常識
システムとして横書きオンリーだと思い込んでいたので、執筆時はそれをフォーマットとしましたが、なんか縦書きでもいけるっぽいですね。
常識的に考えて縦書きのほうがいいに決まっているので、そのように読んでください。
けど『!?』がうまく表記されない……。
奈子はいつものように友達の針音と教室でお昼を食べていた。
奈子は小柄に長髪、針音は平均的身長に短めのヘアースタイル。二人とも女子高生でクラスも一緒だ。
「ねえ、針音」
「ん」
「常識ってなんだろ?」
「……藪から棒ね」
針音は箸を咥えながら引き出しの中をガサゴソと捜索し、辞書を取り出す。
「えーと、常識。『普通、一般人が持ち、また、持っているべき知識』だってさ」
「ふーん」
奈子はパクリと卵焼きをほうばる。
「んっ!? お母さんまた砂糖いれたな! 卵焼きが甘いのって許せないんだよね」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「え? 卵焼きはもうないから……ウインナーをあげよう。タコさんだよ」
「別にアンタの弁当が欲しかったわけじゃないわよ!」
「ん? じゃあどうした?」
「常識! 柄にもなく何でそんなこと訊くのよ」
針音は、奈子の弁当箱にあるタコさんウインナーをひょいとつまみながら言った。
「いやね、針音が今私から取り上げたタコさんウインナーと深い関係があるん
「アンタがあげるって言うから!」
奈子は、声を荒げる針音をどうどうと諌める。
「でもほんと針音はよく食べるからなぁ。まあともかくさ、今朝のことなんだけど、お母さんに『どうしていつもウインナーをタコさんにするの?』って訊いてみたの」
そんなに食べてないわよ……、と針音は不機嫌そうな顔でぼやく。
確かに針音はよく物を食べる子であるが、決して太ってはいない。健康的な肉付きである。
「そしたら『ウインナーはタコさん、常識じゃない!』って。私ももういい歳だし流石に恥ずかしいんだけど」
「ふんっ、アンタみたいな幼児体型はタコさんがお似合いよ」
「むむっ」と言いながら、奈子は肉球がついてるんじゃないかと思わせるほどの華奢な手の平で、これまたか弱く小さな体をペタペタ触り、
「何度触ってもいい体だ」
ご満悦の体で鷹揚に構える。
奈子は己の幼児体型を武器と捉えているのだ。
「いやそんなちんちくりんは欠点だろ」
「バカバカ食べてブクブク太る誰かさんよりはいいよ」
「ちょっとお前その誰かさんって私のことか!?」
「さすがは学年五位。素晴らしい推理力だ」
「いいか! 私は言うほど食べて……
閑話休題。
「針音はどう思う? ウインナー=タコさんは常識?」
「辞書によると……」
「針音!」
珍しく奈子が声を張り上げる。
「すぐに辞書辞書って……。昼休みにまで辞書なんて見たくないよ」
「いや定義は押さえなきゃいけないだろ」
奈子はやれやれといった仕草で、
「もっとさ、己の経験とか感覚を駆使してチャレンジしていこうよ」
「経験と感覚でマーク模試を解く奴は言うことが違うな」
「経験的に数学の答えは『2』が多いよ」
針音とは対照的に奈子は勉強が苦手である。
「まあ、ウインナーはタコさんってのは常識ではない気がするな」
「だよねぇ。じゃあ、銭湯に髪をつけちゃいけないってのは?」
「そんなの初めて聞いたぞ。知らないけど、これも常識じゃないと思う」
「私もそう思うけど、小さい頃、家族で銭湯に行った時『髪の毛をお湯につけるな』って知らないおばさんに怒られた。自分はもっと汚い毛を湯につけてるのに」
「……そういうことを言うな」
針音は切々とツッこむ。
奈子は思ったことは素直に口にする、好意的な単語を用いれば、天真爛漫な女の子なのだ。
「人を裏切っちゃダメって常識だよね?」
「そうじゃない?」
奈子の問いかけに針音が応じる。
「でもさ、戦国時代では非常識なんじゃないかな。下剋上の時代とか言うし。本能寺とかさ」
「うーん……。もっと言うと人殺しすら常識だった時代かもね」
「そう考えると常識って時代によって全く違うんだねえ」
「場所によっても違うんじゃないかしら。日本じゃ車両は左側を走行するけどアメリカでは右側だし」
「ほう。そうやって突き詰めていくと『常識は人によって違う』っていう結果になっちゃたりして」
「人によって違うならそれはもはや常識じゃなくて価値観とかじゃないの? あくまでみんな同じ見解なのが常識なわけで」
「ふむ……」
奈子は気難しい顔をして腕を組む。
そしてひとしきり黙考した後、
「思うんだけど、常識って極僅かしかないんじゃ」
「そうかもね」
針音はフッと優しい笑みをこぼした。
『キーンコーンカーンコーン』
「愚にもつかない話してたら昼休みも終わっちゃったわね」
針音は弁当箱を片付けながら言った。
一方、奈子は体をぐったりと背もたれに預け、自身の長い髪を指先で弄びながら小さく漏らす。
「次なんだっけ?」
「数学よ」
「っなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
頭を抱えて奈子は叫ぶ。
「今日までに数学の課題出さなきゃ鬼の飯塚の説教喰らうんだった……」
飯塚とは数学の教師で、その説教、いや、折檻は一六世紀、イングランド女王、血のメアリのそれを凌ぐとさえ恐れられ、どの生徒も数学の課題だけは提出している。
「……そう、常識的に考えてご愁傷様ね」
針音は心底気の毒そうな表情を浮かべた。
すると奈子はわなわな震えながら、
「常識的に考えて保健室に退避しなきゃ」
そそくさ逃げ出した。
その姿を見送った針音は、
「課題忘れて授業サボるなんて常識がない奴だなぁ」
神妙な面持ちで呟いた。
まだまだ続きます。