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訪問

縦書きお読みください。

「いらっしゃい」

「お邪魔するよ」

 日曜の昼下がり、奈子は針音の家を訪問した。

「初めて来たけど結構いい家だね」

「そうかしら」 

 針音の家は木造の二階建て。奈子は木造が醸す和のテイストに『いい』と心揺さぶられたのである。

「でも危ない家だね」

「どういうことよ」

 奈子は床を踏みながら、

「ほら、ギコギコ軋んでる。これじゃ落ちちゃうかも」

「平気よ。竣工からそんな経ってないし」

「そだね。針音が日頃生活してて大丈夫なんだし私なら絶対大丈夫だ」

 例のごとく奈子は針音の体重にかこつけ攻撃したが、

「……そうね。平均的体格の私が平気なんだからちんちくりんのアンタは絶対大丈夫ね」

 予期せぬ反撃を喰らってしまった。

 針音はこれ見よがしに『ドンドン』と床を踏みつけながら奥に進んでしまう。

 奈子はそんな針音の背中に向けて、

「ちんちくりんじゃなくて幼児体型だよ私は」

 と唇を尖らせた。

 

 奈子はリビングに通され、花柄の座布団に座を占めた。

 木質のテーブルに肘をつきながら辺りを見回すと、右側には腰丈ほどの本棚があり、その上にはテレビが据え付けられていた。

「ブラウン管だね」

「そうね」

「地デジは見れるの?」

「チューナーがあるから」

 今度は左側に目をやった。そこにはきっと幼い頃の針音だろう、両親との写真が飾られている。

「そういえば針音、日曜だというのに親はいないわけ?」

「私一人暮らしだし」

 リビングとキッチンは襖なく隣接しており、奈子の位置からも針音を確認できた。

 針音は戸棚から茶菓子をおろしている。

「そりゃ初耳だよ」

「言ってなかったか」

「うん」

 針音は奈子用のコップを洗い始める。

「どうして一人なの?」

「まあいろいろとな」

 水音のせいか、針音の声は聞き取りにくい。

「ふーん」

 針音のスポンジ捌きは一層熱を帯び出す。

「で、いろいろって?」

 針音は水を止める。

 蛇口からは止まり切らなかった水滴がポタリ、ポタリと落ち、まだ水気を帯びたシンクに染み入る。

 そして――

「……ふっ、あははははっ」

 針音は唐突に笑いだした。

「何よいったい!」

「いや普通『いろいろ』って言われたらそれ以上立ち入らないだろ」

 針音はなおも愉快そうに笑っている。

 針音は奈子のこういう飾らない性格を好んでいた。

「ただの単身赴任よ。母さんもそれにくっついて行ってるだけ」

「じゃあもったいぶらないで最初からそう言ってよ!」

 奈子は声を張って主張する。奈子も少しは気が咎めていたのだ。

「もう!」

 奈子は冷蔵庫に駆け寄り、勢いよくドアを開放する。

「ちょっとアンタ勝手に!」

「食材が少ない……」

 なるほど――

 針音はこの行動の意味を悟り、

「残念だったな。そんなに食べてばっかいないわよ」

 したり顔を向ける。

 すると奈子は手を打って、

「いや、買ってもすぐに全部食べちゃうんだ!」

 ビシッと人差し指を突き付けた。

 

「そういえば」

 言って、奈子はカバンを開けて数枚の紙を取り出した。

「なによそれ」

「自作小説」

 針音はそれを受け取り、一行目に目を落とす。

「針太郎……」

「うん。桃太郎をアレンジしてみた」

 針音は訝しそうに奈子を見つめ、

「破っていいか」

「それは困るよ」

「絶対変な話だろ」

「作者の人格と作品の出来は別だよ」

「違う。私は『針』という字に危機感を覚えている」

 針音はパンツ商売の件でほとほと懲りていた。

「いいからいいから。むかしむかし、あるところに」

「朗読するな!」

「なら分かるよね……?」

 これは紛れもない恫喝だった。

「……分かったわよ」

 針音は苦々しい顔で『針太郎』を読み始めた。


 むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんがいました。

 お爺さんが山から帰ってくると、お婆さんはうずくまって苦しそうにしていました。

「お婆さん! 大丈夫か!」

「お腹が……」

 見ると、お婆さんのお腹はまるで大きな桃が入っているかのように膨らんでいました。

 お爺さんは気が気ではありません。長年連れ添った最愛の妻が苦悶の表情を浮かべているのです。

 お爺さんはお婆さんを布団に寝かせ思案しました。

『この膨らみがいけないんだ!』

 そう考えたお爺さんはお婆さんのお腹を真っ二つに切りました。

 すると、

「オギャーオギャー」

 赤ん坊が出てきました。

 お爺さんは不思議に思いました。

 それもそのはずです。真っ二つに切断したのだから生きていられるわけがないのです。

 当然、真っ二つに切られたお婆さんは息を引き取りました。その頬には一筋の涙が流れていました。


「鬱になるわよ」

 針音は沈痛な表情を浮かべている。

「いいから続き続き」

 針音は嫌々ながら再び読み始めた。


 お爺さんは一生懸命に育てましたが、赤ん坊は正しく成長しませんでした。

 小学生の時です。クラス中の子の上履きに針を仕掛けたのです。

 痛がるみんなの顔を見て、

「ハーリハリハリハリ」

 と哄笑しました。

 その日から『針太郎』と呼ばれるようになりました。


「こっからきたか……」

 針音は悲しそうに呟いた。


 針太郎もすっかり大きくなり、十六歳になりました。

「爺ちゃん」

「なんじゃ針太郎」

「私、この家を出るわ」

 針太郎は女でした。

 平均的身長に、短めに髪を揃えていました。


「まんま私じゃない!」

「いや、針太郎と針音は違う。針太郎は架空の人物だよ? 現実と虚構をごっちゃにしないで」

 針音は手を震わせながら続きを読み始めた。


「なぜじゃ!」

「ここじゃ満足できないの」

「ここに居れば三度の飯にもありつけるのじゃぞ!」

「そんなもの」

 針太郎は遠い目をして言いました。

「私はそんなちんけなものに興味はないわ」

「じゃあ何が望みで……」

 針太郎はツンとした声色で、

「私は一日五食食べたいのよ」

 そう言って、針太郎はお爺さんに背を向けました。


「これでも私じゃないのか!」

 針音は小説を奈子に突き付けながら叫ぶ。

「これはフィクション。嘘の話でそんなに怒るなんてびっくりだよ」

「普通怒るだろ!」

「怒らない! 現実と小説は違う!」

「でもこれ絶対に私じゃないの!」

「針音大丈夫? そのまま成長したら危ない大人になっちゃうよ?」

「いやこれは明らかに……」

 針音はブツブツ文句を言いながら次のページを捲ると、

「ん? 続きは?」

 印字一つない真っ白が広がっていた。

「もうない。おしまいだよ」

「ふぅ」

 その言葉を聞いて針音は安堵した。

「中途半端だな。飽きたのか?」

「それもあるけど……」

 奈子は小説をカバンにしまいながら、

「これ以上書くと針音に殺されると思って」

「怒っていいんじゃないの!」

 針音は顔を真っ赤にして怒鳴った。


まだまだ続きます。

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