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塩対応完璧美少女VTuberは、俺の幼馴染――配信ではクール、現実はポンコツで俺だけが知っている  作者: 和三盆


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第33話 夜景と初デートのその先――唇の温度、言葉の先で

昼間のふんわりした時間から一転、夜の空気には甘さと切なさが混ざっていた。

しおりと過ごした「普通の」デートの余韻がまだ胸に残る。だけど、僕らの関係は「幼馴染」から少しずつ移ろっている。日常の端っこで触れ合った仕草や交わした言葉が、夜の静けさに溶けて、僕の心を静かに震わせる。


その日の夜、しおりは配信を早めに切り上げた。画面越しに「今日はちょっと私用で」と言って、窓の外を見る仕草をしていたのが印象的だった。配信の後片付けを手伝っていると、彼女がそっと背中を押して言った。


「晴、行こう。夜景、見に行かない?」

シンプルな誘いだけど、胸の奥が温かくなって、思わず笑ってしまった。僕はすぐに「行く」と答えた。


駅からバスに揺られて高台へ向かう。夜風が冷たいはずなのに、手の甲を触れ合わせると不思議と暖かい。バス停で降りると、街が布のように広がって、無数の光が瞬いている。僕らは坂道をゆっくり登る。しおりの手は、いつの間にか僕の手をしっかり握っていた。


「ここ、綺麗だね」しおりが小声で言う。息が白く見える。彼女の声は、本当に塩対応の配信声とは違って、ぽってりと柔らかい。僕はそれを聞くだけで胸が熱くなった。


高台のベンチに座ると、しおりが僕の隣に寄りかかってきた。ほどよい距離感、だけど確かに両方の肩が触れている。彼女の頬の柔らかさが伝わって、僕は思わず息を詰めた。


「晴、今日さ……ありがとう。普通の時間をくれて」しおりが言った。目を閉じて、少しだけ安堵の息を吐く。

「俺の方こそ、ありがとうって言いたいよ。君がいてくれて、俺は安心する」僕は正直に答える。彼女の体温が伝わる。世界の輪郭がにじんで、灯りだけが鮮やかに残る。


そのとき、しおりの手が僕の腕にすっと移り、指先が僕の手のひらを撫でる。無意味に思えるその動作に、心臓が跳ねる。僕はゆっくりと彼女の手を握り返した。指と指が絡む。温度が交換される。


「ねえ、晴」しおりが少し顔を上げる。昼間のふざけたツンデレはどこかに行って、そこに残るのはほんの少しの不安と期待だ。「私たち、これからどうなるんだろうね」


言葉は甘く、けれど真剣だ。僕はその問いに即答しなかった。言葉で固めてしまえば、時には壊れてしまうことを知っている。だから僕は、言葉を少しだけ溜めてから、彼女の目を真っ直ぐに見て言った。


「分からない。でも、一緒に考えよう。毎日を積み重ねていこう。君となら、たぶん大丈夫だ」

しおりは目を細めて、すごく小さく笑った。笑いの先に見えたのは、溢れそうな感情をぎゅっと抑えた顔だった。


その瞬間、僕は自分の唇が重くなるのを感じた。ためらいが一瞬、頭を掠める。だが夜景の光、彼女の呼吸、両手の温度が全部背中を押す。僕はゆっくりと顔を近づけ、目を閉じて唇を重ねた。


キスは短く、しかし深く。驚きと安心と甘さが入り混じって、時間がほんの少しだけ止まった気がした。彼女の唇は柔らかくて、少し暖かい。目を閉じれば、日常の騒がしさが遠くに消えていった。


唇を離すと、しおりは顔を赤くして小さく「ばか」と言った。怒っているのかと思いきや、その声には笑いが混ざっている。僕は笑ってから、ちょっと照れ隠しに「ばか」と返す。二人だけの言葉になる。


帰り道、坂を下るとき、彼女がポツリと訊いた。「晴、配信のこと、これからも一緒にやってくれる?」

僕は即答する。「ああ。全部じゃなくていい。支えるほうで、君が楽になるように側にいるよ」

しおりは手を強く握り返して、嬉しそうに笑った。その笑顔は、配信画面で見る女の子よりもずっと自然で、暖かい。


その晩、家へ向かう途中、しおりが小さな紙袋を僕に渡した。中には、昼間に古本屋で買った短編集の抜き書きが一枚。そこに彼女が赤ペンで線を引いて、小さく書き添えてある。


「ここ、良いと思った」――その一言に、僕は胸が締め付けられる。僕は彼女の手を取って、真剣な顔で言った。「これからも、こういう“良い”を一緒に見つけていこう」


彼女は顔を伏せて、また「ばか」とだけ言った。だがそのばかには、甘さと確かな信頼が含まれている。僕はその信頼を受けとめることを、静かに誓った。


数日後。配信の裏仕事をしながら、しおりはふと画面の向こうに目を向けて言った。「次は、もっと明るい企画にしようよ。私たちの“普通”を見せる回」

僕は笑って頷く。「いいね。俺がロケハンしてくる」

しおりは嬉しそうに拍手をして、「晴、頼りにしてる」と言った。心底、幸せな瞬間だった。


夜景のベンチで交わした一つのキス。小さな紙袋の中の一節。これらは物語の大きな波ではないかもしれない。だが、積み重なれば二人の物語を動かす力になる――そう、僕は確信していた。

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