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塩対応完璧美少女VTuberは、俺の幼馴染――配信ではクール、現実はポンコツで俺だけが知っている  作者: 和三盆


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第1話 発見はカップの反響音から

俺は春崎晴。平凡な高校二年生だ。成績はそこそこ、目立たない。家と学校の往復に、たまにバイト。人生の主役は他人任せで、俺はいつも脇役に徹してきた。


その日もいつものように放課後バイト先のネットカフェでレジを打っていた。筐体の列を見回し、目を細めながらポテトの油を捨てる。客は学生、社会人、配信者らしき人まで様々だ。イヤホンから漏れる音声――今日は誰かがゲーム配信を垂れ流していた。


「あー……それ、無理っすね。マジで無理、そこは引くでしょ普通に。」どこか冷めた、だけど品のある声。鼻にかかるような高音でもなく、極端に低いでもない。聞き覚えのある節回しがあった。俺の心臓が、少しだけ跳ねた。


その声を聞いて、脳内に浮かんだのは小学校の校庭だった。放課後、二人で一緒に砂を掘り、彼女が泣きながら言ったどうしようもない一言。幼い頃の思い出は、声の輪郭に残っていることがある。あのときのしおりの声――淡く、真面目で、でもどこか抜けている声が、今ここにあった。


客席方向を見れば、角の席に女の子が座っている。フードを被り、画面を凝視している姿。顔は見えない。けれど指の動き、机に寄せた肩のライン、無意識に口が動く癖――全部、しおりそのものだった。


「まさか、ね」


そんなことはありえない。しおり(白崎しおり)はクラスで目立たない存在だ。話すときはテンポが遅く、発言の奇抜さもなく、女子トイレの洗面台で眉をひそめるようなこともしない。だいたい、人気VTuberが同じ町の同じ高校に通ってるなんて、ご都合主義が過ぎる。


なのに、胸の奥では違う感覚が膨らんでいた。「もしや」の確信は、次の瞬間、音声の端に乗った“いつもの合いの手”で確信へ変わる。


「ふん。そっちの読み、甘いね。もっと考えて動けよ、バカ。」


しおりがよく、幼い頃に俺のことをからかうときに使った単語――「バカ」を、照れ隠しで言う癖。画面の声はためらいなく同じイントネーションで“バカ”を吐き捨てた。


俺はその場で動いた。制服のポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。画面に表示されたのは配信サイトと、配信ルームのウィンドウ。配信者名は「シオ・クレール」、モデルは間違いなく“かわいい美少女アバター”だ。コメントの数は桁違い。ヘッダーには「塩対応で人気爆発!」という煽り文句が踊っている。


「いや、偶然でしょ、偶然……」


心の中で呟く。大人気VTuberと、地味な幼馴染が同じ人間だなんて話は、漫画かネット小説の中だけのはずだ。そう自分に言い聞かせていると、店の奥から物音がした。誰かが椅子を引く。振り返ると、フードを脱いだその女の子――幼馴染の白崎しおりが、真っ赤な顔で俺を見ていた。


「晴……! な、なんでここにいるの!?」


その声は――配信のそれとは別だった。配信ではクールで切り返す声、だが今目の前にいる彼女の声は、低く震え、緊張でかすれている。目が泳ぐ。頬はほんのり赤い。薄い前髪の下で、彼女の表情がもどかしく揺れている。


「配信してたのか?」と俺は平然を装って尋ねた。だが平然ではいられなかった。胸が高鳴り、言葉が乾いている。


しおりは咄嗟に手で口を押さえ、唇を噛んだ。「や、やめてよ! やめてよ晴! そんな大声で言わないでよ! 聞いたの? その、私の配信聞いちゃったの?」


「いや、偶然。たまたま」と答えたが、それは事実の半分だけだ。偶然じゃないことを、俺は既に知っている。


彼女は糸の切れた風船のように肩を落とした。「やっぱり……わかるんだ。晴ならわかるって思ってたけど、直接見られるのは……いや、無理だよ、勘弁してよ」


「なんで黙ってたんだよ。人気あるんだろ? すごいじゃん」と俺は言った。本当は複雑で仕方なかった。嬉しい気持ちと、置いてけぼりにされたみたいな気持ちと、彼女の“塩対応”が見えない虚像であることへの驚き。


しおりは俯き、小さな声で告げた。「私、顔を出さないでやってる。中の人がバレたら、運営にもファンにも迷惑かかる。それに、クラスでは普通でいたいんだ。だから、絶対に言わないでほしい。お願い、晴――」


そのとき、彼女の手に小さなグローブ型のマイクアクセサリーが握られているのが見えた。俺はそれに目を奪われ、思わず声が出る。


「あ、それ……?」


「……その話は後で!」しおりが慌ててポケットに突っ込み、顔をさらに隠す。だがその動作で、俺と彼女の距離が急に縮まる。匂いがする。シャンプーと、少し安っぽいフレグランスの混ざった甘い匂い。子どもの頃に一緒に嗅いだ匂いと同じだ。


「分かったよ」と俺は答えた。本当は、分かった気がしなかった。でも――彼女の目が、懇願で満ちていたから。幼馴染として、守りたいとも思ったから。


「約束して。誰にも言わないって。絶対だよ?」


しおりの声は小さく、震えていた。俺は深く考えずに頷いた。「分かった。言わない。俺だけの秘密だ」


だが、口にした瞬間、俺の中に別の思いが湧いた。秘密を持つというのは、特権でもあり、重荷でもある。しおりはその重荷を一人で抱えていた。少しだけ、支えになってもいい――そんな気持ちが胸を満たした。


「ありがとう、晴。本当に……」しおりは目に涙を浮かべかけ、必死で堪える。いつもの淡々としたしおりとは違う弱さがそこにあった。俺は胸が疼くのを感じた。


その日の夜、家で俺はふとスマホを覗く。彼女の配信は既にアーカイブされていて、数え切れないコメントと高評価、そして大量のスーパーチャットが残っていた。画面の向こうの「シオ・クレール」は、冷ややかで計算された愛想のなさで人気を博している。だがその裏側に、クラスの片隅で眉をしかめる白崎しおりがいる。


これって――面白くなる予感がしてしまう。いや、面白くなる、というよりは、面倒くさい方向に転がる確信だった。


翌日から、俺の学校生活はちょっとだけ彩りを帯びる。しおりは普段通りに、机を静かに叩き、提出物を忘れ、テストで小さなミスをする。でも放課後に俺が駅前で彼女を見ると、彼女はさっきまでの“塩対応”について独り言をつぶやいていることがある。「あのコメント、しつこいな」「今日の絵、ちょっと薄かったな」――画面の向こうのプロ意識が、現実世界の端々にこぼれている。


そして、ある昼休み。彼女が俺の弁当箱のふたに、無造作に貼っていた小さなシールが目についた。それは――「シオ・クレール」のロゴが描かれた非公式グッズだった。彼女はそれを笑って弁当箱に貼っていた。ポンコツだ。だけど、可愛い。


俺の頭の中では既に予定が組まれる。幼馴染として、友人として、そして――彼女の秘密を共有する唯一の存在として。どう言えばいいか分からないが、これからの日々は面白くなる予感に満ちていた。


問題は一つだけ。――誰にもバレずに、彼女の“現実”を守れるのか。


終わりではなく、始まりの匂いがした。俺たちの、ことりと壊れそうで堅い秘密の物語が、今、静かに動き出すのだった。

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