第1節 燃える
夜の暗闇を、引き裂くような赤が塗りつぶしてゆく。轟々と燃える森。
この場の全てを焼き尽くそうと、木々の葉は火に変わり、熱風が靡く。
もはや、森に響く剣戟の音は聞こえない。代わりに聞こえるのは低く、くぐもった声。
目の前に広がるのは魔物、魔獣の群れ。
「ひどい有様だ。おい、大丈夫か?」
なんとか、と男に視線だけを向けて答える。
夥しい数の死体が転がっている。人間の死体に、魔物の死体、区別さえつけられない程、破損した死体。
ギルド登用試験の野営地である、この場は戦場と化した。野営に際して、その手際、耐性、協調性を見る、ただそれだけ試験。
戦闘を伴う試験ではない。当たり前だ。このルフドルの森は本来、魔獣、魔物が出現する地域ではないのだから。
「ギルドの監査官は死んだ。登用試験は中止だろう。こんなのやってられるか。撤退するぞ」
監査官は試験をするにあたり、ギルド登用試験生を装う。
先ほど射殺されたのが監査官だったのだろう。通信魔術を終え、幾十もの魔物を殺し、足を射抜かれ身動きの取れないギルド登用試験生を守っていた。飛来した魔獣に半身を食い千切られるも、魔獣の首を切り飛ばした。その数秒後、狙われたかのような正確な矢を側頭に受け、崩れ落ちた。間違いなく実力、人格、共に優秀な職員だった。
「どこ見てんだ? あぁ……まだ生きてる奴もいるだろうが、動けない奴を連れて撤退は無理だ。魔獣共が死体に食いついてる隙に――」
後方から破裂音。
突如として、血が降りかかる。
魔物の魔術を受け、男の頭部が吹き飛ばされた。後方にも魔物が見える。
囲まれた。
周囲を見渡す。
生きている試験生は、何人かいる。
生きていて、なおかつ立っている試験生は一人しかいない。長身で無骨、強靭な肉体を持つ彼。
武器を抱える彼からは、決死の覚悟が見て取れる。
男から剣を引き剥がす。
「借ります」
ただの剣。
翻して。
高速で飛来してきた魔獣を一刀のもと、斬り捨てる。
飛来してきた勢いのまま、赤黒い血を撒き散らして魔獣の死体は後方へと流れる。
剣先に魔力を宿す。
瞬時に術式を構想、範囲指定、演算。
魔石も魔回路も構築されていない、ただの剣。
剣先に宿った魔力は増幅されず、素のまま展開される。
魔獣の死体が地面に落ちる。
次の瞬間、前方にて轟音が鳴り響く。
俺が行使した第四等級魔術〈イラプション〉が、爆発と同時に幾つもの火球を放出し魔物、魔獣を焼き、潰し、蒸発させた。
怖い。体が震える。死ぬかもしれない。
先ほど行使した魔術も、指向が大きくズレた。
仕留め損ね、手負いながらも突進してくる魔獣を、横から斬り伏せる。
これはゲームじゃない。死んだら死ぬ。
続けざまに飛び込んでくる、刃物を持った人型の醜い魔物を、左足を軸に回した右足で蹴り飛ばす。
これはゲームじゃない。けれど、体はゲームの時のように動く。落ち着け。冷静に。冷静に。
側面に向け再度、第四等級魔術〈イラプション〉を行使。
今度はズレがない。大丈夫。切り抜けられる。
そして再び剣戟の音が聞こえ始めた。彼――唯一動ける試験生が戦闘を再開したのだ。
「今のうちに撤退を!」
「生きている人がいる! 見殺しには出来ない!」
彼は地面に伏している試験生を庇いつつ叫んだ。
甘い考えだ、けれど同時に高潔であると思えた。
醜い魔物を蹴り飛ばした際に、落とした刃物を、拾い上げ、投擲する。彼の死角から、斬り掛かろうとしていた、同種の醜い魔物の頭部を吸い付くように貫いた。
彼の位置と俺の位置を直線で結ぶ、最短距離。
進路上に醜い人型の魔物が一体。
駆け寄り、横からすれ違い、同時に首を刎ねる。
切れ味が鈍ってきた。
「助力する」
「あんたこそ撤退しろ! この場は任せろ!」
彼の声は僅かながら震えていた。しかし事実、この状況において生き残り、戦闘を行えると言う事は、それなりに腕が立つのだろう。
心強い。
「あんたも生きてる。見殺しには出来ない」
「ハハッ! 面白い! 名前は?」
「清水透也」
大丈夫。切り抜けられる。
震えは止まっていた。