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塩対応完璧美少女VTuberは、俺の幼馴染――配信ではクール、現実はポンコツで俺だけが知っている  作者: 和三盆


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第32話 二人の“小さな約束”と、配信の裏で芽吹くもの

駅のホームで手をつないだまま、俺は改めて思った。

しおりといると、世界がちょっとだけ優しくなる――それは大げさなことじゃなくて、細い糸が一本つながる感じ。何気ない音、傘の先の水滴、しおりの息づかい。全部が「今」を支えている。


月曜の朝はいつもより静かに始まった。

通学電車の窓に反射する街灯、イヤホンから聞こえてくるポッドキャストの平板な声、俺の胸の鼓動。だが「静か」だけど、中身は濃密だ。先週の動きで、配信も仕事も少し落ち着いたように見えるが、運営は休めない。ID_08やID_09も沈黙しているわけではなく、ちょっとしたイヤガラセは続いている。だが今日は、個人的な予定がある。しおりと「初めての休日デート(普通のやつ)」の二日目。俺は少しだけソワソワしている。


午前中、俺は大学の図書館でレポートを片付けるフリをしながら、しおりからのLINEを何度も見返す。彼女の文章は短い。「今日は何食べる? 晴、好きなやつでいいよ」。素っ気ないのに優しい。それがしおりだ。俺は「じゃあ、前に話してたオムライス屋」と返すと、すぐに「OK」と返ってきた。返信一つで世界が明るくなるのは、中学のころから変わらない。


昼下がり、街角の小さな洋食屋に入る。店内は古びた絵画やランプで飾られていて、隣には老夫婦が静かに昼食をとっている。俺たちは窓際の席に座り、メニューを眺める。注文はオムライスとハヤシライス、そしてシェア用のサラダ。しおりは前日の疲れがまだ残っているのか、少し眠そうな目をしている。だけど笑うとその眠そうな目がパッと優しく光る。


「晴、ねえ」彼女がふいに言った。

「ん?」俺はフォークを置く。

「私、最近思うんだ。配信やってると、顔のない世界が面白いって言われる。けど、やっぱり顔のある人といる時間が一番落ち着くんだなって」

その言葉は小さくて確かだった。俺は心の中でガッツポーズを作る。言葉少なに「俺もだよ」と返すと、しおりは少しだけ不機嫌そうに「ていうか、当たり前でしょ」とつぶやいた。ツンデレ、可愛い。


食後、古本屋へ向かう道すがら、しおりはぽつりとこの前の配信の話を始める。最近は「ゆるい雑談」が受けているとか、ASMR系の実験がちょっとバズったとか、運営の愚痴も少し。俺は時々相槌を打ちつつ、彼女の肩に寄り添う。この距離感が、もう最高だ。


だが平穏は長くは続かない。古本屋の前でスマホが震えた。運営のグループチャットだ。画面を見ると、古沢から「注意」の赤い文字。マーケットの方で、また断片音声を流すやつがいるらしい。だがコメントに「今回は放っておけ」とも書いてある。「放っておけ」――それは、相手が小さくてウザいだけのときに使う言葉だ。つまり、今回は大丈夫らしい。俺は胸を撫で下ろすが、しおりはスマホを見て眉を少しひそめる。


「行ってみる?」彼女は小声で訊く。

「今日は休みたいんじゃない?」俺は訊き返す。

「いや、私もある程度は気にしたい」彼女は答える。その口調は真剣だ。僕はただ頷いて、しおりの手を軽く握る。彼女の掌は温かくて、安心する。


午後は古本探検。しおりは珍しく自分から「これ、読んだことある?」って話題を振ってくる。彼女の好みは意外に多彩で、表面上のクールさとは別に、内面の豊かさが散りばめられている。俺はそれを見つけるのが好きだ。何冊かの本を手に取っては、二人でページをめくり、時々内容の話で盛り上がる。


古本屋を出る頃、外は夕立ちの気配。雲が厚くなって、空気が湿る。二人で駅のコインロッカーに荷物を入れて、肩を寄せ合いながら地下街を歩いていると、しおりが突然立ち止まった。向こう側のショップのウィンドウに、見慣れた顔が映っている。映り込んでいるのは――配信でよく見る常連の一人、ファンの青年だ。彼は少し照れたように手を振る。しおりは一瞬顔をこわばらせるが、すぐに軽く会釈した。知らない振りを通すのは、彼女のプロの矜持なのだろう。


「最近、目立たないようにしてるんだ」と彼女は囁いた。

「そうだな。でも、無理はするなよ」俺は本気で心配している。しおりは笑って「わかってる」とだけ返す。


夜、俺たちは公園のベンチで夜風に吹かれていた。雨は上がり、街灯が水たまりを金色に照らす。しおりがスマホを取り出し、ふと真面目な顔をした。


「晴、ねえ、本当にこれからも一緒にいてくれる?」その問いは、配信では見せない素の切実さがある。俺の胸がぎゅっとなった。何て答えればいいか、言葉が一瞬止まる。


「もちろん」俺はすぐに答える。嘘はつけない。

しおりは肩をすくめて「ふーん、じゃあ頼むよ」と塩を一振りするように言った。ふたりして馬鹿みたいに笑って、なんだか世界が緩む。


その時、しおりの通知音がまた鳴った。彼女は少しだけ顔を曇らせるが、画面を見ると運営からの「お疲れ様」メッセージと、古沢からの「今日の解析ありがとう」とだけ書かれている。大事な一本は無事に切り抜けたらしい。俺はホッとする。彼女も少しだけ肩を落として微笑んだ。


「今日のデート、どうだった?」俺が訊くと、しおりはちょっとだけ考えてから答える。


「よかった。特別なことは何もしてない。でも、普通に一緒にいるって、こんなにいいんだね」

「うん。俺も同じだ」俺は照れ隠しに腕を組んでみる。彼女は軽く肘で俺を突いて、「ばか」と言って笑った。その笑い声が、夜の空気に溶ける。


帰り道、しおりが小さく言った。「明日、仕事戻るけど、晴も手伝ってくれる?」

「当たり前だよ」俺は胸を張って言った。彼女は嬉しそうに頷く。配信の手伝いは技術的なことだけでなく、しおりの心を支えることでもある。二人で作れば、きっと怖くない。


ホームで別れる瞬間、彼女がポケットから小さな紙切れを取り出して俺に渡した。そこには走り書きで「次は映画館でポップコーン」と書かれている。俺は笑って、それを折りたたんで胸にしまった。


「それじゃあ、また明日」彼女は手を振り、改札を抜けていく。俺はその背中を見送りながら、心の中で小さな誓いを立てた。どんな嵐が来ても、隣にいること。どんな匿名が吠えても、彼女の声を守ること。大層な言葉じゃないけど、たぶんそれが一番大事なことだ。


夜、部屋に戻ってから、俺は配信の準備を少しだけ手伝った。ライトの角度を直し、マイクのゲインを調整しながら、ふと気づく。しおりは配信という舞台で、たくさんの人の心を触れてきた。だけどその裏側には、幼馴染としての静かな重責もある。俺はその重さを一緒に背負っていきたいと思う。


物語はまだ続く。戦いも、修復も、日常も。そのすべてが混ざって、俺たちの毎日になる。だが今日の大事な一つは、確かだ――普通の日曜日の続きを重ねることが、二人にとって一番の防御であり、攻めでもある。静かな日常が、いつか誰かを救う物語になるかもしれない。


ベッドの中で目を閉じると、しおりの「ばか」がふいに脳裏で反芻される。恥ずかしい気持ちと温かさがじんわり溶ける。次の朝も、彼女の隣で起きたい。明日が来るのが、楽しみだ。些細だけど確かな希望を胸に、俺は眠りについた。

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