第37話 視聴者参加型の散歩は、思ったより“デート”だった件
土曜の昼前、しおりから急にメッセージが来た。
「晴、今日、散歩ロケの下見行ける?」
テンション低めの文面なのに、なんか“行きたい”って空気が滲んでる。俺は速攻でOKを返す。
駅前で合流したしおりは、大きめのフードをかぶってマスク。いつもよりちょっと地味めなのに、逆に妙に可愛い。俺を見るなり、ちょん、と靴先で軽く地面を蹴った。
「下見って言ってもさ、ほぼデートみたいになるけど、いい?」
そう言う声が、思ったより甘い。
「いいけど?」って返す俺。
しおりは小さく「…よかった」とつぶやいて歩き出す。
今日は視聴者参加型散歩企画のルート探し。
視聴者から寄せられた「おすすめの場所」を巡る予定だ。
でも、歩き始めて数分で悟った。
これ、完全にデートだ。
というか、しおりの距離感がいつもと違う。妙に近い。肩と肩が軽く触れたら、サッと離れるんじゃなくて、そのまま横歩きしてくる。
「ねえ、次ここ寄りたい」
しおりが指さしたのは、小さなパン屋。
リスみたいにちょこちょこ覗く姿が可愛い。
二人で店に入ると、店員さんが「焼き立て出たばかりですよ」と言ってトングを差し出してくれる。しおりは迷いなくクロワッサンを二つ掴んで、トレーに置いた。
「晴の分も。食べたいでしょ?」
「なんで分かるんだよ」
「顔に書いてある」
「マスクしてるけど?」
「…声の温度で分かる」
そう言って、しおりが少しだけ目を細める。
…まじで殺しにきてる。
店の外のベンチで座って二人でかじる。しおりがふわふわしたクロワッサンを少し崩して指先についた粉を払おうとした瞬間、風が吹いてフードが落ちた。
「うわっ」
慌てて隠すかと思いきや、しおりはゆっくり髪を直して、俺の方を見た。
「ここ、人少ないし大丈夫。…ちょっとくらい、晴になら見られてもいいし」
不意打ちすぎる。
普通に心臓が忙しい。
けど、何も返せないくらい見惚れてしまった。
しおりは照れたのか、パンをもぐもぐしながら目をそらす。
数分して、彼女がぽつりと口をひらく。
「ねえ晴。今日の散歩さ…ロケじゃなくてもよかったんだ」
「ん?」
「…ただ、晴と歩きたかっただけ」
「……」
「理由、いる?」
理由なんてあるわけない。
そう思った瞬間、彼女が俺の袖を軽くつまんで引っ張る。
「次、噴水行こ。視聴者が“夕方の光が綺麗です”って言ってたところ」
「今昼だけど?」
「…夕方になるまで一緒にいればいいじゃん」
「……なるほど?」
その顔が、いつもの塩っ気ゼロで、もう完全に甘い。
なんなら今日はずっと甘い。
そうやって歩きながら、しおりはときどき視聴者コメントのスクショを見せてくる。
「ここも行きたい」「これ食べたい」「この橋、夜が綺麗らしいよ」
全部、“一緒にしたい”ってニュアンスが入ってる。
途中、小川の前で立ち止まると、しおりがスマホを向けて俺を撮った。
「なに撮ってんの」
「今日の下見の記録」
「俺いらなくない?」
「……必要」
短い言葉なのに破壊力デカい。
しおり、今日どうした。
もはや“下見”の皮を被った告白テロ。
夕方になって、噴水広場に着く。
夕焼けが水面に反射して綺麗で、しおりは足を止め、ぽつりとつぶやく。
「ここ、番組で使うかは分かんないけど…私、晴とならどこ歩いても楽しい」
それを言い終わると、袖をまた引っ張ってきて、
小さな声で、だけどはっきりと――
「だから…離れないでね。仕事でも、プライベートでも」
胸がギュッと鳴った。
俺は返事をする代わりに、彼女の指をそっと握った。
その瞬間、しおりは目を丸くして、それからふわっと笑った。
夕暮れの光が、まるで二人にスポットライトを当てるみたいに優しい。
視聴者参加型企画?
まあ、実質デート回だった。
そして多分、視聴者はぜんぶ気づくだろう。
――その方が、もっと面白くなる。




