表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ん!

作者: shift

 放課後。誰も居なくなった教室で、俺は昨日出された数学の宿題を今やっている。やっている。いや、やらされている。ん? やる羽目になった。違うな、やる事になった。やらなくては帰らしてくれない事となった。

 まあ、当然だ。宿題やってこなかったんだから。何でやってこなかったのかは覚えて無いが、何故かやってこなかった。

 でもまあ、あと一問解いてしまえば帰る事が出来る。

「さて、微分の次は積分ですか。相変わらずワンパターンだ、先生も少しはひねったらどうなんだ? 退屈だな。あーあ」

 俺が最後の積分の問題に取り掛かろうとした時、

「あ、あの……」

 今にも消え入りそうな、甘く切ない声が後ろから聞こえて来た。

「……」

 いつから居た?

 これは数式でいっぱいになっている俺の頭に、まず浮かんで来た疑問だ。この女の子はいつからそこに居たんだ?

 その子は少し緊張しているのか恥ずかしいのか前で手を組み、何か言いたそうな顔をしている。それから少しの間があり、彼女は俺の数学のノートが気になるのか見つめだした。

「ノート?」

 取り敢えず俺はこの単語を口に出してみた。

「と、鳥山君、数学得意だよね」

 彼女はなぜか俺の名前を知っている。確に俺は鳥山だ。キミは俺の事知っている様だが、俺はキミの事は知らない。

 こんな黒髪のショートカットが良く似合う女の子なんて知らない。隣のクラスにも居ないよな? どこかで会ったのか?

「……ねえ」

 名前くらい訊こうと思ったが、

「え!」

 その子は急に話し掛けられた事に驚いたらしく、誰も居ない教室に響き渡る程の声を出した。

「え?」

「え、ああ。ごめんなさい」

 今度は大きな声を出してしまった自分が恥ずかしくなったのか、顔を赤くして俺に頭を下げた。そんなに深く頭下げなくても良いのに。

「良いよ、別に。で、名前は?」

「原美咲です」

 原美咲。彼女はそう名乗った。やはり知らない。

「素敵な名前だね。何組?」

 俺の何でも無い軽い質問に、彼女は少し間を置きゆっくり言った。

「三つ目です」

 三つ目? 三組の事か?

「杉村と同じクラス?」

「杉村? ああ、うん。マミちゃんと同じ」

「じゃあ、俺の事あいつに聞いたの?」

「ノート見せて」

 いきなり話が飛んだ。さっきからこの子は、意味が解らない。

「適当に座りなよ」

 俺は立ったままの彼女に座るように勧めた。が、

「喜んで」

 また、訳の解らない返事をした。

「では、どうぞ」

 俺は数学のノートを彼女に見せたが、原美咲はまったく興味を示さず、何かをずっと考えている様に見える。次は何を言い出すんだ? てか、ノート見たかったんじゃないのか?

「ぞくぞくしますね。数学って」

 ぞくぞくって! この子は数学に興奮を覚えるらしい。

「定理とか法則には、確かにぞくぞくするかな?」

 一応同意しておいた。

「何だ、同じじゃん」

 彼女は笑顔でそう言ったが、次の瞬間、

「ん!」

 叫んだ。

 廊下まで響き渡るんじゃないかと思う程の声で、叫んだ。

「ん? え、どうしたの?」

 突然目の前で「ん!」なんて叫ぶ女の子に始めて遭遇した。貴重な体験だよな、きっと。

「の、ノート」

 深呼吸をするかの如く彼女は「ノート」と深く言った。ノートって言うと落ち着く体質なのか? また変な事しだしたぞ。

 彼女は落ち着いた様だが、俺は何が何だか。まったく落ち着けない。

「と、と、とり、取り敢えず。取り敢えず数学好きだよね、鳥山君」

 また、原美咲はそう言った。だったら何だ! 俺が心の中でツッコミを入れたか否かの時、今度は、

「ん? ん!」

 一度疑問の「ん」を挟んでの「ん」を発した。その顔からは到底想像し得ない「ん」を発した。

 何なんだ、この子は? 俺の事知ってる様だし、数学ばっかり言うし、突然「ん」とか叫ぶし、ノートで落ち着くし。一体、何目的で俺に近付いたんだ?

 俺が頭の中で事態を整理していた時、

「あーあ、負けちゃった。ゴメンね、ミキちゃん」

 彼女はそう言いながら、廊下に居る女の子集団に向かって手を合わせていた。五人いる。一人は隣のクラスのマミちゃん、他は知らない。

 お前ら、いつから居たんだ! このツッコミと同時に俺の頭の中で、負けたってなんだ? この疑問も生じた。

「じゃあ、今度はサユリの番だからね」

 ミキちゃんと呼ばれた女の子が言った。

「美咲みたいにはいかないよ」

 今度はサユリと呼ばれていた女の子が言った。

「やるわね」

 マミちゃんが放ったこの言葉で俺は思い出した。そうだ、だから宿題やってこなかったんだ。結構、練習したからな。

 俺って、無意識的にやってたんだ。

 マミちゃんに挑まれた、しりとり対決。今日だったのか……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  オチを見て、あらためて最初から読み直しました。  なるほどそういうことかと。だから会話がちぐはぐなのもうなずけます。  無意識にしりとりをしてしまうほど、練習をしてそのために宿題をやって来…
[一言] オチが素晴らしいです。読み直すと違和感が消えていく感触が素晴らしいです! ただ、もう少し丁寧に書いて頂きたかった。
[一言]  なんだなんだ一体なに? と疑問を浮かべてるうちに物語に入り込んでしまったようです。  意外なオチに、ああっそういうことかぁ! と主人公みたいに驚いてしまいました。なんだかわくわくしました。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ