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価値

縦書きでお読みください。

『≪≫』がうまく表記されませんが。


 


 

 昼休み、奈子はいつものように針音と、弁当を食べていた。

「ねぇ針音」

「ん」

「前から思ってたんだけど、毎日水筒持ってきてるよね」

「そうね」

 言って、針音は銀色のずんぐりとした水筒を机に置いてみせる。

「自販機で済ませる人も多い中、ホント偉いと思うよ」

「なによ気持ち悪い」

「いやさ、そういった健気で古風なところに惹かれる男子も多いんじゃないかなって」

「ふーん」

 と、針音は水筒を手に取りぼんやりと見つめる。

「けどそのむっくりと横に大きい水筒、まるで針音の将来みたい」

「どういう意味だ!」

 針音は両手で机を『バンッ』と叩いた。


「それにしても針音、これけっこう傷んでるね」

 奈子は針音の水筒を持ち上げ、上から下から横から観察する。

 側面には数か所へこみがあり、底面の塗装は剥げてささくれている。

「まあ小学生の時から使ってるから」

「何でこんなボロボロなのにまだ使うの?」

「買い替えてもいいんだけどそれ限定品なのよ」

「へぇー」

 ………………。

「限定品って高価な感じするけど、ホントに価値なんかあるのかな? これだってただの水筒じゃん」

「そう言われると困るけど、数が限られた品ってやっぱり心躍るじゃない。希少価値というか」

「うーむ……私は希少そのものに価値は感じないけどな。優れた機能とかがなかったら買わない」

「別にいいじゃない! 当時の私は『可愛い』と思って買ったんだから!」

「この太った水筒を……?」

「ふんっ! 今でもそう思ってるわよ」 

 奈子はジトっとした視線を針音に向ける。

「針音やっぱり少し食べるの控えたほうが」

「私の食欲と嗜好には何の関係もない!」

 針音は『バンッ』と机を叩いて立ち上がった。


「でもさ、価値ある物の所にお金が集まるなら、一体何に価値がくっついてるのか考えてみたくなるよね」

「確かにそれが分かれば商売繁盛するものね」

 奈子の言葉に針音が応じる。

「で、思いついたんだけど、パンツ商売ってどうかな?」

「……それろくでもないことだろ!」

「まあまあ聞くだけ聞いてみてよ」

 と、奈子はプレゼン前かのように『コホン』と小さく咳払いし、

「針音ちゃんはお年玉で一万円もらいました。そしてこれを元手に一枚五百円のパンツを二十枚買いました」

「それ物語風じゃないとダメか!? あと私の名前を勝手に使うな!」

「まあまあ。あくまで架空のお話だよ」

 奈子は続ける。

「三ヵ月後、全てを着古した針音ちゃんはこう思いました。『これ何かに使えないかな?』」

「思わねぇよ!」

 どうどうと針音を諌めつつ奈子はさらに続ける。

「『そうだ! 思わぬものに価値は出るって言うし売ってみよう!』。針音ちゃんは嬉々としてネットオークションに出品しました」

 針音は厳めしくも沈痛な表情を浮かべる。

「『うーん……なかなかいい値がつかないな』。そこで針音ちゃんはサイトに顔写真を貼り付けてみました。写真の横隅には≪この人が丹精込めて作りました≫と添えられています。『野菜でも、生産者の顔が分かると安心して購入できるものね』」

「いよいよ『針音』って名前が嫌になってきたわね……」

 針音は複雑そうな顔で呟いた。

「するとどういうことでしょう。一気に値段が跳ね上がるではありませんか」

「…………」

「こうして、針音ちゃんは元手を遥かに凌ぐ大金を手に入れました。おしまい。……ん? どうした?」

 針音は突っ伏してか細く、

「アンタは私が嫌いなのか」

「ううん。こんな私の友達でいてくれて感謝してるよ」

「……そう」

 奈子から針音の表情は窺えないが、少し赤らんだ耳だけは見て取れた。


「株とかFXよりパンツ商売のほうが断然安心で簡単だと思うんだけど針音はどう思う?」

「そもそもパンツに価値なんかねぇだろ!」

「でも下着泥棒とかいるじゃん」

「そりゃそうだけど……」

 針音は、正しくも思える奈子の反論に押し黙った。

「というか、このクラスにも針音のパンツを欲しがる男子はいると思うよ」

「アホなこと言うな!」

「人間、裏では何してるか分かんないもんだよ」

「…………」

 針音は辺りに目をやってみた。そこにはいつもと同じ、弁当を食べていたりゲームをしていたり漫画を読んでいたりする男子たちがいた。

 しかしなぜか、その普段通りの光景にそこはかとない恐怖を覚える針音であった。


『キーンコーンカーンコーン』


「今日の昼休みは精神的に堪えたわ」

 針音は弁当箱をカバンに片付けながら言った。

 確かに終始奈子にいじられ続けた三十分間であった。

 一方、奈子は充実した時間を過ごせたとほくほく顔である。

 足をぷらぷら揺らしながら奈子は訊く。

「次なんだっけ?」

「数学よ」

「っなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 奈子は断末魔かのような声を張り上げ、

「数学の宿題やってない……」

「そう、それは残念だったわね」

 そしてフッと表情を綻ばせ、

「……保健室か」

 と、逃げ出した。

 その姿を見送った針音は、

「昼休み中にやっちゃえばよかったものを。昼休みの価値を見誤ったわね」

 どこか得意顔で呟いた。



 

 

まだまだ続きます。

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