災厄の目覚めと親子の決戦
王都に、血のように赤い月が昇った夜——。
空気が裂けるような音と共に、王城の上空に黒き亀裂が走った。その裂け目から滲み出るのは、魔に満ちた瘴気。そしてその中心に、かつて討たれたはずの魔王を遥かに凌駕する存在が、姿を現した。
「……来たか、ダリウス」
レオン・ヴァルグレイヴは、剣を静かに抜き放った。刃が月明かりを受け、血のように煌めく。
フィリアはその隣で、剣と杖を構える二刀の構えを取る。冷たい風が銀の髪を揺らし、目には確固たる決意が宿っていた。
空に浮かぶ魔族王——ダリウス。黒き衣をまとい、目には虚無の光を宿す。かつての戦いでレオンと交わした誓約の証、魔の紋章がその額に浮かび上がっていた。
「久しいな、ヴァルグレイヴ。だがもう貴様は過去の遺物だ。今度こそ——我が前に跪け」
空間を裂いて降臨した魔王の一声で、地上の魔族たちが一斉に咆哮を上げる。
「フィリア、忘れるな。お前が戦う理由は、正義でも名誉でもない」
「……私自身の意思、そしてこの世界の未来のために」
娘の声は震えていなかった。覚悟が、その言葉を支えていた。
「よく言った」
レオンは、静かに笑った。それは戦場で決して見せぬ、父親の顔だった。
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開戦の号砲は、王城の大鐘だった。魔族の軍勢が突撃を開始し、王都防衛の結界が閃光を放って砕け散る。
その中を、フィリアは疾走した。
「こっちは任せろ、フィリア!」
背後から声を上げたのは、グラム・バルド。彼女のライバルであり、今や信頼すべき戦友だった。剣を振るう彼の姿に一瞥を送り、フィリアはさらに前へ。
「シェリスさん、援護を!」
「了解。氷壁、展開——!」
仲間たちが繋いだ道を駆け抜け、フィリアはついに魔王ダリウスと対峙した。
彼女はその巨大な魔力に圧倒されそうになりながらも、一歩も退かずに言った。
「あなたが、父と交わしたという誓約。それがこの世界を縛っているなら、私がそれを断ち切る!」
「戯言だ。血によって繋がれし契約は、誰にも破れぬ。貴様の中にも、それは脈々と息づいているのだ」
次の瞬間、ダリウスは手を掲げた。
世界が震えた。
闇の奔流が王都全体を包み込もうとする中——
「……終の一閃」
レオンが動いた。
空気すら斬り裂く剣閃が、闇の波を真っ二つにした。
父と娘、並び立ったその姿は、かつての伝説そのものだった。
「父さん……!」
「フィリア。ここから先は、お前が決めろ」
「え?」
「俺は過去の決着をつける。だが未来を選ぶのは、お前だ。俺たちの戦いは、ここで終わる。だが、お前の戦いは——ここから始まるんだ」
レオンは、ダリウスに歩み寄る。
「ヴァルグレイヴ家の名にかけて、今度こそ、終わらせる」
その言葉に、ダリウスは薄く笑った。
「面白い。ならば最後の審判を受けるがいい、戦鬼よ」
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刹那、地を砕き、空を裂く戦いが始まった。
レオンとダリウスの激突は、まるで神話の再現のようだった。剣と魔のぶつかり合い。衝撃の余波だけで建物が崩れ、兵士たちが吹き飛ぶ。
フィリアは、その光景を見ながら、自らの使命を見つめ直していた。
自分の中に流れる古代勇者の血。
父が背負った契約。
そして、仲間たちの命。
「私は守るために戦う……それが私の剣だ!」
フィリアは詠唱を開始した。
「封ぜし血の契約、我が名にて解かん——〈アーク・ルーン・エンゲージ〉!」
蒼き光が彼女の体を包み、背中に六枚の魔法陣が展開される。
それは勇者の系譜にのみ許された、最終魔法形態——『血統解放』。
「行くよ……!」
父が打ち合う背後から、フィリアの魔法が放たれた。
ダリウスの魔障壁を貫き、闇の肉体を穿つ閃光が奔る。
苦悶の声を上げた魔王に、レオンが突進した。
「終の一閃——真なる型!」
次の瞬間、世界が白に染まった。
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気が付くと、フィリアは崩れた王都の瓦礫の中に立っていた。
魔族の軍勢は消え去り、空は穏やかな蒼へと戻っていた。
「父さん……!」
彼女が駆け寄った先に、レオンはいた。満身創痍の体で、剣を地に突き立て、立っていた。
「……やったか?」
その問いに、フィリアは力強く頷いた。
「うん。世界は……守られた」
レオンはゆっくりと目を閉じ、微笑んだ。
「よくやった……俺の、誇りだ」
「……父さん」
その夜、世界は静かに夜明けを迎えた。
戦鬼の時代は終わり、少女の伝説が始まる。
——そして、世界は次の物語へと歩み出していく。