#6 〈夢映し〉 ☆
「くそっ...どうすればいい...」
ユキエはとにかく、他のみんなは能力での戦闘には慣れていないうえ、相手もこの大人数では勝ち目がない。
美時や青野、治科たちはこの状況に焦っているのに対して、平気な顔をしている昇やユキノをみて不思議に思った。
「おい昇」
「何?」
「いや、お前は何でそんな余裕なんだ?何か策があるのか?」
「え、そりゃまあ。」
「それは...」
その昇の策というのを聞こうとしようとしたタイミングで夢渡達をとり囲む集団の中から黒塚とミヤビが出てきた。
(英くん...やばい、やられるっ!!)
「あれ〜黒塚くーん。随分と遅い登場じゃ無いですかぁー?」
昇は目の前に現れた黒塚に向けて本心で言っているのか、煽りにはじめた。
「ちょっ!?何で煽りに行くスタイル!?」
この状況でこいつは何を考えている方全く分からない。
こいつのそんなところに不安を持つが、逆に信頼できるということでもるのだろか...
その煽られた本人は別に怒る様子も無く答えた。
「いや、これでいいんだ。」
そういって、右手を肩より高く挙げ奇襲用意の合図をした。
(おい!何の効果も無いじゃん!!)
もうだめだ、こいつがさらに変なこと言うから話し合いも出来なくなった。
「夢渡、周りをみてみて。」
香月にそう言われ周りを見渡すと、夢渡たちの周りを囲んでいた集団の体と視線は全て月夜のほうに向けられていた。
それはこちらに敵意を向けているということではなく、月夜のほうに敵意が向いてる様に見えた。
どういうことだ?
そんな疑問を持っていたのは夢渡だけでは無かったが、この中で昇とユキエはまるで分かっていたかのように平然としていた。
「これで勝負ありじゃな。」
「だからどういうことなんだよ。」
「ここに集められたもののほとんどは、元より月夜の味方では無かったってこと。」
「はぁ?」
囲む集団の中から普通科教師の翔子が〈瞬間移動〉で現れ、堂々と構えていた黒塚に抱きついた。
「かっこいいやん、英く〜ん。」
「あ!僕の英くんに勝手に抱きつくな!!」
「これぞ〈交響曲第9番第4楽章「歓喜の歌」〉」
続いて四葉先生も現れた。
気づけば3人の女性に抱きつかれていた黒塚はその三人を突き放した。
「お前ら気を緩ませるには早すぎるぞ。」
それを見ていた夢渡はボソッと「女垂らしめ...」と呟くが、隣の昇に「お前もだろ。」と言われ少し戸惑った。
「秘山!これはどういうこと!?」
「だ、ダメです!向こうと連絡が尽きません!」
「なに!?」
「あ、繋がりました!」
焦って携帯電話を持ち直す秘山。
「おい、SST特務の方はどうなってる!?....おい、誰だ!」
『いつもニコニコ頼まれた仕事は何でも受けます、弱音屋でーす。
残念ながら、おかけになっている電話番号は、現在使われておりません。
『おりませーん。』
電話番号を確認のうえ、もう一度掛け直してくっださーい。
....よし、黒塚。こっちは完了だ』
「よし、分かった。」
黒塚は携帯をスーツのポケットにしまい月夜に向けて話し始めた。
「これで月夜さん。お前の味方は誰もいなくなったぞ。」
「な....」
「諦めて投降しろ。」
(おいおい、こいつ...本当に俺たちと同じ高校生かよ....)
「いや...いやよ....
もう昔の生活は戻ってこない...
それに....他人が特別な力を持っていれば差別するをくせに、いざ自分がその特別な力を手に入れれば平等に扱い始めるなんて....
こんなふざけた世界は許さないわ....」
月夜はその全能力を操れるという装置と向き合ってキーボードを打ちはじめた。
「月夜殿は能力そのものを消そうとしておるようじゃ。」
「な、それの何がいけないんだ?」
「ほら、ゆめ。能力って元より誰もが持っているもので、その持ち主の性格や特技...ついでに職業が深く関わるって言われてるじゃん。」
「うん。」
「じゃあその個性、アイデンティティと深く関わる能力がこの世から消されればどうなる?」
「.....」
「能力と一緒に個性も消えるということ、感情や思考というものも消える可能性があるってこと。
ただ、食べて飲んで寝るだけの人間しかいなくなるってことだ。」
「じゃあ何で月夜って人は.....」
「取り押さえろ!!」
「絶対に元通りにして見せるわ、悠人さん..それに.....香づ....」
黒塚の合図とともに集団がその月夜の方へ向かおうとした時、また夢渡の予想もしていなかった展開が起きた。
「ノーエイブル..トゥー..ドゥー......〈スキルイマジン〉...」
そんなまるで呪文のように語りながら装置に一番近い出入り口から王坂が現れた。
すると、月夜は自分の意思とは関係なしにキーボードを打ち込む手が止まった。
「ルイ!!」
「よくやった。そのまま全員で取り押さえろ!」
(あれ...明らかに様子がおかしいぞ...)
周りの黒塚の味方も動かなくなっていた。
「くそ!」
「いったい何が?」
「あやつじゃよ。」
「ルイが?なんで!?」
「ルイ兄...」
王坂多分ここの役員の能力名簿でも書かれてるであろう黒いファイルを閉じて、語りはじめた。
「ハッハッハ...どうだい、これで...僕は全てを支配できる!」
「ルイ...なにふざけたこと言ってるんだよ....」
「ふざけてる?そんなわけないだろう夢渡クン。
僕は〈絶対王政〉だけじゃ我慢出来なくなっちゃったんだよ。
ここにいるみんな。いや、世界中の人々を自分の思いのままに操れるなんて最高じゃないか!」
「能力に飲み込まれたか。」
黒塚は自分の推測を口にして、なにかしらの攻撃でもしかけるのか構え始めるが。
「おっと、..ソー....〈インフィニティメイク〉....ついでに...〈リミットブレイク〉〈アクロバット〉〈フリーチェンジ〉〈コピースキル〉〈スキルブック〉...〈心読術〉...あとそこのレディーたちは〈同時保持者〉だっけ?ついでに〈パーソニフィー〉....」
まるでお経の様にブツブツみんなの能力名を言うと、その能力の持ち主は動けなくなっていった。
(体が....動かない!?)
まるで元旦での出来事が繰り返されているようだった。
「ハハハ!これで誰も僕の邪魔はさせないよ!
この装置に入っている〈能力辞典〉と同等の能力情報と僕の能力を組み合わせれば、全部僕のものになる!
さぁ、美時!僕のところへおいで。
一緒にこの世界を僕らの思うままに....」
「....いや」
「ん?」
「こんなルイ兄いや!!!」
そう言って美時は走って闘技場を出て行った。
「ッチ...まぁいい。ならこの世界あ僕一人だけの物にしてやる。」
王坂か装置のキーボードを打ち始めるとディスプレイにはづらづらと何かの文字が表示されていた。
「...これが〈能力辞典〉で手に入れた全ての能力情報....
こんなにもたくさんの能力者を操ることが出来るのか。」
嬉しそうに表示されているものを流し読みしていく。
「体が動かせないんじゃどうしようも出来ない。」
「私の〈自由交換〉も機能してないわ....」
完全に能力も封じ込められ、体も動かせない俺らはただルイが好き勝手に人々を操るのをみていることしか出来ないのか。
(くそ....どうすればいい。)
何の対策も浮かばず悩む夢渡に香月はヒントを与えてくれた。
「相手は〈絶対王政〉。
夢渡なら何とか出来るはず。」
「え?」
思わず聞き返してしまったが、その言葉を当てに自分で考えはじめた。
(相手が〈絶対王政〉だから?
俺なら出来る?
そうか!)
夢渡はそっと手をポケットに突っ込んである物を掴んだ。
「おい!」
「なんだい?夢渡くん。
五大能力はもう役に立たないよ。君たちはもう終わりだ。」
「いや、終わるのはお前だ!」
「な、何で君は動けてるんだ!?」
夢渡は右手に野球ボールを掴んで振りかぶる体勢にはいっていた。
自分の能力が効いていないことに焦り、震えた声で〈絶対王政〉を唱える。
「こ、コマンド!...フォース、えーっと〈コピー・オブ・ソース〉ストップ!」
しかし、夢渡の動きが止まる様子はない。
「な...なんで!何で君は僕の言う通りに!」
「ふざけるなよ....人間はみんな自分自身の意思で必死に生きてるんだよ。
お前の言う通りに動くために生きてるんじゃねえよ。
だから、何でもかんでも1人の思う通り操られちゃたまったもんじゃねぇよ!!
それに....」
全身から燃え上がるような熱さに、振りかぶった腕にははまるで初めて能力を使って相手を倒した時のように炎がまとわりつき、その炎は持っているボールに込まれていくように一点に集中して集まっていく。
(そうか...思い出した。
なんで黄華が俺が野球をやっていることを....ピッチングが得意なことをしているのか....
昇に聞いたわけじゃない。俺と黄華は昔に知り合っていた。
そうだ。
黄華は俺を虐めていた女の子だ....そして今はそのことを申し訳なく思って償おうと、俺のために必死に戦ってくれた。
自分の能力を目覚めさせる程に...
俺は誰にも操られず、自分の意思でここまで手伝ってくれた彼女を尊重したい。
黄華だけじゃない、青野だってカンナを助けようと...
英くんや昇だってこの計画を阻止するために....)
「クソッ!何で...何で言うことを聞かない!!」
「俺はお前なんかに操られるほど野暮じゃねえよ....
それに、俺の能力は....」
☆
以前カンナにこう言われたことがあった。
自分の能力に名前を付けてあげて...と。
他の能力と違って、五大能力この世にひとつずつしか無いから、知る人も少なく、世間一般に名前をつけられていないわけだ。
だから自分で名前を考えなくてはならなかった。
昇のように中二病っぽくするのは恥ずかしい、かといって青野のように堅苦しい名前も引けていた。
俺の能力か..,
今一度自分の能力と向き直した。
自分の能力は触れた人の能力やその能力が生み出したものに触れただけで、自分がその能力を使えると言うものだ。
最近では触れただけで勝手にコピーされてしまうものが、自分で意識してその能力をコピーしないようにもできるようになった。
けど、何で自分が五大能力なのか、それになぜ能力をコピーする能力なのかが分からなかった。
自分がそんな資格を持てるような人間だとは思っていない。
じゃあ、何で。
「....能力はもともとその人が持っているものだけとは限らないわ。」
それもそうだ。
自分の周りには既にほぼ全員の五大能力者が揃っているのだ。
みんながみんな、初めからその能力を秘めていたなんてそんな偶然はあり得ない。
「...過去じゃなく、未来を予想して与えられたのかも。」
そうカンナに言われ、自分が期待されているということとして解釈して少し嬉しくなった。
「...それにゆめとはその能力で人を助けてあげた。
....私を何度も助けてくれた。
...ゆめとはその能力でもっと人を助けることができる。」
この能力で人を助けることができる....
他の五大能力よりも困っている人を助けることができるのか。
そうか、俺は能力は能力という人の能力をコピーするためにあるんだ。
☆
「夢映しだああああぁぁぁ!!」
夢渡の投げたボールは、以前の数十倍もの炎の渦をまとってその威力とともに、距離のある装置を破壊して、そのままボールは見えなくなるまで勢い良く壁を突き破って進んだ。
「な!装置がっ!」
「私のASC計画が....」
それぞれ目的を果たすために必要不可欠だった2人はその手段を破壊され、死んだような顔をして装置を眺めていた。
「ルイ!もう止めにしようぜ!みんなのかけた〈絶対王政〉を解除して。」
「いや...まだだ....」
「は?」
「なら.....僕は...」
王坂は力の抜けたからだをぶらりと立ち上がらせ、壊れた装置にもたれ掛かる月夜に近づいて行った。
「何を....。な!止めろ!!」
彼の右手には鋭利なナイフがあった。
だめだ。ここからでは何か物がないと〈発火能力〉ではルイのところまで届かない。
それに、俺がここから向こうへ駆け上がってもまにあわない。
(だめだ....目の前で人が殺されるのは....)
「し....死ねえぇぇ!!」
「!?」
舞台からただ立って見ていた夢渡の横を何かがすーっと抜け、ギャラリー席の階段をぴょんぴょんと駆け上がり月夜を殺しにかかったルイの前に立ちはだかった。
ルイのナイフはその立ちはだかった者の胸に見事に突き刺さった。
「か、香月!!」
ナイフを受け止めたのは香月だった。
刺された箇所は見事に急所で、そこからは赤く、濃い液体が飛び散った。
刺された本人は少しも痛そうな顔もせず、痛みに苦しむ様子を見せなかった。
香月の顔はまるで微笑んでいるようにみえた・・・
さよなら、香月....




