魔契の王、現る
王都に戻ってから数日、フィリアとセリーネは別行動を取っていた。
だが、それは決して仲違いによるものではない。
フィリアは王城の戦術顧問として召集され、セリーネは貴族議会の監査に臨んでいた。どちらも、先日の廃教会での事件の報告と、今後の方針を巡る重要な任務だった。
そして——事件は静かに、だが確実に次の局面へと進みつつあった。
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フィリアが王城で報告を終えた帰り道。
廊下の隅に、ひとりの少年が立っていた。
黒いマント。金の装飾。瞳は深紅。
「……君が戦鬼の娘か」
「あなたは……?」
ただ者ではない。直感がそう告げた。
空気が重い。風が止まる。彼がいるだけで、空間が沈む。
少年は笑った。
「僕の名はエルネスト。かつてレオン・アルバ=ガルド——君の父と契約を交わした、魔契の王さ」
フィリアの背筋が凍る。
「……嘘よ。父は、そんな男を語ってなかった」
「当然だ。彼は契約を裏切ったからね」
その瞬間、空間が反転した。
目の前の城の廊下が、黒く染まる。影のような魔力が周囲を侵食し、騎士も貴族も、その場に倒れ伏した。
エルネストは歩を進める。
「君に会いに来たのは、復讐のためじゃない。継承のためだ」
「継承……?」
「僕との契約を、君に結ばせるために」
フィリアの目が見開かれた。
言葉にならないほどの拒絶。
「ふざけないで! 私は……私は父と同じ轍を踏まない!」
「……そうか。なら、いずれ君が自分の中の力に飲まれる日まで、待つとしよう」
ふとエルネストの目が細められる。
「でも……その前に、彼女を試させてもらう」
そう言って、彼は黒の魔力を空へ放った。
雷鳴が轟き、魔力の柱が王都の空に立ち上る。
——それは、王城を見下ろす丘にある、セリーネの屋敷を標的としていた。
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「やめろおおおっ!!」
フィリアの叫びが届くより早く、黒の閃光がセリーネの屋敷を貫いた。
次の瞬間、彼女は光の中に飛び込んでいた。
意識も計算もない。ただ、助けたいという本能が、足を動かしていた。
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瓦礫の中で、セリーネは剣を構えていた。
だが、傷は深い。肩から血が流れ、立っているのがやっとの状態。
「……まさか、あなたが来るとは思わなかったわ」
「ごめん……遅くなって!」
フィリアが彼女の隣に立つ。
目の前にいるのは、黒衣の騎士。エルネストの眷属のひとりであろう存在。
魔剣を引きずり、音もなく近づいてくる。
「これは試練だ。お前たちの絆が、偽物かどうか確かめるためのな」
黒騎士が一閃。
フィリアが受け止め、セリーネが斬り返す。
傷だらけの連携。それでも、心は一つ。
「もう……一人で背負わないで。私が、あなたを信じるから」
セリーネがそう言った。
その言葉に、フィリアの中の何かが光る。
父から受け継いだ剣。
母から授かった血。
そして、仲間を信じる心。
全てがひとつに交わり——聖剣が閃光を放つ。
聖光断絶——!
その一撃が黒騎士を貫き、影の残滓を完全に消滅させた。
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戦いの後、二人は並んで夜空を見上げていた。
「エルネスト……あれが、魔契の王……」
「ええ。きっと、これから本格的に動いてくる」
セリーネが立ち上がる。
「だったら、私は——フィリア、あなたの剣になるわ」
フィリアは驚いたが、すぐに微笑む。
「ありがとう。じゃあ、これからは一緒に戦おう」
少女たちは静かに拳を重ねた。
そして、夜空に散った魔力の余波の向こうに、まだ名も知らぬ、もうひとつの勢力が動き始めていた——。