憂鬱と男子
――俺はマンガ家になりたかった。しかしなれなかった。なれなかったというよりは諦めざるをえなかったという方が正確だろう。
マンガかを目指すうえで大事になるのが『画力』である。画力が無ければ、いくらよいアイデアや話が出来たとしてもすべてムダになってしまう。マンガ家を目指す者として画力があるというのは大前提なのである。しかし、俺にはその画力というものがなかった。自分で言うのもなんだが、話には自信がある。だが、その話を最大限にいかせるような画力は俺の中には存在しなかった。
その場合、2人で書くという方法がある。1人が話を考えて、もう一人が絵を担当するといった感じだ。だが、残念なことに俺の通う中学には絵が上手い奴はいても、マンガの絵が描けるような奴は存在しておらず、結局どれだけ探しても相方を見つけることは出来なかった。
そういった経緯で俺は、マンガ家という夢を諦めたわけである。その時たしかに俺――本城透は思った。
夢は持つだけムダなのだと……。
<ネームと担当>
「……あぁ、まただ」
気がつくと俺はコンビニでマンガを立ち読みしていた。読んでいるというよりは眺めているだけ。
俺はよく、夜食を買いにコンビニに立ち寄る。中学3年となった今、受験勉強をする必要があるため徹夜用に夜食をストックしておく必要があるのだ。
「……あのぉ、そのマンガ、買ってもらってもいいですか?」
女性店員が少しキレ気味に俺に告げてくる。もう、かれこれ1時間近くもマンガを眺めているためそう言われても仕方がないだろう。
「すいません」
急いで手元のマンガを棚に戻す。その行動を見届けて女性店員はレジに戻って行った。
「……何やってんだろ、俺」
そう呟いて棚に戻したマンガに目を向ける。
俺は中学に入った時、マンガ家を本気で目指していた。下手だった絵もどうにかなると思っていた。だが、現実はそう甘くはなかった。絵が上手くなることはなく、むしろ自分の下手さをよく理解したほどだ。徐々に進路についても考えなければならなくなりマンガ家への道がどれだけ大変なのかハッキリした。
そして、中学2年の春、俺はマンガ家という夢を諦めた。
「夜食買って帰るか……」
俺はそれからガムとおにぎりとコーラを買って店を出た。
「もう、こんな時間かぁ」
ケータイの画面を見ながら呟く。画面に映る時計は7時30分を表示している。俺は急いで自転車に乗り、ペダルに一気に力を込めて自宅へ直行した。
―自宅にて―
「――こんな時間までなにしてたの!?」
母である晴美の怒声が居間中に響く。まぁ、コンビニに行くと言って1時間近くも帰ってこなければ怒られても仕方がない。
「商品を選ぶのに手間取ったんだ……」
もちろん、ウソである。
「透も受験生なんだからもうちょっと、しっかりしてちょうだい」
母がため息まじりに告げる。悲しい顔をされると、どう言っていいのか分からなくなる。
「分かってる……」
それだけ言い残して俺は逃げるように自分の部屋へとつづく階段を駆け上がった。
部屋に入るなり、俺は勢いよくベッドに飛び込み、しばらくじっとしてから天井を見つめた。
「……しっかりなんてできるわけないだろ……!」
勉強しようとするといつも頭の中にマンガの事が浮かんでくる。今でも机の横の棚には少しだけだがマンガが並べられている。そのマンガを見る度に俺の心は締め付けられた。
「よし! 明日、帰ったらマンガに関係するものを全部捨てよう……!」
そう、決意して俺は受験勉強に取り掛かった。ちなみに教科は……数学!
10月19日、朝6時30分、俺はいつものようにケータイのアラームの音で目を覚ました。家では家を出る1時間前には起きるというルールのようなものがある。特に罰があるわけではないが、昔からやっているので今では当然のようにしている。
「今日は水曜日だから……これにしよう」
よく分からない自分ルールで制服の下に着るT-シャツを決めるちなみに今日の色は水色である。
「とおる~、朝食出来てるわよ~」
一階から母の声が聞こえてくる。俺は急いで部屋を出て階段を駆け降りた。
今日の朝食は目玉焼き。適当なのがよく分かる。おかげで早く朝食が終了した。
「どうしようか…………?」
とても迷う。普段はもう少し朝食を食べ終わるのが遅いのでこういう時はどうするべきか分からない。俺は椅子に座ったまま考える。
「学校に行って勉強でもしたらどう?」
台所で家事をしている母が突然、提案してきた。意外にもその提案が良かったので俺は少し早めに学校に行くことにした。
7時10分。俺はいつもより20分も早く家を出た。10月の朝ということもあり肌寒いのが印象的だ。
「……寒いな、やっぱ」
1人でポツリと呟きながら歩く速度を少し上げた。
俺の通う都立第三中学では学校から半径2㎞圏内の人以外のみが自転車通学を認められている。そのため俺は3年間ずっと歩き通学なのだ。
(あと少しだ……!)
心の中で呟きながら俺はさらに歩く速度をあげたのだった。
結局、俺が学校に着いたのは7時25分だった。いつも来る時間帯ならもっとたくさんの人がいるはずの昇降口も今日はやけに静かである。
「朝ってこんな感じなんだ……」
意外な事実に驚きながらも俺はスリッパに履き替えて自分の教室のある3階へと続く階段を上る。カツッ、カツッという音が妙に響いた。
(やっぱりこの時間帯だと生徒がいないんだな)
そんな事を思いながら階段を上り切り、教室の扉を開けると――
教室内で1人だけポツリと座っている男子生徒がいた。