期待は、程々に
手慰み、第数弾でございます。
お楽しみいただければ、幸いでございます。
この国は狂っていると、教えてくれた人がいる。
確かにそうだと、一介の魔法使いは納得する。
魔王を倒した勇者がいるこの国は、未だ横行する魔獣たちの襲撃に備え、彼の者の手で守護される立場にあるため、崇拝し敬意を払い、持ち上げるのが当然の話となっていたのだ。
国の最高位であるはずの王ですら、彼の希望を疑いなく叶え、最近では美しい王女を勇者と娶わせるつもりになっていると、まことしやかに囁かれていた。
それを聞いた民衆も当然と喜び、まだ噂程度のその話を歓迎している。
それに違和感を覚えた魔法使いだが、既に文句が言えない空気が、出来上がっていた。
明確な罰はないが、勇者を悪く言うものには、世間が容赦なく襲い掛かりかねない。
そんな国を憂い嫌った者たちは、次々と他国へと逃げて行く中で、魔法使いは故郷を捨てる覚悟が出来ずにいた。
悩んでいた彼の話を聞き肯定してくれたのは、酒場の一つで意気投合した男だ。
珍しくもこの国を気に入り、移住してきたその男は、冗談交じりに言った。
「その勇者、一度挫折を経験させた方が、よさそうだな」
「? どういうことだ?」
「話を聞いていると、どんどん高慢になってるじゃないか。まだ、可愛いわがままで済むうちに、何もできなくなることがあることを、自覚させた方がいい。何て、冗談だけどな」
馬鹿笑いする男に合わせて笑いながら、魔法使いは目の前が開けた気持ちになった。
確かに最近、勇者がこちらを見る目に、高慢さが見え隠れし始めている。
話しかけると、見下すような目で見返し、一介の人間の意見など、右から左に流す気配が、嫌でも感じられるようになっていた。
その目を見て、時々苛立ちと嫉妬を覚えたことも、明確に思い出す。
そうだな、と魔法使いは頷いた。
あれほど、覚悟が出来なかったのに、すとんと心が決まった。
この国を、捨てよう。
国の外れの村で生まれた勇者は、故郷の味の差し入れには目がない。
その中に、多量の薬草を練り込んだ。
無味無臭だが、量次第では消化不良を起こす薬草だ。
普段は健康を促進する薬草であるため、勇者の毒耐性能力は、推察通り機能しなかったようだ。
突如勇者が体調を崩し、国を守っていた結界が崩れた。
前触れの地響きを聞いた時、魔法使いは結界のすぐ目前にいた。
魔獣たちが国に入るのと入れ違いに、国の外に逃げて他国に亡命するためだ。
が、地響きの後、いくら待っても魔獣はやってこない。
そうこうしているうちに、兵士が魔法使いに気が付いた。
「いたぞっっ。あいつだっ」
「は?」
立ち尽くしている間に兵士に囲まれ、拘束された挙句、町の方に連れ戻されてしまつた。
そして、勇者の前に引き出された。
「……卑怯な手を、使ってくれたなあ?」
恨みがましい顔の勇者の隣に、その幼馴染の賢者がたたずんでいた。
それに気づき、魔法使いは舌打ちする。
魔獣襲来のどさくさで、勇者の不調の原因を探る余裕はないだろうと、そう思っていたというのに。
そんな男を見下ろし、賢者が真顔で言った。
「確かに、本当に魔獣が襲来していたら、こいつを治療する暇など、なかっただろう。着眼点は、良かったんだがな」
「っ」
「……申し開きは、なさそうだな。連れて行ってください」
一介の兵士にすら敬語で言った賢者に、魔法使いは思わず叫んだ。
「あんたは、いいのかよっっ」
「黙れっっ」
続ける前に口を塞がれ、喚く言葉は二人に届けられなくなった。
そんな魔法使いの姿を見送りながら、腹下しから回復した勇者が首を傾げる。
「お前は、良かったのか?」
「何がだ?」
目を瞬く勇者に、賢者は首を傾げて見せた。
賢者にだって、分からないこともあるのだ。
魔法使いの苛立ちと嫉妬は、痛いほどに分かったが。
前の人生でも、原因には心当たりがありながら放置してしまったが、今回はそれを流すわけにはいかなかった。
あの魔獣襲来が、本当に最悪な状況を産んでしまったから。
しかも、原因となった薬草を勇者に食わせた魔法使いは、逃げる途中で魔獣に襲われて死んでしまったため、軽はずみにも差し入れに口をつけた勇者が、その不満のはけ口となってしまった。
勇者一行だったのにもかかわらず、勇者の陰に隠れて能力の向上を怠った、賢者を含む仲間たちの怠慢も、一因であったのに。
魔獣襲来の時、勇者の張った結界は、完全に機能していなかった。
何故突然、結界が崩れたのかを考える余裕なく、勇者一行だった面々は、それぞれの役目を精一杯務めたが、殆どの民を守り切れなかった。
王城にまで襲来した魔獣は、満身創痍になりながらも怯まなかった騎士たちと、非力な賢者によって何とか駆逐できたが、その後は見るも無残な状態だった。
本当に満身創痍で、その上生涯残る大怪我を負った賢者は、その治療のためにその場には行き会わなかったが、体調が回復した勇者は、騎士たちに守られて無事だった王族たちの非難の目を向けた。
何も言えない勇者が、完全に闇落ちしたのは、その時の王女の言葉が原因だったのだろうと思う。
あの瞬間から、勇者は徐々に壊れていき、ついには国をも壊す存在にまで達した。
害のある魔獣は全て駆逐したうえで、王家を押さえつけて国を奪ってしまった。
唯一の味方だった、聖女と共に国を治め、役に立たなかった他の元勇者一行たちの元に、王家の身を押し付けて、表向きは平穏な世界が出来た。
勇者に止めを刺した王女は、賢者と婚姻する羽目になり、完全に隠遁生活のまま生涯を閉じたと思われる。
賢者自身も、そこまで長生きできなかったから、そう予想するしかないが、言葉すら発することが出来なかった、今わの際まで、若かった自分の愚かな惰性を、誰にともなくひたすら詫びていた。
と思ったら、幼い時分に巻き戻っていた。
既に勇者が、自分の力に自信を持ち始めた頃合いだ。
その頃からこの幼馴染は、他人の苦労までしょい込む、お人好しな性格だった。
他人が苦労していることを、簡単にやり遂げてしまうため、昔から味方も多いが、敵もそれ以上に多いタイプだ。
幼かった賢者は当時、そんな勇者に苛立ちつつも、早くも諦めていた。
努力型の自分が、着々と積み重ねようとする事に横合いから手を出して、さっさと解決してしまう勇者に、文句を言うのも疲れていたのだ。
だが、今回は諦めるわけにはいかない。
幸い、勇者も自分もまだ、幼い。
あちらは前の記憶を持っていないようだから、昔の記憶を辿って、勇者に手を出されないように、うまく立ちまわることが出来た。
力をひた隠しにしたまま魔王を倒し、国で歓待を受けてそのままとどまることになった数年後、あの魔獣襲来の時が来た。
賢者の力は魔法使い寄りで、だからこそ様々な知識も集まってくる。
勇者の張った結界を補強する力を作り出すのは、意外に簡単だった。
前の人生でもこれをやっていれば、あそこまでの惨事にはならなかっただろうなと、本当に悔やむことしかできない。
今回は、幸せになってくれればいいなと、勇者と共に王城に向かいながら思う。
賢者は若い王女を、村に残してきた妹と重ねていた。
勇者と王女の縁談が、話に持ち上がった時、幼馴染が落ち着くことの安堵と、妹が嫁に行くという昔味わった感情がぶり返すという、複雑怪奇な心境になったものだったが、今は素直に祝えそうだった。
元凶はどうなったか?
あれを元凶と呼ぶのもどうかと思うが、恐らくは極刑になるだろう。
何というか、話の中でも、現実世界でも、無自覚に他人の動きに手を出して、成功させる人がいますよね。
そんな人は、させるのに任せることにしています。
共同の仕事で、失敗で巻き込まれるものでない限り、害はないので。
匙加減は、難しいですねという話です。




