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異世界に溺れちゃう  作者: ぽんぽこ太郎
第0章 抜き身持つは誰か
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第2節 アルウェル(前編)

 ウルカ大陸最大の領土と勢力を誇る、メツアース帝国。

 二千年を越える歴史を持つ大陸屈指の強国。


 徹底的に区画整理された帝都メツアース。帝国の七割の貴族が顔を揃えて政治を司っているこの街は、王城を中心に、区画毎に幾重も重ねられた堅固な城壁が高くそびえる。荘厳で気品が溢れる街だ。



 帝都とは、対象に位置するのが商業都市アルウェルである。

 帝都よりも大きく、帝国最大人口を誇るこの街は、乱雑に背の高い建築物がひしめき、多種多様な種族が街を賑わかす。東は河口に面し、西には山脈を抱え、飛空艇が飛び交い、船団が入港を求め、飛空港、漁港には各国からの商人、移民でごったがえしている。

 

 商業都市アルウェルは、音に聞く自由の街。


 



 アルウェルの郊外には、帝立アルウェル学院がある。帝国内に二つある、帝立の教育機関。将来を有望視された者達のための教育機関。


 帝都にある帝立メツアース学院が血筋に比重をかけるのに対し、帝立アルウェル学院は学生の実力を重んじる。


 国籍、人に仇なすものでないなら種族も問わず、実力を認められれば、帝立アルウェル学院への入学が許可される。


 自国に限ることなく、他国の者と良好な関係を築き、世界を股にかけた傑物を幾人も輩出した。

 

 大陸随一の名門校、帝立アルウェル学院。

 


 そんなアルウェル学院の教室にて――



「魔術は第一等級から第十等級までに分類されます。数字が大きいほど強大であり、第十等級に位置する魔術は強大で、すべからく禁忌魔術に指定されています」


 鈴とした声で、教壇に立つ人族の女性が説く。フリルの付いた白いブラウスが大きな胸を圧迫し、体格に合わせた膝丈の細い黒のスカートからは足が覗く。その白く透明感のある美しい肌は万人に印象を焼き付けるだろう。


「魔術の行使の流れは、行使する魔術の構想、規模範囲の演算、魔術の展開ですね。それに、展開中の魔術を制御することも必要です。自分が行使した魔術に、巻き込まれて死んだら笑われますよ?」


 綺麗な象牙色の長髪、目元で切り揃えられた前髪の間からは、知性を宿したエメラルドグリーンの瞳が見える。

 僅かに垂れた目尻から、美人というよりは、可愛らしいという印象を受ける。

 歳は少女という程ではないが、若さが見受けられる。


「大気に満ちているマナを用いて行使する魔術ですが、行使にあたり様々な理論があります。そうですねぇ……アルメルさん、説明してください」


 黒板を中心に、上り坂のような――後ろの席でも黒板が見えるようにと工夫された――勾配を持つ教室の一番前の席で、食いつくように聴講していた少女が肩をびくつかせた。アルメルと呼ばれた少女の歳の程は十五、十六あたりだろうか。あどけなさの残る顔は、大人と言うには程遠い。


「はい! え、えっとー……魔術陣、音声を用いて術式を制御、安定して行使するのが、魔術行使の古代基礎理論であるミルティアディス理論です。展開と制御を並列処理、魔術陣なしに即座に発動するゲンナイオス理論。それと、ミルティアディス理論、ゲンナイオス理論を統合、昇華したのがブラウリオ理論です。その真髄は、ブラウリオ博士が導いた魔術公式にあります。公式を用いて演算の処理を簡略化、驚異的な行使速度を実現しました」


 教壇に立つ女性は、優しく微笑む。どうやら、少女の答えは彼女を満足させたようだ。


「そうですね。アルメルさん、ありがとうございました。ブラウリオ博士は魔術理論の他にも、魔導器や魔具の魔回路の改善によって、魔力増幅率、力率を引き上げるなど魔工学の分野でも活躍なされています。ひいては飛空艇の発展に貢献なされましたね」


 そこで教室に鐘が鳴り響く。天井で見えないが、窓から覗く木の影から日は高く、ちょうど昼時だろう。


「詳しくは魔工学の講義で学んでください。今日はここまでです。それでは、お昼休みを楽しんでください」


 そう言うと教師の彼女は、教室を後にした。

 次第に喧噪を取り戻す教室を背に、大理石の廊下を進み、階段を上る。

 手すりには意匠を凝らしたデザインが施されている。

 彼女は階段を上り、ひときわ大きな部屋に入った。

 中には学生と呼ぶには、違和感を覚える歳の者達が各々の机で、作業やら昼食を取っている。

 どうやら職員室のようだ。


「フランセット先生、講義お疲れ様です。これから食事を取られますか?」


 教師の彼女――フランセットが、ふと男性に声をかけられる。上質な白いシャツに黒いスラックスを履いた、品を漂わせる男だ。


「ええ。朝はどたばたしていたせいもありまして、朝食は取れませんでした。とてもお腹が空きましたので、すぐにでも昼食を取りたいです」


 そしてフランセットは柔和な笑みを浮かべる。彼女ほど笑みが似合う女性はそういないだろう。不意をつかれた男の頬には朱が差してゆく。


「フランセット先生でもそのような事があるんですね。それではご一緒にいかがです?」


「日常茶飯事ですよ。昼食ですが、ご一緒させてください」


 気軽に誘いを受けるそぶりから、彼はきっとフランセットの同僚だろう。


「フランセット先生、この後の予定は?」


「いえ、特にありません。先ほどの講義で今日は終わりです」


「僕も先ほど今日、最後の講義を終えました。それでなんですが街の喫茶店へ行かれませんか? 素敵なお店が出来たんですよ」



 アルウェル学院は商業都市アルウェルの郊外に位置する。

 彼の話を聞くに、その喫茶点はここからそう遠くない所に店を構えてるらしい。

 自由の街と称されるように、様々な種族が集うこの街には、世界中の美味が集まる。

 その店は最近出来たばかりで、主にケーキ、紅茶を扱い、なんでも若い女性に人気らしい。昼時には、ランチメニューが出され、それも好評なんだとか。

 ランチメニューを食べた後に、ケーキと紅茶を頂くのは、俗物的な印象を受けるかもしれないが、二人は歯牙にも掛けず歩き出す。仕草一つを取っても品の良さが伺える。もともと二人は上流階級出身なのだろう。

 他愛もない会話を交わしつつ、目的地へ向かう。

 今は、学院の広大な敷地を出たあたりだろうか。


「フランセット先生。そういえばご存知ですが? 昨晩のギルド登用試験中に、魔物の襲撃があったらしいですよ」

 

「えっ……」


 見て取れる動揺。彼女は急に歩を止めた。

 不可解に思った彼はフランセットに呼びかける。

 大丈夫ですか、と。反応は返ってこない。


「な、何かまずい事でも?」


 再び男が尋ねる。


「い、いえ。なんでもありません。」


 震える手をフランセットは懸命に抑える。

 目には涙。しかし寸前の所で押しとどめている。


「す、すいません。急用が出来ました。せっかく誘って頂いたのに申し訳ございません」


 彼に頭を下げた後に、フランセットは走り出した。髪が乱れるも気にかけず、一直線に。

 呼吸が荒いのは、走り出したからだろうか、それとも突きつけられた事実によってだろうか、判断は出来ない。

 

「トウヤ……」


 押しとどめていた涙は、すでに頬を伝っていた。

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