第30話 「声のゆりかご」――一区切りの灯がともる夜
朝、工房に集まった僕らの前に置かれていたのは、あのUSBではなく、新しく作り直した“記録データ”だった。
Cさんの家族の声を、本来の形に、そして本人の意思に沿った形に戻し、保存するためのマスターだ。
佐伯が丁寧にケーブルを外しながら言う。
「これで、もう勝手に切り取られたりはしない」
そう言われると、胸の奥でずっとざわついていた緊張が、やっと少しほどけた気がした。
昼すぎ、僕としおり、そして数名のメンバーでCさんの家を訪れた。
小さな座卓に湯気の立つお茶。和室の畳の匂い。冬の日差しが障子越しに柔らかく落ちている。
ヘッドホンを外したCさんは、ほんの少し震える声で言った。
「戻ってきたんですね、本当に……」
隣に座る孫娘が、あどけない笑顔で彼女の手を握る。
しおりが静かにうなずいた。
「もう大丈夫です。これは、あなたたちの声です」
その一言で、Cさんの肩がふっと落ちた。
僕ら全員が、その空気の変化を感じ取った。
帰り道の車の中で、しおりが窓の外を見ながらつぶやいた。
「誰かの声を返すって、こんなに温かいことなんだね」
「うん。やっと、ひとつ終わったな」
「でも、終わったって言っていいのかな。なんか違う気もする」
「区切り、くらいでいいんじゃない?」
「……そうだね。それがしっくりくる」
夕方、工房に戻ると田島がNHKから上がってきた最終構成案を見せてくれた。
派手さはなく、煽り文句もない。
ただ、ひとりの市民の声がどう奪われ、どう戻ったのかを淡々と伝える内容だった。
「ようやく、こういう形にできたよ」
田島は小さく息をついた。
夜。
しおりが配信を始めた。
特別な雰囲気だったここ最近とは違い、今日は“普通の雑談枠”。
画面に映る彼女は、肩の力が抜け、あの頃の自然体に戻っていた。
「いろいろあったけど、今日でひと段落です。ありがとう」
そう言うと、コメント欄がゆっくりと温かい色に染まっていく。
『おかえり』
『待ってたよ』
『無理しないでね』
そんな言葉が次々に流れ、しおりは少し照れたように笑う。
配信が終わった後、僕の隣に座ったしおりが言った。
「ねえ、これからはもうちょっと明るいことしたいな」
「それ、すごくいいと思う」
「私も、そう思う」
彼女の笑顔は、前よりずっと柔らかかった。
この数週間の重さを乗り越えて、やっと迎えた夜だった。
そして、スマホを静かに置いたしおりが僕の方を見て言う。
「ねえ……明日さ。久しぶりに二人で出かけない?」
その誘いは、とても自然で、どこか特別だった。




