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異世界に溺れちゃう  作者: ぽんぽこ太郎
第1章 花笑みに
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第4節 桜前線

 ギルドの待合室の扉を開ける。

 中には桃髪ショートカットのセリーヌと、椅子に座っている少年がいた。

 この少年が今回の護衛対象だろう。


「ウシャリスです」


 少年がやけに澄み通った声で言った。

 綺麗な金髪に、大きな瞳、小動物のような可憐な鼻と口、そして大きな耳。

 小さく、ずんぐりとした体系――ホルシュ族の少年だ。


 少年が立ち上がり頭を下げる。

 左の耳たぶには、フープ状のピアスが二つ。

 互にぶつかり、カシャリと音を立てた。


「清水透也だ。今回は俺が護衛に着くことになった。よろしく頼むよ」


 よろしくお願いします、と言う少年はぎこちない笑顔を浮かべる。

 歳は十二ぐらいだろうか。

 長身とは言えない俺の腰より少し高い程度の背。

 ホルシュ族は幼児、児童を除きこの程度で体の成長が止まる。

 そして総じて幼い容姿のホルシュ族の歳を推測するのは難しい。

 

「じゃあウシャリス。早速だが、探索に行こうか」


 少年に笑顔を向けるが、返ってきた笑顔はやはりぎこちなかった。








 俺はウシャリスを連れ街を歩く。


「どこか行きたい所があるのか?」


 もしかしたら目的地があるのかもしれない。

 アルウェルについては詳しい。

 目的地があるなら案内出来るだろう。


「ありません」


 ウシャリスは呟いた。

 ……ないのか。

 まぁ目的地が無いとしても、適当に散歩するのもいいかもしれない。


 今は昼下がり。

 帝立アルウェル学院に問わず様々な教育機関があるこの街で、どこかの初等教育機関の授業を終えた少年少女達が露店で買った揚げ菓子を頬張りつつ道をゆく。

 楽しそうに談話しつつ、揚げ菓子の美味に舌を巻いて帰宅している人族の少年少女達をウシャリスは眺めている。

 不意に気になった。


「そういえば学校は?」


「行ってません」


 その言葉に感情は込められていなかった。

 ホルシュ族は手先が器用で、飛空艇に代表されるように製造業に就いている者が多い。

 そのような事情を考えるにウシャリスも、何らかの職を手伝わされているのかもしれない。

 なにせホルシュ族は短命だ。

 ゆっくりと何かを学んでいる暇はないのだろう。


「少しそこで待っていてくれ」


 俺は近くにあった露店に駆け寄る。

 そういえば昼食がまだだった。

 先ほどの少年少女達が頬張っていた揚げ菓子と同じものを二つ。

 揚げ菓子を手にウシャリスのもとへ戻る。


「ほら」


「え……」


 困惑しているウシャリスへ強引に揚げ菓子を渡す。

 ウシャリスは不思議そうな目で渡された揚げ菓子を見る。


「こうやって食べるんだ」


 獣のように大げさな仕草で、俺は豪快に揚げ菓子を食べてみせる。

 むしゃむしゃと咀嚼する俺を眺めているウシャリスに、食べてみなよと顎で促す。

 促されたウシャリスは恐る恐る揚げ菓子を口にする。

 一口、また一口。


「どうだ?」


「……美味しいです」


「それは良かった。『まずい』なんて言われたらどうしようかと思ってたんだ」


「そ、そんな……これ……すごく美味しいです」


 そんなことを言いつつ、ウシャリスは揚げ菓子を食べる手を止めない。

 道に植えられた木々を見る。

 木々の道。並木道。

 桜によく似たその木に、まだ花は咲いていない。



 アルウェル中央通り。

 並木道を歩く。

 まだ花は咲いていないが、散歩にはうってつけだ。

 沢山の人が行き交う並木道。


「その腰に佩いているのは魔導器ですか?」


 突然ウシャリスに声をかけられた。

 視線の先に剣状魔導器が輝いている。

 依頼だからと思って持ってきたのだが、不安を煽ってしまっただろうか。


「シミズさんは何を殺すんですか?」


 もっともな疑問だ。

 剣状の魔導器なんて死神の象徴でしかない。

 それにしても、『何を殺すんですか?』か。

 随分と憂いを孕んだ言葉だ。

 だから――


「そこで見ててな」


 抜刀した俺は、たくさんの人が行き交う中で剣先に魔力を宿す。


「ちょ、ちょっと!」


 ウシャリスが止めに入るがもう遅い。

 魔術の演算は終えた。

 超一級品の魔導器は瞬時に俺の魔力を極大に増幅させて、この場一体を巻き込んだ魔術を展開させる。

 白銀に輝く魔導器が閃光を放った。


「第八等級魔術〈ブルームオールオーバー〉」


 急速な環境変化を引き起こす。

 道に生えた草を生い茂り、並木道の木々達は葉を揺らしざわめき立つ。

 木漏れ日の中、植物達は急成長して自身の存在を主張する。


「なんだなんだ」

 手を繋いだ恋人達が辺りを見渡す。


「あら」

 ベンチに腰掛けた老婆が木の蕾を見やる。


「花が……」

 赤子を抱えた婦人が声を漏らした。

 一片の花弁が宙を舞う。

 赤子が手を伸ばし、花弁を掴んだ。

 花弁を手に嬉しそうに笑う。


 やがて全ての木の蕾は色付き、そして――満開の花が咲き誇った。


 道行く人は呆然とし、困惑し、感嘆する。

 静寂が喧騒に変わり、舞い散る花の中で人々の笑顔が咲いた。




「そこの魔導器を持った男動くな!」


「やばい! 警ら隊だ! ウシャリス逃げるぞ!」






 日が暮れ始め、空が茜色に染まり出す。


 公園のベンチに座り、乱れた息を整える。

 なんとか逃げ切れた。

 それにしてもバカな事をした。

 街中であんな事したら追われるのは当たり前だ。


「急に走らせて悪いな。ウシャリス大丈夫か?」


「はあ、はあ、はぁ……大丈夫です……はぁ、はぁ」


 金に輝く髪は雑然として、額には汗が浮かんでいる。

 そういえば疑問に対する答えがまだだった。


「俺は殺すために魔導器を持っているわけじゃない。それは何かを殺すこともあるかもしれないが、それが目的じゃない」


「はぁ、はぁ……どういう意味ですか? は、はあ」


「護るために、なんて安いことは言えないけど……自分に出来ることを、出来るようにするためかな」


 そう思えるようになったのは、つい最近だけど。


「はあ……出来ることでも、はあ、したくないときはどうすればいいんですか?」


 愚問だと思った。


「答える必要もないと思うが、しなければいい。ウシャリスは何かを強要されているのか?」


「ぼ、僕は、好きな事をしてたら、出来ちゃって、母さんからも、父さんからも、周りからも頼りにされるようになって」


 途切れ途切れの言葉には感情が籠っている。

 俺はその言葉に耳を傾ける。


「もう、したくなくて、家にいたら、やらされるから、外に出たくて」


「そのときはまた散歩でもなんでも付き合ってやる」


 ウシャリスの言葉を遮って答える。

 簡単に、『やりたくなければしなくていい』なんて答えてしまったが違う次元の話なのかもしれない。

 能力と才能は義務になることがある。

 何かは分からないが、きっとウシャリスにしか出来ないことがあるのだろう。

 それが辛くなった時には、いつでも泣きつてくればいいと思った。


「ほ、ほんとに?」


「あぁ。約束しよう」


 俺は笑顔で答える。

 ようやく息を整えたウシャリスが返した笑顔は美しかった。


「清水透也。清水が名だと思っているようだが、清水は姓だ。名が透也。もっともこの移民の街で、種族毎の氏名制度なんて気にしても仕方がないがな」


「それならホルシュ族も同じです。僕はウシャリス・コルヴィン。ウシャリスが姓で、コルヴィンが名です」

揚げ菓子ってドーナッツです。

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