#5 作戦
挿絵と注意報
6月8日
「...やっぱりもういないよな.......」
<軽業>を使って障害物や人間の出せる速度を無視して戻ってきた夢渡は、先ほど王坂と会った場所に戻り電柱のボルトの上に立ち辺りを見渡し、落胆していた。
「その気になってくれたかい?」
真下からそんな声が聞こえ下を見る。
そこには黒いジャケットに着替えた王坂が少女と一緒にいる姿があった。
「うお!いつの間に居たの!?」
(服装を変えただけで雰囲気って結構変わるもんだな....)
「ねぇ...あんな弱そうなので大丈夫?」
王坂の腕に引っ付いている少女は相手に聞こえているのも気にせず呟いた。
「ははは、そうだね弱そうだね。」
王坂は迷いもせず否定はしてくれなかった。
(お前にも言われたくないんだが。)
「自分から誘っておいてそれはひどくないか?」
「ごめんごめん、冗談さ。美時も冗談で言ったのさ。」
(本心にしか聞こえなかったんだが....)
「それで君は協力してくれるってことでいいのかい?」
「お前らのことは信用してないし、許したわけじゃないからな。
カンナを助けるまでだからな。」
「ははは、まぁいいさ、僕らもこれがSSTとケリをつけて解散するつもりだからね。
とりあえず、僕らのアジトに招待するよ。」
王坂について行った先は潰れて数年経つ廃工場だった。
窓ガラスは全て割れ、壁や天井に所々穴が空いてしまっていていつ壊れてもおかしくない建物の中へ連れて行かれる。
「いかにもこういう集団のアジトっぽいな..」
「ここが<追跡妨害>に適してるからね。
僕も正直こんな汚いところにいるのは嫌なんだけどね。」
「やっぱりお前の性格には似合わないんじゃないか?」
「そうだね。」
王坂はそんな一言で済ませてしまう。
そして中に入れば疲れきった人たちが数十人そこらじゅうの座り込んでいた。
学校の制服を着た中高生からスーツをきたサラリーマンのような人までいろんな人が集まってこの集団が出来たようだ。
「本当はもっといるんだけどね、ほとんどSSTに連れていかれたのさ。
君には先に言っておくね、ここにいる人たちはみんな君とは違うからね。」
「それってどういう意味だ?」
「僕たちはね、みんなSSTの実験台だったんだよ。」
(実験台?....カンナのような?)
「ここにいる人はみんなSSTの能力の開発で実験台にさていた。
彼らの実験はあの事件が起きる前から進行していてね、目的は能力....
当時は超能力と言えるのかな。
それの可能性を見出す実験で僕たちは苦しい思いをさせられた上、結果が見られず彼らに捨てられたのさ。
僕も美時も含めてね。」
(そうか、マッドチームってのはただの不良の集まりじゃなくて、SSTの被害を受けた人たちの集まりなのか....)
「そして、そうさせたSSTに復讐するためにあつまったのがマッドチーム。
「それじゃあ、ここにいるみんなお前の<絶対王制>に操られているってわけじゃないのか?」
「ははは、何を言っているんだい。僕のこの能力は人の心まで操ることは出来ないさ。
まぁ、ほかの体を操る暗示系の能力より強力ではあるけど、それなりに条件もあるからね。」
それなりの条件とは何かを気になったが聞かないでおくことにしておいた。
「それより、改めて挨拶するよ。
僕は王坂ルイ。この子は乃咲美時。」
「よろしくね。」
美時は王坂にしがみつきながらそう言った。
(王坂の言っていることが本当ならカンナもSSTに連れて行かれた可能性も高くなったし、SSTの本当の正体も暴くには彼らと協力するしかない.....)
夢渡は王坂差し出した手を握って言った。
「白地夢渡、よろしく。王坂に乃咲ちゃん。」
「僕はルイでいいさ。」
「私も美時でいい。」
「分かった。」
「よし、それじゃあ簡単にマッドグループを紹介するよ。」
「ああ。」
ルイについて行った先の部屋には男2人と女性が1人が目を瞑って椅子に座っていた。
OLのような格好をした女性は机の上に置かれた白い紙に手をかざしていて、一人の若い男性は耳に手を当てて口を動かしていた。
最後の白髪混じりのおじさんは腕を組んでまるで寝ているようだった。
「この3人は今回の作戦を後ろから支援してくれている。
そこのレディーは<透過能力>でこのアジトをSSTから隠してくれていて、そこの青年は<以心伝心>で向こうで待機している仲間と交信してくれている。」
「ちょちょ、待機してるってまさかもう作戦を?」
「そうさ、これから5時間後SSTに総攻撃する。」
(5時間後!?)
「まだ時間があるからその間に作戦を教えてあげるから心配しなくて大丈夫さ。」
「あ、ああ。」
今では警察よりも頼られており、信用も高く規模のでかいSSTと本当に全面戦争になるとは思ってもおらず、さらにそれが5時間後に行われると聞いて心の準備ができていなかった。
「さて、そしてそこで寝ているのはおじさん。」
「いや、見れば分かるって。」
「誰が寝ているものか!!」
おじさんは目を開けて怒鳴りつけてきた。
「のは冗談で、<千里眼>で向こうの状況を見渡してくれている。」
「そうだったのか。」
「全く、最近の若者は....」
そう呟いておじさんはまた目を瞑って背もたれに体重を任せた。
「そして今向こうで待機しているほとんどが<念力使い>や<発火能力>と言った攻撃向けの能力者に加えて中の観察員として<透視能力>が数人いる。」
次々と出てくる能力の名前を理解するのに精一杯というわけでもなかった。
(さっきからここの人たちの能力って聞いたことあるものばっかだな.....)
そんな頭の中の疑問に答えるかのように王坂は話続けた。
「そう、君も昔から聞いたことのある名前の能力ばかりだろう?
これらの能力は能力が当たり前になるまで超能力としてよくしられていたものだ。
これもSSTの実験に付き合わされた影響でもあるのだと思う。」
(なるほど、それで聞き慣れたものばっかだったのか....聞き慣れたのはオカルト好きの姉ちゃんでもあるのか。)
「よし、それじゃあ作戦はさっき言った通り約5時間後にSSTにマッドチームで総攻撃をしかける。
きっと君のレディーもそこにいるだろうから混乱に興じて救い出したまえ。」
「ああ。」
「僕たちは彼らのボス.....あの人を倒してSSTを潰す。」
その言葉にとてつもない殺気をかんじた。
「君は作戦を始めるまでしばらく心の準備でもしたまえ。」
「わかった。」
部屋を出て近くの空いている椅子があったのでそこへ腰掛け携帯を開いた。
(もう午後の1時間....ってことは6時から作戦開始だな。)
「ん?」
この1時間もしない間に5件の着信履歴が入っていることに気がついた。
12:50 不明 080-.....
12:49 不明 080-.....
12:49 非通知
12:35 昇(自宅) 00-.....
12:34 昇(自宅)00-....
昇(自宅)と表示されたところにカーソルを合わせたが少し考えた結果、カーソルを上へずらし不明に合わせそこで発信を押した。
(昇に電話するぐらいなら....)
携帯を耳のあて、発信音が切れるのを待った。
『夢渡くん!』
突然の叫声に携帯を耳から離した。
「....黄華?どうして俺の番号を?」
『それよりどこにいるの!?』
「え...町外れの廃工場......ってだからなんで俺の番号を!?」
『分かった!プツッ。』
「だから、おい。」
『ツー....ツー....ツー....』
向こうは完全に通話を切ったようだ。
(俺の番号は昇から聞いたってことか...?
ってことはそれより前の電話の昇の自宅から来たのってそれか?
けど、何で黄華が俺の居場所を聞いたんだ?)
「どうかしたかい?」
悩む夢渡の様子をみて声をかける王坂。
「いや、大丈夫。」
「ならいいが....これ以上メンバーが減るのは厳しいから、どうしても君の力が必要になる。」
「ああ。」
☆
同時刻
「あの子の様子はどうかしら?」
「順調に洗脳できています。」
「ちゃんと裏の子にもかかってるわよねぇ?」
「心配ありません、しっかりと行っています。明日には間に合うと思います。」
(そう、あと少し....もう少しで私の願いが叶う....)
「もう一つの方は大丈夫かしら?」
「はい、そちらも大丈夫です、残り1時間ほどしたら実行に移ります。
警察も取り締まり課も彼らの名前を出せば簡単に動いてくれました。」
「あらまぁ、何も知らないから助かるわねぇ。」
「そして明日のメンバーも課長はすでに手を回しています。」
「あらそう。英作クンもやるわねぇ。
明日が楽しみだわぁ。うふふ。」
☆
同日3:20
作戦実行まで残り3時間を切った。
「夢渡くん、そろそろ僕たちもむこうへ向かうよ。」
「むこうって何処?」
「君も知っているはずだよ。」
「え?」
「君が普段通っているところ....水屯高校だよ。」
「いや、けどあそこってSSTが作業できるような施設はないし、学校内でSSTと会ったこともないぞ。」
「違う違う、校舎の方じゃないよ、地下だよ。」
「へ?」
「SSTと水屯高校は提携してることは知っているだろう?
提携を結んだのは能力が覚醒した後だと思われているけど、もともとは水屯高校自体SSTによって作られた学校なんだよ。
能力の証明ができてから表向きに提携することが出来ただけなんだ。」
「.....」
馬鹿な自分には今まで起きたことを理解することで精一杯のようだった。
「まぁ、水屯高校一帯がSSTの本拠地の敷地だと思えばいいさ。」
「ああ。」
「それじゃあ、向かうよ。」
そんな時だった、外から大きな爆発音とその振動が伝わってきた。
「な、何が起きた!?」
王坂は急いで後ろから支援している3人のいる部屋へむかった。
自分も心配になったので一緒に向かうことにした。
「リーダー。私の<透過能力>が破られました!!」
「B班の通信が途切れた!A班も繋がらないぞ!だめだ、向こうで待機していた全員と交信がとれない。」
「坊主、奴らの妨害で向こうの様子が見れん。」
3人は次々と王坂へ今の状況を伝えていく。
「おい、これって...」
「ああ、そうだ。SSTに見つかった....」
あれほど冷静だった王坂に焦りがみえた。
「坊主、この敷地内に5人....2km先から数十人と警察やSSTの奴らが向かってくる。
逃げるなら今しかないぞ。」
さっきから目を瞑っているおじさんはこの状況下で変わらない口調で言った。
「....行くぞ。」
「おい、ルイ!仲間をおいて行くのか?」
「....いいから。」
「おい!」
王坂を食い止めようとする夢渡の思いとは裏腹に後ろの3人が王坂に向かって言った。
「早く行け坊主。」
「リーダー、ここは任せてください。」
「くそ!しゃーねえ。リーダーはさっさと行ってくれ。」
この3人の覚悟は夢渡にも伝わった。
「.....美時」
「....」
「<瞬間移動>を頼む。」
「任せて!」
美時は王坂と夢渡の間に入り込んで、2人の手を握った。
「目を瞑って!!!それじゃあ行くよ!!」
そう言って少女は手を強く握った。
「....ん?」
目を瞑ったが握られた手の以外は特に変わったような気がしなかった。
「....なんだ....これ....」
目を開いた先は街の景色というわけでもなく、さっきみていた景色と変わりなかったが、何かがおかしかった。
周りを見れば建物に侵入した火は揺らぐことがなく、動いているはずの人たちはまるで石にでもなったようにカチコチに固まっていて動きそうになかった。
「時が....止まってる?」
「あれ、何で夢渡は動けるの?」
「あれ、美時ちゃんは動いてる...?」
「まぁいいや!とりあえず夢渡も運ぶの手伝って!!!」
「う、うん。」
自分は言われた通り動かない王坂を背負って運び始めた。
動いているはずの人たちを避けつつ外へむかった。
「流石に私だけで二人運ぶのは辛かったから助かった〜。」
(これが<瞬間移動>なのか?
...いや、とりあえず今はできる限り遠くに逃げることだ。)
逃げて行くうちに美時の顔は疲れたような顔をしていった。
「大丈夫か?」
「そろそろ....限界....」
「ここまでくれば大丈夫だろ。」
(まだ小学生くらいなのにここまで能力を使い続けられるなんてすごいことだ....)
夢渡と美時は目をしばらく瞑って開いた。
さっきまで動かなかった王坂は体のバランスを崩して地面に尻餅ついた。
「美時の<瞬間移動>に相変わらず慣れることできないな。」
立ち上がってお尻をはたく王坂そういった。
「なぁ、これからどうするんだよ。」
(これじゃあカンナを助けることもできない....)
「そうだな....」
パチパチ
後ろから誰かの拍手の音が聞こえた。
「逃げ切れておめでとう。」
聞いたことのある男性の声だった。
(この顔何処かで.....)
「黒塚!何でここに!!」
「そうだ、英くんだ。」
「気安くその名前で呼ぶな。
大丈夫だ、心配するな。
俺はお前らを捕らえに来たわけじゃない。」
「じゃあ何でここに...?」
「伝えることがあるからだ。
明日、7時に水屯高校裏までこい。
5人、5人以上連れてくるな。
それだけだ。」
そう言って走り去って行ってしまった。
「いきなり出てきてなんだよ。」
「向こうも決着をつける気のようだな。」
☆
6月9日
6:40
学校のそばで王坂、美時、夢渡の3人集合した。
「結局5人集めることが出来なかった....」
「仕方がないさ、マッドチームのメンバーは僕と美時以外全員捕まってしまったからね。」
「俺も頼れる友達がいないからさ....」
(昇には頼れないし....)
「あ!いたいた!夢渡くん!」
道の先から女の声とともに二つの影がこっちに走ってくるのが見えた。
「黄華?それに青野まで。」
「昨日探し回っても廃工場なんて見つからなかったし....」
(あの後戦争のようなことが起きてたのにか?)
「けど何でお前らがここに?」
「香恵ちゃんの嗅覚で夢渡くん居場所を見つけてもらったんだよ。」
「いやそうじゃなくて何で俺を?」
「カンナちゃんが誘拐されたんでしょ?」
「いや、そうだけど。」
「私は夢渡くんに昔のことで償いたいの。」
「昔?何のことか知らないし、青野だってカンナのこと嫌ってるのになんで?」
「私をどんな人間だと思ってるのよ!!嫌いだから助けちゃダメってわけじゃないでしょ!
それに、あの時傷つけた件もあるし.....」
「....まぁ青野ならともかく黄華には危険すぎじゃないか?」
「大丈夫だよ。」
「青野ならともかくってどういうことよ!!」
「あ、そうだ夢渡くんこれ。」
「ん?」
黄華が出した紙袋を受け取り中身を覗いた。
「ほら、夢渡くん得意でしょ?」
まるで幼女を誘拐しているような絵!




