1.
ああ、船医さん。わしの遺言を聞いてください。わしはもうだめです。力尽きたのです。物心ついたときからわしの一生は打ちのめされるよう定められていたのです。――いいえ、司祭はいりません。わしは自分の名前もろくに書けない百姓ですが――シチリア語もアメリカ語も覚えられませんでした――それでも大事なことは分かっとるんです。神なんぞいません。天国もありません。終油の秘蹟なんぞは老いぼれ犬のキンタマほどの役にも立ちませぬ――ああ! 船医さん。ゆるしてください。わしは無学な百姓の出です。だから、ついきたない言葉を吐きました。ゆるしてくだされ。
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ああ、船医さん。カステルビアンコにだけは帰りたくありません。あそこはひどい村でした。ええ、ひどいもんでした。土は渇ききっていて、雨粒は少しも染みとおらず、サボテンだって枯れてしまう死の土地でした。人も犬もみなやせきっていて、ため息のなかに消えてしまいそうな、そんな土地だったのです。白い崖の底にこずんだ、ちっぽけな村。それがカステルビアンコ――わしの生まれ故郷なのです。
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生きるというのはひどいことです。作物も実らず、家畜も育たないような土地で、わしらはみな必死に生きました。みんな白い崖にへばりついて生きました。わしらは本当に崖にへばりついて生きたのです! 崖からむき出した白い硝石だけがわしらの生きる術でした。枯れ草をよってつくった粗末なロープで体を吊るし、崖の石を削り落とす――せむしの年寄りでさえそうして働いておりました。空中でツルハシをふることができればいいのです。ああ、船医さん。生きるというのはみじめなことです。考えてもみてくだされ。一日じゅう、情け容赦ない日差しをあびながら、宙にぶらさがって、ツルハシをふるうのです。村の男たちが何十人と崖にぶら下がり、そして、トンカチをふるって硝石の塊に杭をぶち込むのです。キン、キンと金属を打つ音が真っ白い谷に響いていく。石がぽろぽろと、岩肌を流れ落ちていく。女たちは崖の下で待っている。転がり落ちてくる硝石のかけらをかき集めて、籠に入れて、工場の事務所に運んでいく。重労働です。ある日、突然ぶっ倒れて死んだものもいれば、ロープが切れて岩盤に叩きつけられたものもいたし、硝石が転がってきたと勘違いして落石にぺちゃんこにされた小僧もおりました。老いも若きも、男も女も。ラバや犬ころだって、硝石のために働くのです。ほんの数リラの賃金のために。そして、その代償は命なのです。たとえ事故にあわなくとも、白い崖にぶら下がっていると、たいがい体をやられます。まず、腰をやられます。ロープを腰に巻いて一日じゅうトンカチをふっていたがために、体がひん曲がってしまうのです。次に目をやられます。白い崖の照り返しで目を焼かれてしまい、めくらになるのです。何も見ることのできない濁った目の連中たち――おお! おお! それに肺もやられるのです硝石のかけらを吸い込んで。オレオ・イアネッラがそれでやられました。兵役についていたころは分厚い胸板をしていた村一番の力持ちだったそうですが、わしが知っているオレオは胸板が影みたいに薄っぺらくて、ぜいぜい息をする肺病みの男でした。まだ三十二か三でしたが、髪は真っ白で、骨が透けて見えそうなくらい痩せておりました。オレオが死んだ日のことは覚えとります。オレオはぜいぜいと息をしながら、自分の体をロープにくくりつけました。オレオの咳が急にひどくなりました。あまりにあわれなもので村のもんがみなオレオを見上げました。赤い線が一本、白い崖をゆっくり伝い落ちていくのが見えました。オレオが宙ぶらりんのまま血へどを吐いたのです。崖のふもとで、オレオの女房が空気に押しつぶされるみたいにへたりこみました。オレオの死体が風にもてあそばれ、崖に叩きつけられて、ピシャンピシャンと音をたてとりましたが、オレオの女房はなすすべもなく、生まれつき背骨のひん曲がった子どもを抱きかかえて頭をうなだれるだけ。いつかこうなることはわかってたんだよ。そう、つぶやいておるようでした。ああ。船医さん。生きるというのは、本当に、本当にひどいことです。みな白い崖にぶらさがり生きたまま太陽に焼かれる。みなツルハシをふるうのです。元気なものも、かつて元気だったものも、生まれつき元気でなかったものも、ああ、白い崖で、おお! みな硝石を削るのです。




