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異世界に溺れちゃう  作者: ぽんぽこ太郎
第2章 大円舞曲
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第1節 若芽摘み

 ギルドに併設された大きな訓練場で、刃を潰した両刃の剣を振るう。

 前方左上、刃を向け剣が斬りかかってくる。

 俺は左足を引き迫りくる剣を、手にした剣で下方から受ける。

 先ほどから攻める手を休めない相手。

 次はどのように攻めてくるのだろうか。

 期待が踊りだす。

 模擬戦。

 刃を潰したとはいえ、殺傷能力がないわけではない。

 骨を折る事もあるし、当たり所によっては死ぬ事もある。

 滅多にあることではないが、注意を頭の片隅に置いておく。


 金属と金属がぶつかり、甲高い音が幾重にも重なり鳴り響く。

 何合打ち合っただろうか。


 相手に疲れが見え始めた。

 肩で息をしている。

 動きが鈍くなったのが分かる。


(そろそろだろう)


 大きく下がり、迫りくる剣を下方左下に逸らす。

 相手が体勢を崩した。

 しかし倒れない。

 それを見るに、素晴らしい平衡感覚をしている。

 身を回転させながら相手に迫り、寸分狂いない斬撃――首の刃を突き付けた。

 銀の放物線が尾を曳く。


 相手の剣が地面に落ちる。

 刀身に日の光が反射した。


「ま、参りました!」


 冒険者に成ろうとする訓練生相手の模擬戦。

 この戦闘訓練を経て許可が出た者は、名ばかり登用試験――別名、親睦会を受けて冒険者となる。

 前回の登用試験時に魔物の襲撃があったのだが、冒険者を志願する者は途絶えなかった。

 それだけ、『冒険者』というものは、このメツアーツ帝国――いや、この世界に深く根付いているものだ。

 それにしてもこの訓練生は非常に有望だ。


「勝負を決めておいて言うのも変だが、素晴らしいセンスだ。登用試験への許可は出るだろう。冒険者になったら互いに頑張ろう」


「は、はい! ありがとございました!」


「それじゃあ暫く休憩してくれ。疲れただろ?」


 俺がそう言うと、訓練生は頭を下げ休憩所に向かった。

 訓練場の端の方に設置された休憩所にはまだ誰もいない。

 周りを見ると、まだ多くの訓練生が冒険者相手に剣を振っている。

 訓練所全体に金属音が鳴り響く。


 訓練生相手の模擬戦は、ギルドから冒険者へ出される依頼の一つだ。

 しかし、それなりに実力のある冒険者にしか出されない。

 これから冒険者に成る者へ適切な指導が出来るようにと、ギルド側の理に適った配慮だ。

 それだけに、依頼された冒険者は熱心に指導にあたる。

 また、依頼が出されたことを良いことに自分を過信する者も少なくない。

 後者を突き詰めると訓練生相手に自分の力を誇示し、横暴な態度に出る者もいる。


「おい、随分と偉そうなこと言ってたな」


 立派な体格。赤い短髪。持つ訓練剣が小さく見える。

 登用試験時に共に戦ったホアンとは別のダラムサル人。

 そして、こいつは自分の力を誇示する連中の中でも最悪の部類だ。

 今まで気付かなかったが、相手をさせられた訓練生は全身に痣を作り、地に伏せ呻き声を上げている。

 ひどい怪我だ。

 顔面は腫れ上がり、鼻が折れている。

 内出血、骨折、全身打撲。

 地面に広がる血だまりの中には欠けた歯が混ざっている。

 後で医務室に連れて行ってやろう。

 単なるストレスの発散なのか……いずれにしても、こいつの嗜癖は気に食わない。


「お前さぁ、魔物の撃退で活躍したとかなんだか知らないが、急にAランクはないだろ。何か裏があるんだろ?」


 下品ににやつく。

 確かこいつはBランクだったな。

 実力は確かにある。

 地道にランクを上げる冒険者の中には、俺みたいに突如現れて自分より高位に着くのが我慢ならないのもいるだろう。

 分からないではない。


「ああ! もしかして、あの別嬪さんのお蔭か? 確か貴族なんだろ? お前は良いよなぁ。毎晩楽しんでる上にそのランクだ」


 挑発か?

 それとも本当にそう思っているのだろうか。

 面倒事には関わりたくない。

 それに俺が嫉妬を当てられる境遇にあるのも分かる。

 Bランクともなれば、それなりに功績を挙げてきたのだろう。

 人柄はどうあれ優秀な人材であるのは間違いない。


「お前にAランクは不釣り合いだよ。次は俺とやろうぜ。分からせてやるからよ」


 こちらとしては、冒険者相手に模擬戦なんてしたくない。

 それにこいつはBランクだ。

 俺のAランクを除けば、今この辺りで最高位の冒険者である。

 周りで指導している冒険者も、そういう事情があって止めに入らないのだろう。

 見て見ぬフリか。

 気付かなかったとはいえ、俺も似たようなものだろう。

 せめて――


「そこの訓練生を医務室に運んでくる」


 俺は地に伏せている訓練生を丁寧に担ぐ。

 血が抜け軽くなっている。

 訓練生が痛みに声を上げる。


「おい! 変な気ぃ配ってんじゃねぇよ!」


「君には勝てないよ。勘弁してくれ」


「本当にむかつく野郎だな」


 今は顔を立てよう。

 

 そして俺は医務室へ向かった。





「すみません! 怪我をした訓練生を連れてきました」


 医務室はギルドの一階にある。

 城のような大きさを誇るギルドであるだけに、一つ一つ大規模な設備を持つ。

 例に漏れず、この医務室もそれなりの設備である。

 それだけの設備を所有しているから、前回の登用試験での怪我人をギルドに滞在させ治療が出来た。

 アルウェルと帝都のギルド以外では出来ない事だろう。

 治療にあたって、ギルドの責任とか何やら言っていたが設備あってこそだ。


「おや? 君は前回の登用試験で死戦を乗り越えたトウヤ君じゃないか?」


 年老いた男性に名前を言い当てられた。

 白衣を着たその男性が今日の医務当番だろう。

 白髪が目立つ。

 それにしても何故、俺の名前を知っているのだろうか。


「あぁ! 私とは初対面だよ。前回の登用試験で生き残った試験生を治療している時に聞かれたのさ。『誰が助けてくれたんですか?』ってね」


 なるほど、そういうことか。

 ギルドの治癒術士は、もちろんギルド職員だ。

 その試験生に、誰が助けたのか教えるために調べて俺の名前と容姿を知ったのだろう。

 別に一人で助けたわけではないし、そもそもこの場合、『助ける』って表現自体おかしい気もする。


「それより、まずはその怪我人を治療しよう。なるほど、ひどい怪我だね。ここまでとなると……また彼か」


 俺は担いだ訓練生を寝台に寝かす。

 白いシーツに訓練生の固まった赤黒い血が飛び散る。


「困ったものだよ。本来は彼に訓練を依頼したくはないのだが……。迷惑かけて済まないね」


 そう言って彼は治癒魔術を行使する。

 第五等級魔術〈インテンシブヒール〉は訓練生を光で包み、蔦が絡み合うように皮膚、細胞を再生させてゆく。


「今日は軽い方だ。いつか死人を出す前に止めてほしい」


 その呟きは俺に向けられたものではなかった。

 独り言――心からそう思っているのだろう。


「この訓練生なら大丈夫だよ。私はいつでもここにいるから、また何かあったら来てくれ」


 白衣の胸元には医務室長と書かれた金属板が縫いとめられていた。

 彼が噂の医務室長か。




 医務室から訓練場に戻る。

 ギルドの治癒術士は非常に優秀だ。

 なにせ彼らは第五等級までの治癒魔術を行使出来る逸材だ。

 聞いた話だが、医務室にいた彼は第七等級までの治癒魔術を行使出来るらしい。

 この世界では第三等級魔術まで行使できれば魔術師として実戦において有益であり、第五等級魔術まで行使できれば魔術師として重宝される。

 魔術はゲーム時代では形振り構わず、意識一つで放てたのだが、この世界ではどういう訳か裏付けられた理論に基づかなければ行使出来ない。

 なんでも生身の体ということで、魔術の行使の際にかかる負荷に、構想、演算を司る脳や制御を司る全身が耐えられるかどうかが、ゲーム時代と大きく異なっている。

 中には個人で第十等級魔術を物言わぬ顔で行使するメツアース帝国最精鋭のメツアーツ王直属特殊作戦部隊とかいう化け物集団もいるようだが。

 俺にしても第十等級魔術となると行使するのは難しい。

 ゲーム時代に扱った魔術は経験則によるものなのか構想と演算が楽で比較的容易に扱える。

 何回も行使していたからな。

 さすがに全身にかかる負荷からは逃れられないが。

 体がゲーム時代の自分が扱っていたカンストレベルのアバターと同様に動くだけでもありがたいのだから、そこまで望めたものではないだろう。


 少し遅くなってしまった。

 戻ったら、俺が担当している訓練生との模擬戦を再開をしよう。

 そういえば、まだ休憩させている。

 それにしても優秀な訓練生だと改めて思う。

 このまま冒険者となっても通用する。

 Cランクに成りたて程度の実力はあるだろう。

 人柄も良い。

 礼儀を見せ、年長者、先輩の冒険者を敬っている。

 訓練生が実践で命を落とす確率を少しでも下げるために、今日はゲーム時代に培った魔物との戦闘方法でも教えよう。



「よう! 遅かったな! ずっと待ってたんだぞ!」


 またコイツか。


 なんだ……?

 足元に新しい血溜りが出来ている。


「お前の訓練生! お前がちゃんと訓練してないから、こんなんになっちまったじゃねぇか!」


 そいつの足元には、先の訓練生よりひどい怪我をした訓練生。

 俺が担当している訓練生だ。


 顔面は血に塗られ、腫れ上がり、腫れ上がった肉が邪魔して瞼は開いていない。

 折られた鼻から出る息が、鼻孔に付着した血を泡立たせる。

 頭蓋に陥没。

 陥没痕を中心に髪が散乱している。

 会話が聞こえていたのだろうか。

 俺の到着を仄めかす発言の後に、折られた歯、砕かれた顎から、「う゛ーう゛ー」と声を発している。

 全身に青い痣、内出血どころじゃない。

 内臓が破裂しているのかもしれない。

 四肢のいたる所が骨折。

 一部は肉と皮膚を突き破り、白い骨を見せている。

 指の曲り方がおかしい。

 コイツ、一本一本折りやがったのか。


 訓練生の、「ひゅー、ひゅー」と擦れるような息が俺の耳に纏わりつく。

 生きてる。

 優秀なギルドの治癒術士が治せるギリギリのライン。


「さぁ! 俺とやろうぜ!」


 グシャっと音が立った。

 訓練生の手が踏み砕かれたのだ。


 血が跳ねる。

 やりすぎだ。

 何故周りは止めなかった。

 理知的な判断が出来ない。

 体の中でドス黒い感情が渦巻く。

 殺意なのだろうか。

 だとすると誰に対する殺意なのかすらも分からない。

 ただ理性がぐるぐると飲みこまれてゆくのが分かる。

 胸が重い。締め付けられる。眩暈すらする。

 ぼやける視界に映るは、にやけるダラムサル人と血の海に伏せた訓練生。

 これは人だろうか……?

 脳が狂い視覚情報が正しく伝わらない。

 無理矢理感覚を統一する。

 次第に輪郭を取り戻してゆく。

 そうさせたのは理性ではなかった。


 こいつを殺したい。


 無惨に手足をバラして、命乞いの末に殺したい。

 だから……いや……ダメだ……殺してはいけない。

 完全に理性を手放す前に。

 憎悪の感情が大きくなる。

 飲まれゆく理性が感情の中で溶けてゆく。


「片手だ……」


「は?」


「片手で相手してやるッ……! それでも……殺すかもしれない……!」



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