一人目 ☆
「ねぇ、君はどうしてそんな落ち込んでるの?」
9月初めの夕暮れ時、どこかの私立の小学校だろう制服を着た少女は僕の隣のブランコに座り、太ももに乗せた黒い子猫を優しく撫で回していた。
「ケンカしたんだ。
初めてできた友達で、初めてのケンカをしちゃった。
けど、どうすればいいかわからないんだ。」
「へぇ、ケンカか....
まず謝ればいいんじゃないのかな?
っあ。」
猫は少女の元から飛び入りて僕の方に頭を僕の足元に擦り付けて甘えてきた。
僕はそれを持ち上げて、少女がしていたようにもも上で優しく撫でた。
「この子人懐っこいね。」
僕はうんと頷いて、さっきの会話に戻す。
「なんで?僕は悪くないよ。」
「ううん、喧嘩したらまず自分から謝らないといけないってお父さんが言ってたんだよ。」
「君は友達と喧嘩したことないの?」
そんな質問をした僕は今思うと本当に無神経だったと思う。
少女は使わなくなった傘の先を、軽くカタカタと地面に叩き、静かにこう言った。
「私、友達いないから....」
寂しく聞こえたその言葉は僕の心にすごく響いた。
そう、僕も同じような経験をしているから。
「みんな私のこと気味悪がるの...なんで...
私...私ってそんなおかしい?」
何かを訴えているような....今にも泣きそうな顔をして僕に聞いてきた。
太ももの上でくつろぐ猫をそっと降ろし、隣のブランコに座っている少女に手を伸ばして2、3年前の自分には出来なかったことをする。
「じゃ...じゃあさ、僕と友達になろうよ!」
「え...」
少女は次第に笑顔になり、伸ばした僕の手をギュッと握った。
「うん。ありがとう!」
そう言って、少女は握った手を引っ張り僕に抱きついた。
はじめは驚いた。けど抵抗もせず、ただ一種の友情表現ととってその温かさに身を任せた。
「それじゃあ、この子のお家を探してあげよ!」
「うん。」
元々は捨てられたこの子猫を一緒に見つけて、この少女とは出会ったのだから。
その後何件か家を回って頼んだがどこもダメだった。
「しょうがないね....私の家はペット飼えないから」
「僕の家もお母さんがアレルギーだから...」
どちらも一時的とはいえ、預かれる状況ではなかったので、近くの寺の軒下に隠した。
「ごめんね、また明日あなたのお家を探してあげるから。」
少女はそう猫に言って振り返った。
「それじゃあ、行こ。」
「うん。」
階段を下りたところでお別れのようだ。
「それじゃあ、また明日。ここでね。」
「うん。」
「絶対だよ?」
「うん、友達だから絶対。」
少女が小さく、見えなくなったところで気がついた。
「あ、名前を聞くのを忘れた...
明日も会えるから大丈夫かな。」
しかし、あれが最初で最後...二度と少女の出会うことはなかった。
「ん?」
頭に雨粒が落ちてきたのに気がついた。
それから一度止んだはずの雨は再び降り始め、僕が家に着く頃には激しくなり、外から強い風が唸っているのがよく聞こえた。
「外、やばいね」
「そうね、台風が来るってニュースでやってたわね。」
(台風が....)
「園花大丈夫かしら。今日も部活が遅くなるって言ってたし。」
姉がなんの部活に入っているかは知らないが、いつも帰ってくるのが遅かった。
お母さんと二人で心配していると、タイミングよく家に帰ってくる。
「ちょっとーずぶ濡れじゃない、傘はどうしたの?」
「もー最悪!風で壊された。
これやばい台風だよ。近くの寺も崩壊してたし、ちゃんと雨戸閉めないといろんなもの飛んできて危ないね。」
(寺...寺が崩壊?)
僕はそのことを聞いて、すぐに家をでた。
「ちょっと夢渡!どこ行くの!?
せめて傘だけでも...」
そんな母親の忠告を聞き入れることができないくらい頭の中は猫とあの少女でいっぱいいっぱいだった。
(そんな、寺は壊れるなんて...)
大雨の中途中で滑り転んでも諦めることなく走り、寺までたどり着いた。
建物はほぼ半壊し、悲惨な状態になっていた。
周りの木々が葉を擦りあい、その音は僕を圧迫するかのようにざわめく。
(猫は...)
猫を隠したのはこの建物の裏側、幸いにもそっち側はまだ無事だった。
軒下からダンボールを引き出して、中の様子をのぞき見ては、僕の中の不安は消え去った。
元々はダンボールの中には入ってたタオルは濡れ、猫は寒そうに丸く縮こまっている。
(ここにおいておくのは、危ないよね...お母さんに頼んで一晩だけおいてもらおう。)
ダンボールを抱えて、寺を後にしようと階段へ向かった。
「絶対...助けてあげるからね。」
そう弱々しくいる猫を安心させようと一言声をかける。
「うあ!」
階段の前でぬかるんだ土で足を滑らせ、そのまま前に倒れてしまう。
ダンボールの中に入っていた猫もその勢いで投げ出され夢渡前方の階段のへ姿を消した。
「え、....」
ゆっくり立ち上がって、階段の手すりをつかみ、したを確認する。
段差も段数も少なく、猫は無事のようだ。
急ぎ足ながらも、全身冷えた体を下へ降りる。
「早く...助けないと...」
道路の真ん中で倒れ込んでいる猫だけを見て階段を降りる、残り2、3段...あともう少しというところで悲惨なことが起きた。
一般者が夢渡の目の前を一瞬で横切った。
きっと運転手は視界の悪い中目の前の猫に気付くことなく、そのままを引いてしまったのだ。
車が通った後には口から中のものが吐き出され、数カ所から血は流れ、その生臭い鉄の匂いが夢渡を刺激する。
(どうしよう...あの子になんて言えば...)
猫のそばで膝をつき、そのまま強風に体を揺られ、雨にさらされ、今自分の頬伝って流れ落ちる水滴が、雨なのか自分の涙なのかも分からなくなり。ただどうすればいいか、なんて少女にはいえばいいかひたすら考えた。
「う...うぁああああああ!」
1人泣き叫ぶと、ふっと全身の力が抜け全てが真っ暗になった。
次に目が覚めたのは、2日後の昼だった。
傘も差さずにあの大雨の中を出歩いた僕は、当然熱を出して寝込んでいたらしいい。
「なんで傘も持っていかずににあんな雨の中出ていったの!?」
「夢渡、あんた馬鹿じゃないの?」
分かってる。
母さんも姉ちゃんも二人とも怒っているけど、僕のことを心配してくれていたんだ。
けど、そんな僕はあの少女のことが一番心配だった。
自分から友達宣言して、どの次の日に会う約束をすっぽかしてしまったのだから、自分は最低だ。
それに、猫のことも...僕のせいで死んでしまったのだし。
その日の夕方に再びあの寺に行って待ってみるが、昨日すっぽかしたせいか来るわけもなかった。
ごめん...
助けることも、約束を守ることも出来なかった。
☆
7月23日
目が覚めてから5日間が経過した。
目が覚めたとき、突然知らない女の子に抱きつかれ、
ましてや自分の周りは能力という超能力が使えるということに混乱した。
自分はどれだけ寝ていたのだろう。
周囲の人達は1ヶ月と言っているが、自分にとってはそれの6倍...半年以上な気がする。ついこの間まで受験勉強のために毎晩塾に行く日々を送っていたのに、いつの間にか高校生になっているは、初めて通う高校はまるで爆発テロでも起きたかのような後に無理に立て直した校舎で授業を受けているは、ほかのみんな変な力を持っているわで訳が分らない。
まるで、自分の知っている世界ではない別の世界にでも飛ばされたかのような感覚だ。
「おっはよーゆめ」
こんな世界でも変わらない唯一安心出来る昇の声。
「相変わらず昇はかわらないな。」
「それがおれだからな!!」
昇は俺の机の上でぐったりと沈んだ。
「この間な、カンナちゃんにデートの申し込みしたらことごとく断られちゃったぜー」
「えっと...カンナさんってあそこの?」
自分の少し離れた席座っているいつも一人でいる、あの子。
いつもといっても、ここに通うのもまだ三日目だけれど....
「あ...いや、その。
そうだゆめ、今日空いてるか?」
昇は何かを気にしたのか、話題を変えた。
「うん、空いてるけど....またカラオケでもいくのか?」
するとそこに、二人の女子が会話に割り込んできた。
一人は中学の頃からの腐れ縁の青野と、昇と義理の姉弟である黄華という女子だ。
「えー、なになに?今日遊ぶの?」
「変態なしなら私もいく。」
「なんだよそれ!いいじゃん、俺がいたって!ってか、遊びに行くんじゃねえし!!」
みんなが仲良く話しているのをただ微笑ましく見ていた。
「ねぇ、夢渡くんはもう大丈夫なの?
ってどうしたの?」
そう青野が質問するとこうかえした。
「いや、なんかこう...変な感じが...いつの間に青野ともこんな話すようになってたんだなって。下の名前で呼ばれるとは思わなかったからさ。」
「え....」
(あれ、何だこの空気...)
突然思い空気になって、焦っても付け足した。
「いや、別に悪いとかじゃなくて、なんていうか...黄華さんとも仲良くなれて嬉しいし...」
すると、より一層空気が重くなった気がする。
それからすぐに時間は過ぎて、重たい空気のまま朝のホームルームに入った。
教室にまず入ってきたジャージを着た体育教師らしい先生はもともとこのクラスの担任ではなかったらしいが、以前の先生さえ誰か知らない自分には知るよしもない。
その先生の後ろについて一緒に入ってきた1人の女子。
髪は茶色の少し短めと長髪部分は後ろでまとめている。
目は透き通った水色。
もちろん、面識のあるような人でもないし、どこかですれ違ったこともない子だった。
先生からは「このクラスの転校生だ」の一言で、あとはその子の口から自己紹介があった。
教室に7割もいない生徒たちは少しざわついていてた。
自分は事情を良く知らないが、この学校のこの能力研究科に編入してくることはまずありえないとされていたらしい。
きっとそれが珍しいことで驚いていた。
「あれ、昇?」
隣の席の昇は幽霊でも見ているのではないかと驚いた顔をしている。
他にも黄華、病室であったカンナという少女も同じような顔をしていた。
「昇?知り合いだったりするの?」
「おいおい...嘘だろ。」
そして転入生がは自分の名前をこう言って自己紹介した。
「野咲 美時
短い間だけなのでだれとも仲良くする気はありません。
よろしく。」
そんな可愛げの無い自己紹介は、みんなの目を点にした。




