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塩対応完璧美少女VTuberは、俺の幼馴染――配信ではクール、現実はポンコツで俺だけが知っている  作者: 和三盆


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第18話 舞台の幕が上がる前に――その声は誰のものか

12月1日――その朝は、いつもより静かに始まった。通学路の空気に、祭りの前の静けさが混じっている。スマホの通知は鳴りやまないが、どれも今は作戦の一部に過ぎない。俺たちは既に準備を整え、最悪の事態に備える条例まで確認した。だがどれだけ準備しても、心臓の震えは消えない。しおりの目がいつもより真剣で、その真剣さがすべてを引き締める。


昼過ぎ、会場のリハーサルが始まる。配信の窓口は二重で固められ、来場者は厳格な本人確認を通過して客席につく。運営が作った「真実ドキュメント」も同時に配信され、視聴者の信頼をこちらに向ける工夫は上手く回っている。だが一番怖いのは、相手が想定外の方法で仕掛けてくることだ。匿名の文化は拡散の速さと変幻性を武器にする。ネットの火は、一つのスキマを見つければどこへでも回る。


開演直前、古沢と佐伯が慌ただしく駆け込んできた。二人は肩で息をし、手にUSBを握っている。古沢が息を切らして言う。


「倉庫の連中、今朝また動いてた。だがあいつら、AI合成のモジュールをいじってた痕跡がある。ID_08はただの人間の悪党じゃない。機械学習が介在してる」


佐伯が続ける。「さらに解析したら、断片のいくつかは別の地域のノイズを含んでる。つまり、手はもっと広域に伸びてる。だけど――これを見てくれ」彼はUSBを差し出し、ラップトップに差し込む。そこには一つの短いファイルがあった。再生すると、短い子供の笑い声と、付随する低い囁きが聞こえる。その囁きは、これまでの音源と似ているがどこか異質だ。まるで別人の口から出ているようだ。


「変換の跡だ。音声合成のフィルターが掛かってる。けど、素の断片は別物。ある種の“合成器”が、断片を混ぜて新しい“声”を作ってる」古沢は眉を寄せる。「つまり、オリジナルを消した今、彼らは別の“原料”で別の“しお”を作ろうとしてる」


それを聞いて、しおりは深く息を吐いた。「なら、今ここで“本物”を見せよう。合成は真似るかもしれないけど、本物の温度は出せない。声だけでなく、私の考えを、私の曖昧さを、そのまま出す」


舞台袖、観客席の光が落ち、カメラの赤いランプが点く。しおりは小さく笑ってから、正面を向いた。


「皆さん、今日は私がここにいます。白月しお、でも今は篠原しおりとして話します。嘘も脚色もしません。全部、私の言葉で」


画面越しに流れる視聴者の反応は温かいものが多い。だが、それと同時に裏でID_08の断片が小刻みに上がり続ける。誰かがカウントダウンに合わせて“引き”を作っているのかもしれない。だが会場の空気はしおりの真実が支持を集めるように傾いていった。話の内容は、子どもの頃の馬鹿話から始まり、テープの件、その後の恐怖、消去の決断、そしてここまで来るのに支えてくれた人々への感謝へと滑らかに繋がる。


「私がどこまで“仮面”を被っていたか。被っているつもりはなかった。でも、時々自分が演技している気がした。誰かの期待を壊さないために演じて、知らず知らずに自分の境界線を失っていた。だから私は、自分の声を取り戻したい」


その言葉に、会場は静まり返り、画面の向こうのコメントが涙や励ましで溢れた。しおりの言葉は強さを持っていた。これが“語る主体”の力だと、場は感じていた。


だが――裏側は動いていた。カメラのひとつが突然ブラックアウトし、音声が一瞬歪んだ。運営が即座に代替カメラを切り替える。だがその歪みの間に、短い音声断片が放たれた。会場内のスピーカーを通してではなく、各個人のスマホに、プッシュ通知風に出る形で、ID_08が仕掛けた短いクリップが配られたのだ。内容は断片的で、聞けば耳に残る“模造”の笑いと囁き。それは即座に不快感を生み、SNSでは「偽物のアカウントが多重に流れている」と拡散する。


俺は蹲るようにして袖の端に寄り、画面を睨む。ID_08は我々の予測よりさらに巧妙になっていた。だが、そのときだ。会場の後方で小さな光が点滅し、数人のスタッフが動いた。凛が裏口付近で無言の合図を出している。彼女が仕組んでいた“中立”の情報網が今、動く。短い時間で、偽アカウントの元IPを追跡し、複数のアカウントをサーバーブロックにかける。運営はその場でスクリーンを更新し、偽情報への反駁を行う。手早い、しかし中々完璧ではない。


舞台は中断されることなく、しおりは最後まで語り切った。話の終わりに、彼女は間をおいてひとつの提案をした。


「今日、ここで私が話したのは“私”の一部です。だけど、もしあなたが誰かの人生を“商品”にしようとしているなら、その代価を世界が受け取るようにしましょう。私たちは、情報をどう扱うかを選べる。それが今回の戦いだと思う」


その言葉は単純だが、重い。視聴者の反応は確実に変わっていた。善意の輪が生まれ、匿名の扇動に対して“信用”を武器にする動きが広がる。だが、それだけで相手を完全に止めることはできない。ID_08は繰り返し断片を投下し、反応を見て学習を続ける。


夜、撤収後。俺たちは運営の一室で疲労を吐き出すように座っていた。外では匿名の掲示板で、しおりの話を嗤う連中もいれば、支援の募金や応援の声が立ち上がっている。どちらが勝つかは、まだ分からない。しかし会場で起きたことは確かな一歩だ。個人が“語り”を取り戻すことは、見世物を仕掛ける側にとって最も厄介な被害だった。


突然、モニタに新しい映像が流れ込んだ。差出人は不明。だが映像の最初に出てきたのは、あのテープの男――旧放送局で出会った人物だった。彼は画面越しに静かにこちらを見つめ、短く言った。


「よくやった。だが、これは終わりじゃない。音は広がる。だが次は私が出す。君たちの“真実”を証明してみろ」


その言葉は挑戦にも聞こえた。コメント欄は一瞬ざわめいた。だが直後、別のアカウントが現れた。それは一人の中年男性――地域のローカル紙の記者で、地方の公共放送で小さな連載を持つ人物だった。彼は昔から「個人の物語」を追ってきたタイプで、今回の件で真面目に取材を申し出てきたのだ。


彼の名は田島。顔は地味だが、目が鋭い。「私は記事にして、この一件を長く追う」と宣言した。田島はローカルの信頼を使って、自治会や地域のアーカイブを掘ると約束した。「外からの視線は、匿名の群れには効く。彼らは注目を好む。だが、地域の目と記録は彼らの遊び道具を価値のないものにする」


その申し出は、思わぬ層を味方にした。若いファン層だけでなく、地域の新聞読者、放送を聞く高齢者、コミュニティの目線が連鎖することで、拡散とは違う“滞留”が生まれる。ID_08の学習モデルは、注目の分散を嫌う。視聴させることができなければ、彼らの市場は崩れる。


俺は深く息を吐いた。新しい読者層――年齢層が上の層、地域紙の読者、公共放送の視聴者を取り込むことは、単に数を増やすだけでなく「物語を丁寧に扱う文化」を呼び戻す作業だ。ネットの即時性に対抗するのは、時間をかけた信頼の積み重ねだ。しおりが選んだ「語る」ことは、その第一歩だった。


夜が更けると、ID_08は一度だけ静かになった。生成のサイクルを変えたのか、それとも内部の指令系統が再編されているのかは分からない。だが確かなのは、戦いは次のフェーズへ移ったということだ。相手も我々も、「声」をめぐる攻防を続ける。だが今、俺たちには新しい味方ができた——記者の田島、地域の視線、そして何より、しおりが自分の言葉で立ったこと。


俺はしおりの手を取り、軽く握った。「今日はよくやった」とだけ言う。彼女は疲れた笑みを返し、ふっと肩の力を抜いた。外では寒い夜が息を白くしている。月はまだ満ちてないが、光は確かに近い。


最後に、携帯に短いメッセージが入る。差出人は匿名。本文はたった一行。


「また会おう、次はもっと大きな舞台で」


文末に小さな絵文字がひとつ。――猫のシルエット。


俺はその文字を見つめ、顔を上げた。戦いは終わらない。だが戦い方は変わった。声はもう、誰かに預けるものではない。俺たちは自分で語る。語り方を教える者たちも、少しずつ増えている。


明日も、明後日も。俺たちは歩き続ける。

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