13.
ああ、船医さん。わしが貧しすぎたせいです。アメリカが豊かすぎたせいです。子どもたちは、きれいなオープンカーや甘いキャンディ、しゃれたアパートを貧民窟の窓から見ることが我慢できなかったのです。子どもたちは食われるよりも、食ってやる側にまわることを選んだのです。《叔父》の側で生きることを選んだのです。まず毒牙にかけられたのはジュセッペでした。アメリカに来て間もなく、ジュセッペは盗むことを覚えてしまいました。わしが何度叱っても、ジュセッペは盗みをやめませんでした。このままではいかんと思って、さらに強く叱ると、ジュセッペはついに家出してしまいました。ジュセッペはギャング団の一員と付き合って、倉庫へ押し込み強盗に入って売上金を強奪し、分け前のことでもめて相手を殺してニューヨークから逃げてしまいました。次はベレンザーリオでした。母さんがつけてくれたイタリア風の名前を嫌って、勝手にジミーと改名してしまいました。ベレンザーリオは最初こそ真面目に学校に行きましたが、すぐにさぼりがちになり、やがて違法富くじ屋のためにその類稀なる計算の才能を使ってしまうようになりました。あの子は生まれつき頭がよかったから、あの子にできない銭勘定はなかったし、賭け札だの賭け率だのの一覧も全部記憶してしまうのです。そして、警察が賭博罪でベレンザーリオに逮捕状を出すと、ベレンザーリオも町を出ました。フィリッポだけでした。わしと同じように真面目に額に汗して暮らしたのは。フィリッポは結婚して子どもも生まれ、わしと一緒にあの小さな食料品店を経営しました。
「がんばろう、父さん。がんばるしかないよ」
ああ、船医さん。フィリッポは一番優しい子どもでした。でも、わしは思いました。もし、ジュセッペがいたら! あの無限の活力と明るさで店を盛りたててくれたでしょう。もし、ベレンザーリオがいたら! あの賢さで店を何倍にも大きくしてくれたでしょう。なによりも家族全員が正道を歩むことによって得られる心の安らぎが、わしには必要だったのです。




