紫炎の剣姫と新たなる火種
王都に平穏が戻って数日。
戦鬼レオン・ヴァルグレイヴの名は、今や英雄譚として語られ、フィリアもまた「新たなる勇者」として騎士団や民の注目を一身に集めていた。
だが彼女自身は浮かれることなく、日々の訓練を欠かさなかった。理由は一つ——父の背中を追い続けると誓ったからだ。
「よし、もう一度お願い!」
訓練場で木剣を握るフィリアは、汗に濡れた額をぬぐいながら仲間に声をかける。
そのとき——訓練場の門が軋んだ音を立てて開いた。
「……フィリア・ヴァルグレイヴ。ようやく会えたわね」
涼やかでいて、剣のように鋭い声。
そこに立っていたのは、深紅の瞳と紫炎のような髪を持つ少女だった。装飾の少ない騎士服に身を包み、腰には一本の細身の剣。
彼女の姿に場がざわめいた。
「あれは……紫炎の剣姫と呼ばれる、セリーネ・アークラウド……!」
騎士団の中でも異端の存在。王都北方の大貴族、アークラウド家の嫡子であり、幼い頃から王立騎士学校を首席で卒業した天才。だが、その実力ゆえに孤立し、周囲を拒絶していた存在。
フィリアは剣を下ろし、まっすぐに彼女を見た。
「私に何の用? 騎士団の推薦なら昨日、正式に通ったばかりだけど」
「ちがうわ。私は、あんたを見に来ただけ」
セリーネの瞳が、値踏みするようにフィリアの姿をなぞる。
「勇者の娘? 戦鬼の血? そんな名ばかりの称号で浮かれてるなら、すぐに地に堕ちるわよ」
「……挑発なら乗らない」
「そう? じゃあ実力で証明してみせて」
瞬間、セリーネが踏み込んだ。
フィリアも即座に応じる。
鍛錬用の木剣と、彼女が持っていた実剣の鞘が衝突し、硬質な音を響かせた。
——一合。
二人の間には誰も割って入れなかった。
「悪くないわ。あんたの剣、まっすぐで……重い。でもね、私の剣は高貴なのよ。民の剣じゃなく、選ばれた者の剣!」
フィリアは眉をひそめた。
「選ばれた者、ね……。それなら、選んだのは誰?」
「当然、血統と誇りよ。父は大公、母は王族の姫君。私は誰よりも正統な力を受け継いでる。だからあんたみたいな偶然の力には絶対に負けられない」
セリーネの言葉は冷たく、そして痛烈だった。
だが、フィリアは一歩も退かない。
「私の力は、偶然なんかじゃない。父が命をかけて繋いでくれた……仲間が支えてくれた……それが私の剣。もしそれが選ばれてないって言うなら、私は——選ばれなくてよかった」
「ふん。なら、その剣で私に追いついてみなさい」
言い残すと、セリーネは踵を返し、訓練場を後にした。
その背中を見送りながら、フィリアは小さく息を吐いた。
(強い……けど、それだけじゃない。彼女の剣には、何か深い傷がある)
フィリアはそう感じ取っていた。
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その夜、フィリアは書庫で一冊の古文書を読みふけっていた。
「……血の契約が、まだ終わっていない?」
ダリウスとの戦いで解かれたはずの魔族との契約。それが一部、まだ王族や貴族たちの間に継承されているという記述があった。
——そして、アークラウド家の家系図には、かつて魔族と直接契約を交わした“始祖”の名が刻まれていた。
「まさか……セリーネが?」
真相はまだ闇の中だったが、ひとつだけ確かなことがある。
彼女はただのライバルではない。
自分と同じく血の因縁に絡め取られた存在。
だからこそ——
「負けられない。彼女を理解するためにも」
静かに拳を握るフィリアの瞳に、再び闘志が灯った。
そして、新たなる戦いが始まる。
——それは、剣と血と、そして心の物語。