K (ケイ)
袋いっぱいに夕食の材料を手提げて家に向かう途中だった。
「あ!買い忘れたものあるからちょっと待ってて。」
「え、じゃあ俺も....」
一緒に行くと言おうとした頃には千城の姿はなかった。
(じゃあ、先に帰って待つか....)
「って、あの子一人じゃ俺の家来れないだろ!!それにお金持ってるの俺じゃん!」
結局自分も千城が戻るスーパーへ向かった。
買ったものが入ったビニール袋をガサガサと音を鳴らして早歩きで行く。
(あれ?)
夕陽で黒い影でしか見えないが、誰かが立っているのが見える。
身長もそう高くなく、髪も長く女性の姿。
(さては、自分がお金持ってないことに気づいて戻ってきたな。)
「おーい!香月!だから俺も行くって言ってるだ...ろ!?」
夕陽に雲がかかり、逆光がなくなるとをの姿がくっきりと見えてきた。
香月ではなかった。
昨日の夜にも遭遇した恐ろしい存在。
「ひ...人喰い!?」
しかも、今度は身体中傷のあとがあったり、その傷だけではない他の誰かの血を大量に浴びて、少し離れていてもどろっと血生臭さがしてくる。
(なんでここに!?
それに水屯高校の制服を着てる....?)
人喰いは右手に持っている何かを口の前に運んで大きく噛みちぎると、周辺に赤い液体が飛び散る。
そして手からそれを落とした。
おとした者に目をやると、真っ赤に染まってそのものの表面の色は分からんかったが、5本の指がある形が見えてすぐにわかった。
誰かの腕だ。
それをみて気持ち悪いより先に、その人喰いに喰われてしまう恐怖がきて、ビニールを落としとっさに逃げた。
むこうもこっちに気付くと、裸足の足で地面を掴んで人間とは思えない速さで襲ってきた。
数メートルは離れて、後から走り出したのにものの10メートル走ったところで背中を掴まれて転げ倒され、仰向けに倒れた夢渡の上に乗りかかる。
もしこれが可愛い女の子だったらなんて妄想でしている暇はなく、とにかくこの危ない状態をどうにかしないと必死に考える。
とはいえ、何も能力のない自分では何もできない。
「た.....けて。」
「え?」
人喰いは夢渡を食べようとする雰囲気はなく、何かを伝えようとしている。
けど、何を言っているのか上手く聞き取れなかった。
上に乗っかるだけで彼女は何もしてこない。
というよりは、襲おうとしているのを堪えてながらも何かに怯えているようにも見える。
「大丈夫、俺は何もしないよ。
安心して。」
襲われているのは自分なのに何を悠長なことを言っているのだろう、ましてや人喰いの頭を撫でようと手を伸ばしていた。
ただ、人喰いが可哀想に見えただけだからだろうか。
すると、誰かのヒザ蹴りが飛んできてはその人喰いを吹っ飛ばした。
その瞬間、ヒザ蹴りの主のスカート中まではっきりと見えてしまった。
上に乗っかっていたおもりも消え、体を起こして先に見えるものを見る。
人喰いは獣のように4足で素早く逃げいき、それを見つめる同じ制服の女の子。
「野咲さん?」
「あなたはもうちょっと自分の身を守る術を考えて欲しいわ。」
「え....なんか、ごめんなさい。」
「まぁいいわ、見たところ能力も持ってなさそうだし、仕方が無いわ。にしてもあなた、よくもまぁ人喰いに遭遇するわね。
というより、あなた狙われてるんじゃないの?ん....狙われてる....」
野咲はそう言うと、何かに気になったのかブツブツと一人で呟き出した。
「やっぱりあの能力で....でもこいつは能力を持っていないからなんのメリットも.....」
「何言ってるんだ?」
「白地くんだっけ?五大能力って知ってる?」
「え?ソース?とんこつソースとか?」
(あれ、前にもこんなやり取りしたな。)
「嘘をついているようにも見えないわね。」
「ねぇ、ところで人喰いってなんだよ。」
「なんで私に聞くの?」
「だってお前何か知ってそうじゃん。」
「....聞いてどうするの?」
「知らない。」
「なら言わなくてもいいでしょ。」
「いやでも、俺は既に2回も人喰いと遭遇して襲われてるし。また襲われるかもしれない、だから知っておくべきだと思うんだ。」
「だから、知ってどうするの。」
「うっ....」
以外と面倒なやつだ。
「どうするかって言う前にまず、お前は人喰いをどうしたいんだ?」
「質問してるのはこっち。
でも、一言で言うとしたら奴を殺したい。」
やはり、彼女にはそれくらいの恨みと覚悟があるようだ。
人喰いが人を喰う、残酷な行為で許すべきことではないことはわかるが、なぜこの子がそこまで人喰いを恨むのか、それも知りたい。
「そうか、俺がどうしたいかって?
人喰いに人喰いを止めさせる。それ以外に理由はない。」
「へぇ、無能力がね....」
「お前だって見たところ力はあっても人喰いを殺せるほどの能力はないだろ。」
「へぇ....言うわね。
じゃあ、教えてあげる。信じるか信じないかはあなた次第だけどね。」
「あぁ。」
「まず、あの人喰いはKって呼ばれてるわ。」
「ケイ?」
「私も詳しくは分からないけど、私達のところではあの人喰いはそう呼ばれてる。」
(Kって名前の頭文字か何かか?
それに野咲のところではそう呼ばれてるってことは、俺の知らないどこか遠くから来たってことだよな。
人喰いも野咲の住んでいたところから来たってわけだな....)
「Kは私のいた場所の人間をほとんど食いつくした。奴は私の大事な人も、私自身も殺した。だから奴を殺すために....ここまで追いかけて来た。」
野咲は後に続く一言を言うのを躊躇いながらも、はっきりとこう言った。
「....10年後の未来から....」
☆
カンナは1人寂しく学校の校門を通り、昔母と住んでいたという家に向かった。
....私は香月じゃないし、香月の記憶もない。私の中にもいま彼女がいるのか分からない。
....それでも、夢渡の記憶の手がかりを掴むためにも香月の〈能力辞典〉が必要。
香月自身もそんなに記憶に無いだろうが、少しでもヒントがあるのではないかと月夜に教えてもらった。
その時にも家の鍵を貰っていたので、すぐに家の中に入ることはできた。
人二人住むのには十分の大きさのマンションの一室。
中は綺麗ではあるが、数ヶ月前まで使われていた痕跡もあった。
すると、一つの子供部屋にたどり着いた。
中は今では小さ過ぎるベットに、結局使われることの無かった勉強机。
(....ここは香月の部屋...。)
もう一つある部屋に向かった。
そこは月夜の寝室。
ベットの上に白衣やら、ドレスやら放り投げられたままだった。
香月の部屋と比べると綺麗とは言えない部屋。
部屋の隅には仏壇が飾られていた。
立てかけられた写真たてには一人の男性の写真。
月夜の夫で香月の記憶に残っていない父親の顔。
香月が月夜の、この写真の男娘であることに羨ましく思う反面、いつまでもこのままではいけないと思った。
(....私のワガママも終わり....。
でもまだ....。)
カンナは部屋を出ると、家の掃除を始めた。
香月を呼び起こす為の手がかりを探すついで。
ゴミ箱に山になるまで貯められたゴミを大きなゴミ袋にまとめ、集積所まで持っていったり、洗われていないシンクの食器を洗っては乾いた布巾で水滴を拭き取って棚にしまったりと、先に探しものとは関係ないことから始めた。
できれば自分が探しているものは最後に見つけたいから、というよりは見つけたところでどうすればいいか分からないから後回しにしたいのだと思う。
一通り家の中を綺麗にした。
しかし、それと言った手がかりは見つからなかった。
最後に仏壇を綺麗にしようと、雑巾でホコリを取ろうと父親の遺影をずらすと、奥の方に手帳のようなものを見つけた。
カンナは手を伸ばしてその手帳を取った。
手帳の表紙には『母子手帳』と書かれていた。
もちろんその手帳の氏名欄には、『月夜』と『香月』と書かれており、中を開くと挟んまれていた1枚の紙切れが床に落ちた。
その紙には『児童養護施設 《ひまわり》』という建物名と、簡潔な地図も書かれていた。
カンナは紙に書かれた場所に何かあるのではないのかと思い、それを綺麗にポケットにしまう。
「....次にここね....」
☆
夕日も暮れ、暑さが抜けてきたなか夢渡は野咲から聞いた話を真剣に考えながら千城のあとを追う様に歩いた。
野咲さんは10年後の未来からきたと言っていた。
〈能力〉のあるこのご時世なのだからタイムスリップも不可能ではないはずだけど、誰かの命を蘇らせるのと同じ様に過去や未来を変えるのは能力の禁忌に反するものだ。
禁忌に手を出したらどうなるかなんて知らない、そもそも人間が手を出せない領域だからこそ禁忌なのではないか。
「じゃあなんで野咲さんは....?」
そう考えると本当に彼女が未来から来たというのは信じ難いものだ。
だからと言って、それを信じなければ話は先に進まない。
彼女は〈時間停滞〉という能力を持っている。
名前から察する通り、一時的に時間を止められる能力。なのになぜ過去に来れるのか、それは彼女の腕にしている腕時計のおかげらしい。
彼女が能力を発動させてるときにその時計を弄ると、その指定した日時に跳べるというのだ。
後はなぜ未来から来た存在が普通に水屯高校に通えているのか。
それはこの時代で協力者がいるからと言っていた。
時代を飛び越えられるその腕時計を作ったのも10年後の協力者らしい。
禁忌に触れるようなものを作ったり、所在不明な人物を学校に入学させたりと、相当すごい人物であることに間違いない。
「時間を跳ぶ能力を使う、さらに跳んだ先でアクション起こして過去を換えたりなんてしたら能力の禁忌に触れるんじゃないのか?」
過去へ飛んで死ぬはずの命を死なせないようにすというのは、生命を蘇らせるのと同じ世の理に反するものだ。
しかし彼女は怖がる様子もなく、たくましそうにこう言った。
「その禁忌ってのは誰が作ったの?」
そんなの知るわけがない。
彼女は一人でさらに言った。
「そんなの人間が作り出した道徳的なものなんでしょ、神様が作ったというならその神は人間の宗教的なもので作られたものでしょ。
結局は人間が勝手に作ってるだけ、なら人間がそれに歯向かっても構わないでしょ。
って、こんなこと言ったところで意味ないけどね....」
最後に小さく呟いた。
「神様がいるならなんでこんなこと...」
「さ、これでほとんど言ったわよ。満足?」
「どうしても腑に落ちないところがあるんだけど....」
「なに?」
「なんでKも未来からこれたんだ?」
「それは私も分からない、でも1つわかることはKは能力者を捕喰することでその者の能力を得てる。」
「それって、タイムリープする能力を喰ったってことか!?」
「そうなる....」
「まて、そもそも能力を喰って使えるって、それ最強じゃ....どうやって倒すんだよ。」
「私もよくわからないけど能力を使い放題という訳じゃないみたい。、さっきのKを見れば分かるでしょ?」
Kの体は傷だらけでだいぶ弱っていた姿を思い出した。
能力を喰って使うことができるならそれで傷を治すこともできるはず。
「でも、もし自己回復系の能力をまだ喰っていなければしょうがないんじゃ。」
「喰ってる。
Kは私の時代のほとんどの人を喰いつくしているから、自己回復の能力も絶対持っているはず。」
Kの事を自分よりも知っている彼女が言うのだから、そうなのだろう。
「たぶんだけど一度使った能力を再び使うことが出来ないか、もしくは再発動までの時間が長いかのどちらか。」
「それならさっき殺っておけば良かったんじゃないか。」
「そうね。でもまだ無理。貴方を散々馬鹿にしたけれど、正直私にもやつを倒す力はない。
時間を止めても、人や者の移動は出来ても傷つけることは出来ない。」
〈時間停滞〉にKを致命的な場所、高い崖の上や火炎の中など色々試したが解除した瞬間、Kは何かしらの能力で危機から脱出してしまうから、野咲自身で倒すことが出来ないらしい。
「それじゃあ、誰がKをあそこまでボロボロに?」
「それは分からない。」
「え?君の協力者とかじゃないのか?」
「あの人は確かに強いけど、万が一あの人がKに食われたりすれば、Kは誰にも倒せれることのない存在になっちゃう。」
「だから近づけたくないと。」
確かにそうだ。
「それじゃあ、まだKは殺せないってことだな。」
「ええ。だからこうして、Kによる被害を減らすために邪魔をすることしかできない。」
そうなるか....でも
「それならKが生まれる前にタイムリープすれば....」
Kのいた事実を消すという手段があるじゃない。
「その手もいずれ使うけど今はまだKがどの時代からきているか知らないし、それに再発動に時間かかるから、無闇に時間を移動できない。」
すると 野咲は不思議そうに聞いてきた。
「ところで、なんで貴方はそんな落ち着いていられるの?
こんな話すれば普通怖がって関わりたくなくなるはず、それに無能力なのに....
いや、無能力だから狙われる心配はないし、余裕....
あれ、Kは確かに貴方を襲ってた....」
野咲は一人で考え悩み出した。
自分自身、なぜここまで落ち着いていられるかは良く分からない。
確にKは俺を喰おうとはしなかった、助けを求めているように見えた。
自分に対する危険性を感じなかったから、と言うと周りがどうなろうと気にしない奴だと思われる。自分自身それが嫌だからこうやって自分で何か出来ることを探そうとしてるのかもしれない。
「まぁいいわ、私はまたKを追いかける。」
「ああ、俺も香月を追いかけないといけないしな。」
「そのことだけど、その香月って子、ずっと不自然に感じてる。」
「不自然?」
「そう....。まぁ、その子に気をつけることね。
それじゃあ。」
最後にそう言って去ってしまった。
夢渡は千城を追いかけて彼女とは反対の方向を歩いた。
「香月に気をつけろ....か....」
ふと、ある疑念が思い浮かんだ。
人喰いの名前がなぜKと呼ばれるのか。
思いつくのは名前の頭文字かなにか。
(そう言えば香月って名前も頭文字はK....)
「あ、おーい!ゆめと〜」
坂を登った先に千城が手を振って名前を呼ぶ。
「えっへへ、やっぱ買えなかったー!」
「そりゃお金を持ってなければ買える無いだろー....って香月?」
夢渡は千城の思わぬ姿を見て驚いた。
制服は切り裂かれ、赤い血もところどころ見受けられた。
まるで、さっきのKのようにボロボロだった。




