【10/12~10/16限定公開】⑩高嶺の花が、オレと結婚してくれるそうです 1
佐々木の逮捕後も、念のため警護は継続された。
しかし、共犯者や別の襲撃計画はないと判断され、九月末をもって二十四時間警護は終了することになった。
そして迎えた、最後の日。
仕事を終えた陸翔は、いつものようにプールへ向かった。
虎之介も警護のために水着へ着替え、プールサイドまで付き添う。
陸翔の水着姿は、いつも目のやり場に困る。
ほどよく引き締まった胸板から、腰へとなだらかに絞られた身体の線。キャップとゴーグルで顔立ちが隠れても、凛とした立ち姿は自然と人目を惹く。
平日の夜だからか、今日もプールには中年の男女が数人いるだけだった。
陸翔はさっそく水に入り、泳ぎ始める。
長い手足で水をかき、軽やかに進んでいく。その美しいフォームから、虎之介は目を離せなかった。
プールサイドのチェアに腰掛け、泳ぐ姿を眺める。
(陸翔さんが泳ぐところを見られるのも、これが最後かもしれない)
虎之介は今夜、陸翔にプロポーズするつもりだった。
陸翔が自分をどう思っているのか、正直なところ、よく分からない。
(それでもオレは、陸翔さんのそばにいたい)
だから、その想いを伝えるのだ。
陸翔はいつもどおり三十分ほど泳ぐと、満足したのか、プールサイドへ戻ってきた。
虎之介が手を差し出すと、陸翔はためらいなく掴み、水から上がる。
「ありがと」
ゴーグルとキャップを外すと、濡れた金髪が額に張りついた。白い肌の上では、水滴が照明を受けてきらめいている。
「っ……!」
濡れた髪をかき上げる仕草も、水滴の残る唇も、しなやかな体も、何もかもが美しい。
見惚れていると、陸翔が片手を差し出した。
「トラさん。タオル」
「は、はいっ」
慌てて差し出すと、陸翔がクスッと笑った。
「トラさんも泳げばよかったのに」
「いえ……警護中ですから」
本当は、陸翔に見惚れていただけだ。
「真面目だよね、トラさんって」
陸翔はおかしそうに笑う。
今日で警護も彼氏役も終わると分かっているはずなのに、陸翔はいつもと変わらない。
それどころか、朝からずっと上機嫌だった。
更衣室へ向かいながら、陸翔が虎之介を見上げる。
「お腹すいたね。今日のご飯は?」
「海老のトマトクリームパスタにしましょうか」
「あ、俺の好きなやつだ」
陸翔が嬉しそうに頬を緩める。
「陸翔さん、今日はご機嫌ですね」
「え、そう?」
「はい」
「ああ……あとで話そうと思ってたんだけど、次のプロジェクトがいい感じに進んでてさ」
タオルで髪を拭きながら、陸翔が弾んだ声で話し始める。
「具体的な内容もまとまってきたし、兄さんからも許可をもらえそうなんだ」
「それは、よかったですね」
「うん」
陸翔が責任者として進めていた『西音寺ベイフロント再開発計画』は、今回の事件を受けて正式契約が延期されている。あれほど意欲を燃やしていたのだから、内心では落胆しているのではないかと心配していた。
けれど、新しいプロジェクトについて楽しそうに話す陸翔を見て、ホッとする。
「トラさんにも、あとで詳しく話してあげる」
「はい」
陸翔が聞かせてくれる話が何であれ、今夜、自分も胸に秘めてきた想いを伝える。
虎之介は、そう心に決めていた。
+ + +
マンションへ戻ると、虎之介は手早く夕食を作った。
海老のトマトクリームパスタを、陸翔は「やっぱりトラさんの料理は美味しいな」と喜んで食べてくれた。
食後は片付けを済ませ、順番に風呂へ入る。そして先に上がった虎之介が、いつものように陸翔の髪を乾かした。
それが終わると、陸翔は二人分のカモミールティーを淹れ、片方を虎之介に渡してくれた。
虎之介はクッションに座り、ベッドへ腰掛ける陸翔を見上げながら、マグカップに口をつける。
気分を落ち着かせてくれるハーブティーだというのに、虎之介の胸は緊張で高鳴っていた。
(これを飲み終えたら……陸翔さんにプロポーズする!)
帰宅してから、話を切り出すタイミングをうかがっていた。
しかし、断られたときのことを考えると、どうしても躊躇してしまい、今に至る。
陸翔はマグカップをヘッドボードの棚に置くと、虎之介を呼んだ。
「トラさん、ここ座って」
「はいっ」
虎之介もマグカップをローテーブルへ置き、立ち上がって陸翔の隣へ腰を下ろした。
九月末になっても、陸翔の部屋着は夏仕様のままだ。
襟ぐりの広いシャツから覗く鎖骨と、ショートパンツから伸びる白い太ももへ、どうしても視線が向いてしまう。
(相変わらずエロい……いやいや、見るな!)
無防備な姿に釘付けになりそうなのを、必死にこらえた。
ベッドの上には、数枚の資料とパンフレットが広げられている。家に仕事を持ち帰らない陸翔にしては珍しい。
「これ、仕事の資料ですか?」
「うん。さっき話したプロジェクトの」
陸翔は楽しそうに答えると、その中から一冊のパンフレットを手に取った。
「だいぶ話が進んだんだよ。まだ企画段階だけどね」
開いたページには、橋川グランドホテル東京のチャペルや披露宴会場の写真が並んでいる。
「うちは前から、同性カップル向けのウェディングプランがあるんだけど、利用してくれるのは女性同士のカップルが多くて、男性同士は少ないんだ」
「そうなんですね」
「うん。データを取ったけど、利用者の七割が女性カップル。男性同士だと、自分たちがどんな式を挙げるのか、具体的に想像できないみたいでね」
「それは、分かるような気がします」
「だろ?」
陸翔はパンフレットのページをめくりながら、少しだけ声を落とした。




