひげ。やつはわしが子どものころから老人でした。やつは、もう、すでに百歳をこえ、死にかけていました。やつはわしを覚えていました。そして、やつは結局、奇形の子どもが生まれるメカニズムを突き止められなかったといい、悔やんで死んでいきました。ああ、船医さん。あの医者は、奇形児が産まれる理由を母親の子宮に求めようとしていました。母体の栄養失調で子宮が歪んでしまったために赤ん坊も歪んでしまったのだと考えていたのです。ああ、でも、船医さん。それは違うのです。わしにはわかっていました。子どもは世界をうつす鏡だったのです。歪んだ子どもが生まれたのは世界が歪んでいたからです。貧乏、嫉み、学問のために子どもの骸を買い集めること、《叔父》のような連中に黙って従うこと、死んだ子どもを売ってアイスを買う金を工面しようとすること、自分の子どもを売ってアメリカへ逃れる資金を工面しようとすること、そして、ジュセッペ! ああ、船医さん。でこぼこの鏡にうつせば、どんなに愛らしい子どもも歪んで見えます!



 ああ、船医さん。アメリカへ戻ると、すでに抗争が始まっていました。むさぼり食われるよりは食ってやる立場にまわりたい。そうした若者たちがあふれ出し、いくつものギャング団があらわれて、フィリッポとベレンザーリオとジュセッペに挑戦してきました。シチリアから新しく移民してくる連中も同じです。移民局のボートに乗せられてアメリカの地を踏んだ瞬間から食われる側と食う側に分かれるのです。ジュセッペはかかってくる相手を次々と血祭りにあげ、ベレンザーリオとフィリッポもそれに加わりました。散弾銃と爆弾がリトル・イタリーの街を震え上がらせ、身元不明のイタリア人の死体が路地裏に転がらない日は一日とありませんでした。そうした抗争のなかで、まずベレンザーリオが車に仕掛けられた爆弾で殺されました。ジュセッペは三日後に殺されました。全身をメッタ刺しにされたうえに、袋につめられてハドソン川に捨てられていたのです。もう、息子たちの組も会社も崩壊し、チンピラどもが狂ったように殺しあう中、身を隠していたフィリッポがわしに電話で言いました。

「父さん。もうおしまいだ。自分でもよく分からないうちに全てが終わっちまった」

「わしだって分からない。分かっていたことなんて一度もなかった。分からないうちにむさぼられる側にまわされて、母さんを失った。ベレンザーリオもジュセッペも失った。でも、お前だけは失いたくない。ここから逃げるんだ、フィリッポ」

「だめだ。女房はアメリカを離れたくないと言ってるんだ」

「ここにいたら、お前はいずれ殺されるぞ。逃げよう、フィリッポ。アメリカでもシチリアでもないどこかへ、とにかく逃げよう」

「わかった、波止場で待ち合わせしよう。なんでもいいから外国行きの汽船に乗せてもらうんだ。おれももううんざりしたよ。一緒に逃げよう、父さん」

 ああ、船医さん。わしは誰も守れなかったのです。フィリッポはわしの目の前で殺されました。やつらはわしの家の電話を盗聴していたのです。そして、波止場に機関銃をもった殺し屋を何人も待ち伏せさせたのです。フィリッポが波止場に姿を見せると、倉庫の窓から、ドラム缶の裏から、モーターボートから機関銃がいっせいに火を吹きました。フィリッポは蜂の巣にされ、スープにひたしたパンみたいにぐじゅぐじゅになって地面に崩れ落ちました……

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