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異世界に溺れちゃう  作者: ぽんぽこ太郎
第2章 大円舞曲
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第4節 イザベル

 メツアースは山脈を隔て東に商業都市アルウェル、西に帝都メツアースを構えている。

 そして商業都市アルウェルの東は河口を囲い大洋、西にこの山脈を抱えている。この山脈は北南を分断するように伸展していて、その様子はまるで東西の交通を遮るための壁。


 しかし東に商業都市アルウェル、西に帝都メツアースがある事から分かるように、東西の交通が途絶える事はない。壁に扉があるように、この山脈にも人が行き来するため、山脈の一部分をU字に抉り取った関所が存在する。人工的に作られた渓谷には――山の扉とでも呼ぶべきか――木と金属が組み合わされた巨大な門、渓谷を挟んだ山頂には魔導大砲を備え、帝都を守るように大洋から攻めくるかもしれない戦に備えている。


 関所とはいえ森厳すぎるそれは、ここ数年の間に設けられた物である。それまでは山脈の肌を削った山道を介して、交通が行われていたのだが、なんでも帝国に属する一介の魔導器士が、『不便』、『面倒』、『危険』などの頭のおかしい理屈を並べ、魔術をもってして山脈を抉り取ったとか。


 今回の軍の任務の大まかな概要は、商業都市アルウェルに入港した超大型魔力貯蔵器をこの関所を経て帝都メツアースまで無事に輸送する事。




 早朝、商業都市アルウェルの港には軍人が詰めかけていた。大小様々な船がひしめき合う港には、軽装重装の陸兵、漆黒のロープに身を包んだ魔術士、白銀に輝く鎧に紅蓮のマントを羽織った騎士がたたずむ。いずれの胸には竜と鷹が踊る――帝国の紋章が誂えてあった。


 帝国の軍は王が総帥し、陸軍、海軍、空軍の将を指揮する。才能が血に流れていると表現するべきか、代々帝国の王は卓越した采配を有し、不利な状況下でも大敗を喫した戦は有史以来存在せず、大陸最大の強国、『帝国メツアース』という形でその手腕を現し続けている。


 将はあらゆる所属から選出されている。求められるのは、才能、実力、そして愚直に過ぎる程の忠誠心。特に選出されるのは騎士の中だが、従軍する魔術士――魔導器を扱う点では騎士も魔術士も魔導器士と言えるが、戦闘において魔導器を用い体技、剣技、魔術を駆使し人外の能才を見せつける者を、人は畏怖を込めて魔導器士と呼ぶ――からも選出されている。非の打ち所のない人選は、流石は帝国メツアース帝王の心眼であると言える。


 太い根を持ち枝分かれする大樹のように、単一の指揮系統から独立している例外は王の直属、つまりメツアース王直属特殊作戦部隊だろう。八名で構成される特殊作戦部隊の構成員全てが超常の魔導器士であり、帝国最強の刃と称される。もっとも、王のもとに特殊作戦部隊の構成員に忠誠を誓う軍人も少なくないが、完全独立状態にあると言えるだろう。


 アルウェルの港に詰めかけている軍人は、その数およそ二百人。中隊と言ったところである。超大型魔力貯蔵器を狙う大規模の襲撃に備えるには、いささか不安が残るが国内に限る輸送区間、また大陸最大の強国に毒牙を向ける愚国の存在を考慮すると適切と言える規模だ。


 それに今回の輸送を行う中隊は激烈な訓練に次ぐ訓練、死戦を乗り越え覇気を漂わせる程の精鋭揃い。もし戦に駆り出される事があったら、力押しで大隊にも勝てるだろう。人が持てる力を極限まで鍛錬した中隊。


 しかし、それでも王は足りないと言った。王の危惧に対し政治を司る貴族達は十分だ、と思い立った。しかし貴族達も馬鹿じゃない。腐っても政治を司るだけの頭はある。塾考して塾考して自分達の考えが至らなくても、王の考えは信仰にあたいすることを思い出す。我らの王が仰るなら、帝国最大のギルド――アルウェルの最高位の冒険者を雇いましょう、そう言った。



 商業都市アルウェルの港。海に反射した朝日が鋭く照らす。

 女性の騎士が洗練された動作で、朝日を眺めている騎士に詰め寄るよる。


「閣下。輸送の準備が出来ました」


 朝日を眺めている騎士がカシャリと音を立て振り向く。壮年の騎士だ。歴戦の証だろうか、眼光は衰えていない。

 腰には鈍く光る銅色の剣状魔導器、帝国の紋章の下には薔薇に似た花の紋様が刻まれている。それは帝国にて将軍を表す紋様。


「あぁ。分かった。それとイザベル、今回はアルウェルの冒険者が合同で任務にあたるのは知っているな?」


「はい。存じ上げております」


 女性の騎士――イザベルは前に流した清廉な金の長髪を揺らす事なく答える。騎士として模範となるような体勢を維持し崩さない。

 多少のツリ目がキツイ印象を与えるが、イザベルは容姿の素晴らしさもあって戦乙女のような理想の騎士像を体現している。


「同行にあてって、君には彼の世話をしてもらう」


「……え?」


 あそこに居る黒髪の彼だよ、と将軍はイザベルの疑問を無視して続ける。顔には笑み。それも、いたずらを企てる子供のような笑みを浮かべ、愉快そうに黒髪の冒険者へ視線を送る。


「アルウェル屈指の冒険者だ。無碍には出来ない」


「それならば、なおのこと私に勤まる事とは思えません」


 幾分か回復したイザベルが、与えられた任務を返上しようと言葉を紡ぐ。将軍はうんうんと頷くも、返上されつつある役割を受け取ろうとしない。


「こちらとしても、それなりの階級の者を世話に当てたい。この場に居る騎士階級の女性は君だけなのは知っているだろ?」


「女性でなければならない理由が分かりません。いいえ、男性の方があの冒険者様も都合がよろしいかと」


「それこそ良く分からないよ」


 異性の方が良いに決まってる、と将軍は断言する。イザベルのツリ目が更に吊り上る。わなわなと口が動いてるのを見ると、次の言葉を探しているのだろうか。


「君は与えられた任務を確実にこなす騎士だ。男嫌いだろうが、頑張ってくれ」


 間を置かずして将軍が撫でるような優しい口調でイザベルを射抜く。言葉に含まれる賛辞のせいだろうか、衝撃を受けたようにイザベルがよろめく。目は空を仰ぎ、半開きの口からはそれ以上の言葉が紡がれる事は無かった。


 数秒後、放心していたイザベルがハッと精気を取り戻す。早朝の新鮮な空気を吸うと共に、どうやら与えられた任務も飲み込んだようだ。与えられた任務を早速こなそうと言うのだろうか、黒髪の冒険者――清水透也のもとへ金属のブーツを鳴らしながら歩いていった。 


 イザベルはおだてに弱い上、頭も弱い。丸め込むに大した理屈はいらなく、少々の賞辞があれだよいのだ。そんなイザベルに将軍は朗らかな笑顔を崩さない。まるで、孫に世話を焼く祖父のような表情を浮かべていた。


 イザベルがコツコツと金属のブーツを鳴らしながら清水透也にもとに向かう。潮風を受け、湿った地に音が響く。


「冒険者殿」


 漁港に持ち込まれた木箱に座って、白銀に輝く剣状魔導器の調子を確かめていた清水透也に声をかけた。その剣状魔導器はなんと美しい事か、まるで奪う命さえ芸術の一片に昇華させるように思える。


「は、はい。なんでしょう」


 不意に声をかけられた清水透也は、咄嗟に剣状魔導器を腰に佩いた鞘に戻して答える。イザベルは身を隠した剣状魔導器に惜しみを覚えたのか、ツリ目を幾分か垂れ下げた。


「イザベル・ヒ・ホルシュタイン。冒険者殿の世話を仰せつかった。よろしく頼む」


 『ヒ』とは騎士を示す。また同時に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、准男爵に次ぐ爵位を示す。騎士ゆえの矜持だろうか、はたまた貴族ゆえの矜持だろうか、最低限の礼儀は見せるも口調に丁寧体は含まれていない。しかし、イザベルの端麗な容姿と身なりはそれすらも包括し、まるでそれが相応しいかのように思わせた。


「あ、あぁ。こちらこそ」


 多少の委縮を見せるも清水透也は言葉を返し、完璧とは言えないまでも、友好を示す笑顔を見せた。自然な黒髪に黒の瞳、身なりはそれに合わせたかのような黒のジャケットと黒のスラックスに黒のロープを羽織っている。護衛としては軽装だが、不可解ではない。なぜなら魔術が付加されているのが、微細ながらもマナを揺らしている事から分かるからだ。それゆえイザベルは、目くじらを立てる事なく言葉を続ける。さきほどから彼女が気に留め居ていた点は一つのみ。


「自然な黒髪なんて初めて見た。大陸外から来たのか?」


 単純な疑問だろう。首を傾げイザベルは問う。浮き上がった疑問に、『男嫌い』はなりを潜める。それほどまでに自然な黒髪は稀有な存在だ。魔術や薬品によって人工的に色を変える事も出来るが、どうしても純然な黒に仕上がってしまう。それゆえ、イザベルはまだ見ぬ大陸外の住人と推察したのだろう。


「まぁ、そんなとこだ。清水透也。清水が姓で、透也が名だ」


 清水透也は遅れながらも名乗る。そして木箱から立ち上がり握手を求めた。綺麗な指だ。細長くとても魔導器を握る手とは思えない。指と甲は学者が感服するほどの数対比を見せ、そこから延びる腕もまた装束に隠されてるとはいえ袖口から覗く腕首から美しいものであると考えられる。肩から首にかけ、顔はイザベルに引けを取らない中々の端麗さを見せつける。桜色の唇に筋の通った鼻は男のそれとは思えない程であるが、どのような波長の光をも吸収する黒の瞳と、掲げられた眉が描くアーチの中に男の精悍さを垣間見る。眉目秀麗、明眸皓歯、容姿端麗と言葉を並べるべきか、それをもってしてもイザベルがその容姿に見とれる事は無かった。それは一重に、『男嫌い』という気質に収束される。


「ではトウヤと呼ぼう。私の事はイザベルで構わない」


 そして事もなしに差し出された手を握り返す。どうやらイザベルの、『男嫌い』は差し出された状況を拒否するには及ばない物らしく、また同時に清水透也に対する異性としての興味が皆無である事を示した。


「む、そろそろ輸送を開始する時間だ。今回は空襲の対応が困難であることから飛空艇は用いられない。長旅になるが改めてよろしく頼む」


「あぁ。聞いてるよ。帝都までの二日間、こちらこそよろしく頼む」


 そこで輸送の準備が完了したのか、中隊が一斉に動く。黒い布を被せた巨大な魔力貯蔵器は、台車に乗せられ馬が引く。魔術が付加されているのか、木と金属で出来た台車は滑らかに歯車を回転させる。

 中隊は乱れ一つない統制された動きで帝都に向かい出した。

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