契約の残滓と揺らぐ誇り
それは、ある夜のことだった。
王都の東、旧貴族領にある廃教会から、不可解な魔力反応が観測された。騎士団は即座に調査隊を編成——そしてなぜか、フィリアとセリーネがその先発部隊に指名された。
「まったく、どういう人選よ……私とあの子が一緒に任務なんて」
馬を駆るセリーネが呟く。
「私も驚いたよ。でも、命令なら従うしかないよね」
隣で走るフィリアは、疲れも見せず笑みを浮かべる。だが、その笑みにも微かな警戒が宿っていた。
二人の間には、まだ火花が残っている——けれど、それを一時的に抑えるほどには、大きな何かが待っているという予感があった。
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廃教会に到着した彼女たちは、すぐに異変に気づいた。
空気が淀んでいる。魔力の残滓が濃密すぎて、吐き気を催すほどだ。
「これは……尋常じゃない。古の契約魔術?」
フィリアが呟くと、セリーネが顔をしかめる。
「知ってるの? 契約魔術なんて、王族と高位貴族の秘術でしか——」
言いかけて、セリーネの目が鋭く細められた。
「なるほど。やっぱり、あなたも知ってる側なのね。だからあのとき、あんな言葉が言えた」
「……?」
フィリアは返せなかった。自分の中に流れる力もまた、魔族との因縁から生まれたものだ。その事実を、今のセリーネは見抜いている。
そのとき——
ドン! 地下から轟音。
二人は即座に剣を抜いた。
次の瞬間、教会の床が崩れ、フィリアとセリーネは叫びとともに地下へと落下した。
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薄暗い地下の祭壇。
そこにいたのは、巨大な鎧の魔物。中空に浮かぶ兜の奥に、禍々しい魔眼が光る。
「……アークラウドの血……そして、戦鬼の娘。因果だな……ここに至るとは……」
「こいつ、喋った!?」
フィリアが構えるより早く、魔物が両腕の大剣を振り下ろす。
「——来るよ!」
フィリアが盾となり、セリーネが背後から魔法剣を滑らせた。
刹那の連携。
剣戟が火花を散らし、魔物の腕が一瞬止まる。だが、それだけでは倒れない。
「まずい、魔力が回復してる!」
「それだけじゃない……こいつ、私の血に反応してる」
セリーネの表情が、苦しげに歪む。
「ねえ……あなたの家、魔族と契約してるんでしょ?」
フィリアの問いに、セリーネは歯を食いしばる。
「……してたわ。私が生まれる前に切られたはず。でも、残滓は血に残ってる。だから、こいつは——」
「あなたの眷属。」
沈黙が、真実を物語っていた。
セリーネが震える手で剣を握り直す。
「それでも……私は、この剣で清算する。過去も家の罪も全部」
フィリアがそっと前に出た。
「一人じゃ無理だよ。だから、共に戦おう。あなたが家を断つために、私は勇者として、背中を支える」
魔物が咆哮を上げる。
紫炎が爆ぜ、フィリアの聖剣が光を帯びる。
——そして、二つの剣が交差した。
炎と光。
魔族の契約と人の誇り。
全てを乗せた一撃が、祭壇に残された残滓を焼き払った。
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戦いの後。
地下は崩れ、教会そのものも使えなくなった。
二人は地上に戻り、満月の下で息を整えていた。
「……借りは返したわ」
「借りとか、そういうのじゃないよ。ただ、同じように悩んでる人がいたってだけ」
セリーネはしばらく無言だったが——
「……まっすぐね。あなた、だからこそ気に食わないのよ」
「うん、たまに言われる」
ふ、とセリーネが笑った。
それは彼女にとって、初めて見せた素だった。