ネームと担当
(……え~と? あいつは確か、大畑直人だっけ?)
開いた扉の前でそんな事を考えながらふと、大畑の方を見ると大畑の方もこちらを見ていた。
(やべっ! いや、やばくはないか。てか、どうしたら……?)
考えても良い方法は浮かばなかったので、俺は目をそらすと急いで自分の席へ向かった。幸いにも俺と大畑の席は遠い。
大畑直人、成績優秀でテストならいつも5番以内(だと思う)。先生からの評判も良いため、まさに世渡り上手と言ったところだろう。しかし、あまり派手な人物ではないので目立ってはいない。
(大畑っていつもこの時間帯に来てんのか?)
1つの疑問が浮かぶが聞く気など全くない。聞く気があったとしてもこの空気ではたぶん無理だろう。
―3分後―
「……あのさ!」
しばらく続いた沈黙を破ったのは大畑の方だった。
「なんだよ……?」
いかにも素っ気なく返答するが、心の中ではなぜか緊張していた。
「お前、マンガ好きだろ」
あまりにも衝撃的な言葉で思わず気を失いそうになる。
「……そんな固まらなくてもいいだろ? 別に悪い事じゃないわけだし」
俺は何も言い返せない。下を向いているだけで精一杯だった。下を向きながら俺は必死に考えた。なぜ、こいつに俺がマンガ好きなのがバレているのかを……。
「なぜ? って顔だな」
さすがは秀才、俺の異変にすぐに気が付く。
「なんで知ってる?」
俺は決心して顔をあげるとストレートに疑問をぶつけた。大畑は少し戸惑った様子だったが一呼吸おいてから語り始めた。
「……ずっとコンビニで見てた。最初は『ジャ○プ』を長い時間読んでるだけかと思ってた。だけど途中で気が付いた。あれは眺めてるだけだってな。眺めるだけなんてよっぽどマンガが好きかただのバカのどっちかだ。だから、お前に聞いてみた」
さすがは秀才、推理力が並大抵ではない。
「――で、俺がマンガ好きならどうなわけ?」
どうせ返ってくる答えは条件だとか脅しだろうと心の中で考えながら答えを待つ。
「お前さ……マンガ家にならないか!?」
「はぁ!?」
意外な答えすぎて思わず大きな声が出る。
「そんなの無理に決まってる! 大体、お前は俺の画力を知ってんのか?」
「知ってる。中1の時にお前のノート見たらマンガが描いてあったから全部読んだ」
なんなんだこいつは。……ありえない。
「確かにあの絵じゃ、マンガ家なんて無理だろうな」
大畑はそういうとハハッと笑う。分かっていても下手だと言われると無性に怒りがこみ上げてくる。
しばらく笑った後、大畑は「でも」と発した。
「――話はおもしろい」
なにが言いたいのかサッパリ分からない。
「なにが言いたい……?」
とりあえず思った通りに伝える。
「マンガ好きのお前なら『ネーム』って言葉くらい知ってるよな?」
それくらいは常識だ。ネームと言うのはマンガを描く上での下書きの様なものでマンガの基礎となる。
「黙ってるって事は知ってるよな?」
大畑がニヤついている。正直、気持ち悪い。
「大体、お前の言いたいことが分かった」
「分かってくれたか!?」
「あぁ。絵がダメならネーム、つまり話で勝負しようって事だろ? おもしろいじゃないか」
「だろ?」と言って大畑がまたニヤける。
「だが、一つだけ条件がある」
「条件?」
大畑が聞いたのを合図に俺は人さし指を大畑の顔の前で立て、
「やるからには途中で投げ出さないこと! 誓えるか!?」
そう言って俺はニヤリと笑う。俺の言葉を聞いて大畑もニヤける。
「当たり前だろ!」
――ここに、コンビが誕生した。
「で、どっちがどんな担当するんだ?」
俺が机を向い合せにしながら尋ねる。
「担当って?」
大畑が当然のように尋ねてくる。
「いや、どっちがアイデアとか話作りとか……」
椅子に座って答える。その瞬間、大畑が「は?」と言った感じになって、
「俺は、考えねぇよ。俺はお前の担当編集者になるわけだし」
「はぁ!? お前それ、マジで言ってんの!?」
思わず声が荒くなる。でも、当然だ。担当編集者になるなんて聞いたことがない。
「そりゃそうだろ。ネームに2人もいらないだろ?」
大畑の方も当然のように返答してくる。
「まぁ、そうだけど……」
「じゃあ決まりな! そのかわり、絶対にいいアドバイスをするからさ! お前は出来たアイデアとかネームを見せてくれればいい。もしよかったら俺も一緒に話を考えたりするよ!」
まぁ、大畑の言うことにも一理ある。確かに、大畑のアドバイスは的確そうだなと一瞬思う。
「……分かった。それでいいよ」
「そりゃ、どうも」
こうして、俺は大畑(担当)とコンビを組むことになったのだった。