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♢♢♢紅のイケオジ集♢♢♢

蝶々幻想物語 番外編 ~誓い~

作者: 犀月靖緒

 長い冬の終わりを待って大陸にやってきた、ある春の日のこと。

 どこの国だろうか。穏やかな日差しの降り注ぐ屋外のカフェの一席で、その赤髪の剣士は旅の束の間、午後の紅茶を嗜んでいた。


 

 「やれやれ。『蝶々幻想物語』を出版して一段落かと思いきや、馬車馬のごとくなにかしら書かされるのが作家ってもんなのかねえ」

 

 赤髪の剣士は人目も気にせずにぶつぶつと呟くと、ノートとペンを取り出して、なにやら書きつけている。


 「とりあえず番外編の一本でも書いておくか。ええと、あいつと出会ったのは今から……二十七年前になるか?」

 

 そう言った男はダージリン紅茶の香り漂うカップを口元へ運び、懐かしそうに目を細めて、己の記憶の揺りかごを辿る。



 それは伝説の短剣遣いの剣士クラウズが十五歳、今は亡き大剣士クロスが八歳の頃のことだった――。





 ♢♢♢


 二十七年前。アクア帝国の帝都シャルルにある墓地に、穏やかな風の吹く初夏のこと。

 花を手にした十五歳のクラウズは、その花を墓石に手向けると、目を閉じて手を合わせ、くるりと踵を返して歩き出した。

 

 ――父さん。母さん。また来年、会いに来るよ――。



 アクア帝国の水の都シャルルで産まれ育ったクラウズは、十歳のとき、両親を魔物に殺された。

 それはシャルルからバタフライ王国へと旅行に出た彼ら夫婦を襲った、この時代としてはよくある悲劇のひとつだった。

 

 ――俺があの旅行に同行していれば、父さんも母さんも死なずにすんだかもしれない――。


 風邪気味の自分に家の留守を頼んで出かけた父と母の笑顔を思い出すたび、クラウズは自責の念に駆られた。


 ――この大陸に蔓延る魔物や魔族から、人々を守りたい――。

 かねてからそんな想いを募らせていた十歳の少年クラウズは、両親の死をきっかけに、それまで我流で愛用してきた短剣を腰に携え、旅に出た。



 

 己の赤髪を揺らす初夏の風を受けて歩くクラウズの背中から、父母の墓石が次第に遠ざかっていく。


 「父さんと母さんの死から、今年で五年か……」

 

 ぽつりと独りごちたクラウズはふと、両親が旅行で計画していた行先、バタフライ王国の王都マッシュルームを訪ねてみようと思い立った。


 これまでの魔物や魔族との戦闘で受けた、幾つかの傷が残る手で、腰の短剣を抜いて刃こぼれを確かめる。そして少年は自然と歩みを速めた。





 ♢♢♢


 

 バタフライ王国の関所を抜けて王都マッシュルームに入ったクラウズは、人気のない大通りを歩きながら、久しぶりに見る色々な店や家々を見回す。



 「マッシュルームに来るのも久しぶりだな。大国とはいえ、あいかわらず寂しいもんだ」


 そして書店の看板に目を止めると、その店に入って、きちんと並べられた本の様々なタイトルを眺めて歩いている、その時だった。


 十歳にも満たないだろう、なにかの本をじっと読みふける銀髪の少年の後ろ姿を認め、クラウズはずんずんと近づいて声をかけた。



 「こら、ぼうず。立ち読みは推奨できねえな」


 声をかけられた銀の髪の少年はビク、として顔を上げると、透明度の高い澄んだ青い瞳を、同じく少年といえる年齢のクラウズに向けてきた。


 銀の髪の少年の反応に満足げなクラウズは「なーんて、堅苦しいことは言うわけねえから安心しろ」と笑う。


 そしてまだ幼いその背中に背負われた大剣に視線を向けると、「ぼうず、剣士か?」と尋ねた。


 「ええと……僕……」

 

 銀髪の少年はまごついた様子で口を開くが、しかし次には「はい。剣士です」と、真面目そうな口ぶりで身長差のあるクラウズを見上げて応じた。


 「奇遇だな。俺も剣士なんだ」


 年上の少年クラウズも同意して肩を持ち上げる仕草をすると、腰に携えた短剣の柄に手を置いて、その先頭を人差し指でチョチョ……とつついてみせる。



 するとそんな二人をカウンターから見ていた店主が「お前さんたち。欲しい本があるならさっさと買ってくれないかね」と、声を張って購買を促す。


 「……だとさ。じゃあな。びっくりさせて悪かった」

 

 店主のほうをちらりと見たクラウズは、少年に戯れを詫びるとひらひらと手を振り、その書店を後にした。


 「……」


 大剣を背負った銀の髪の少年は、黙ってクラウズの背中と腰の短剣とを交互に見やりながら、しばらく、その場にとどまっていた。





 ♢♢♢



 ――一生懸命にエロ本でも読んでるのかと思いきや、ガキには難解な騎士道小説。あいつ、しょっぱなから、らしかったな――。



 今は亡き愛弟子との出会いを思い出したクラウズは、ふっと笑いながら、その足取りをサラサラとノートに書きつけていく。


 「ええと……当時の魔王の名はなんといったか。思い出せねえな」独りごちて、すでに冷めている紅茶を口に運ぶ。


 「とにかくクロスと別れた俺は、迷いの森を抜けて、いにしえの揺りかごの眠るエルフの森に入ったんだよな」


 ――久しぶりにエルフ族に挨拶でもしよう、たしかそう考えたのだった。


 

 少年クラウズは、歩きなれた聖なる森を、迷うことなく進んでいった。





 ♢♢♢


 東のエルフの森に入った十五歳のクラウズは、当時のエルフの王と王妃に挨拶をし、しばらくの滞在の許可を得た。

 

 「我らが森で、ゆっくりと過ごされるがいい」


 口角を上げて言ったエルフの王は、まだ年若いクラウズにも礼を尽くし、美しい緑の髪を揺らして頭を下げた。


 「ありがとうございます」


 クラウズも深く頭を下げて礼を述べる。そして初代魔王ザギウスの武器が眠ると伝えられる、いにしえの揺りかごへと続く道。黒く艶やかな小石がまばらに敷かれたその小道を、赤髪の剣士はゆっくりと歩いていく。


 ――ジャリ……。ジャリ……。



 そして現れた漆黒の棺を認めると、それを遠巻きに眺めながら、「この棺の封印術はエルフの民にも解けないらしいな」と呟く。


 するとクラウズの背後から、同じくジャリジャリと、小石を踏んで歩いてくる音が、静謐な森の中に響いてきた。


 振り返ったクラウズの正面に立っていたのは、先ほど、アクア帝国シャルルの書店で遭遇した、銀の髪の剣士の少年だった。


 「「あ」」


 二人の少年は声を揃えて、目をパチパチさせながら、互いを見つめる。


 すると短剣遣いのクラウズが先に、大剣を背負った少年に、口の端を上げて笑いかけた。


 「よう、ぼうず。また会ったな」





 ♢♢♢


その端正な顔立ちの少年は、初夏の風に銀の前髪を揺らして、赤髪の少年クラウズと対峙した。


 「さっきの、お兄さん」と、銀髪の少年は、戸惑ったような嬉しいような表情で呟く。


 クラウズは無意識に腰の短剣の柄に右手を置き、「こんな場所で何をしている?」と、やはり無意識に詰問調で尋ねた。


 「僕、バタフライ王の依頼で、この森に調査に来ているんです」


 「調査?」


 「はい。この森にある、いにしえの……」


 そこまで言って、少年クロスは、はっと口をつぐむ。



 クラウズはふむ、と得心して頷き、「正直なのはいいことだ、ぼうず」と、短剣の柄に置いた右手を、正面に立ったクロスに向けて差し出して笑った。


 「クラウズだ。魔物や魔族を討ちながら、この大陸を旅している」


 するとクロスはすぐにその手を握り、「クロスです。マッシュルーム城付きの剣士を目指して、修行中です」と応じる。


 「マッシュルーム城付きの剣士だと?」


 「はい。僕の父は、マッシュルーム城の王子様の家庭教師を務めてきました。だから僕も……」澄んだ瞳で、クロスは答える。



 「修行中の剣士か……」


 クラウズはクロスが背中に背負った大剣をまじまじと見つめて呟くと、なにかに気づいたのか、ふと上方に視線を向けた。



 「いま、森の外から、なにか聞こえなかったか?」


 「え?」


 「ほら……」


 「唸り声……?」


 クラウズとクロスは見つめ合い、そしてどちらともなく頷いた。


 「魔物の声だ!!」


 短剣の柄に手をかけたクラウズが駆け出し、そしてクロスもその後を追って駆け出した。





 ♢♢♢


 「こっちだ!」


 迷いの森を慣れた足取りで駆け抜けるクラウズに、大剣を背負ったクロスが息を切らして続く。


 不思議な鳥の鳴き声の響く森を抜け、二人の視界は一気に開ける。


 初夏の午後の日差しが照らす緑の平野に、人型の凶悪な魔物、オークが「グオォ……」と呻きながら獲物を探しているのが認められた。


 「オークだ!!」


 クラウズが声を張り、鞘から短剣を抜く。追いついたクロスも緊張した面持ちで背中の大剣を抜き、両手で中段正面に構えた。


 片手斧を両手にしたオークはクラウズとクロスの姿を認め、前方にいるクラウズ目がけて駆け出した。


 「ニンゲン、コロス……!!」


 オークは呻きながらクラウズに向かい、クラウズも短剣を順手にして腰を落とす。


 ――ブゥン!!


 オークが走りながら大きく振りかぶり、右手の巨大な斧を、眼前のクラウズ目がけて勢いよく振り下ろした。


 ――ザッ。


 クラウズは己の間合いに入ってきたオークの攻撃を、サイドステップをとって身軽にかわし、クルル……と短剣を回して逆手に握る。


 そして素早くオークの背後に回り込み、その分厚い緑色の背中に、思い切り短剣を突き立てた。


 「ギャアァ!!」


 オークが呻くとクラウズは素早く短剣を抜き、オークの鮮血が飛び散る中で「クロス!!」と叫ぶ。



 「はい!!」


 応じたクロスが大剣を左下段に構えながら走り出し、間合いを詰めたオークの正面から、左上段に切りかかった。



 ――ザシュウッ!!



 その刹那、オークも後方に身体を引いて、クロスの剣先をギリギリのところでかわす。


 

 そして左手に振り上げた斧をクロス目がけて、思い切り振り下ろした。



 「!!」



 ――よけられない――。



 クロスが咄嗟にきつく目を閉じる。





 その瞬間。





 ――ガキィィン!!





 オークとクロスの間に滑り込んだクラウズがの短剣が、振り下ろされたオークの片手斧を弾き飛ばし、オークの斧が旋回しながら宙に舞う。




 「クロス!! 簡単にあきらめるな!!」


 背後のクロスに叫んだクラウズはそのまま、眼前のオークの太い首筋に、順手の短剣で右上段に切り上げた。



 「ギャアアアァァァ……!!」



 再びオークの鮮血が飛び散り、クラウズはその短剣をクルル……と逆手に握り直す。



 そしてオークの、青い魔石の光る左胸目がけて、力の限り、突き立てた――。






 ♢♢♢





 「はぁ、はぁ……」


 息を整えるクラウズが、ポケットから出した布で、短剣の鮮血を拭き取ってから、それを鞘に納める。


 同じように呼吸を整えて大剣を収めたクロスはそれを見つめ、「師匠……」と切り出して、クラウズに歩み寄った。


 「師匠……?」


 なんのことだ、と、クラウズが切り返すのも待たず、クロスは「俺を弟子にしてください」と、深く頭を下げる。


 「ちょ、なんで俺が……」


 「俺、もっと強くなりたいんです。この大陸に蔓延る魔物や魔族から、家族や、王子様、街の人々を守りたいんです」


 「……」


 クロスのその志は、クラウズにもよくわかる心理であった。



 気づけばクラウズは「俺の修行は厳しいぞ」と、未だ頭を下げているクロスの銀のつむじに向けて言っていた。



 「弟子にしてくださるんですね!?」クロスが勢いよく顔を上げる。


 「ああ。それにしてもおまえ……案外、押しが強いのな」


 クラウズはやれやれといった面持ちで笑い、「俺も魔物に両親を殺された。強くなって大切な人を守りたいというおまえの気持ちは、よく分かるつもりだ」と、腰の短剣に手を置いて語る。



 「ご両親を……?」


 「ああ。五年前、俺が十歳のときだった。それ以来俺は、魔物や魔族を討ちながら旅を続けている」



 クラウズの過去を聞いたクロスはぎゅっと唇を引き結び、「俺、魔剣ドラゴニアークにかけて誓います。強くなるって」



 その言葉を聞いたクラウズも真剣な眼差しでクロスを見つめ、「ああ……強くなろうな」と応じる。


 緑の平野を初夏の風が吹き渡り、二人の少年はこうして誓いを交わした。



 剣士クロスはその後、命を落とすまでの十二年間を、バタフライ王国の王都マッシュルームに居を置いたクラウズの愛弟子として過ごすことになる――。








 クラウズはすっかり冷めてしまったダージリン紅茶を飲み干すと、「さあて」と、革の表紙のノートを閉じて、想い出も共に閉じた。


 そして腰を上げると会計を済ませ、そのカフェを後にする。

 

 「そろそろ、あいつらの墓参りに行くか」




 赤髪の作家兼剣士は独りごちると、春の日差しの中、大剣士クロスと魔女バラの眠る地へと歩き出したのだった。

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