契約の誓い、血の継承
祭壇を包む霧が完全に晴れたとき、そこに広がっていたのは、古びた石造りの広間だった。
壁一面には古代語で綴られた誓約の文字。中心に置かれた石碑には、かつてこの地で結ばれた契約の象徴たる紋章が刻まれていた。
「……父もここで、契約を結んだの?」
フィリアが呟くと、メルティアが静かに頷く。
「ええ。レオン=ヴァルトもこの場所に立った。ただし、彼は誓いではなく拒絶を選んだの」
「拒絶……?」
「そう。彼はあのとき、契約を否定し、己の力で生きる道を選んだ。戦鬼としての孤独な道を」
言葉の意味を、フィリアはすぐには理解できなかった。
だが、心の奥底で、彼女はすでに気づいていた。
父がなぜ、あのとき娘を巻き込まぬために姿を消したのか。
「……私は違う。逃げない。たとえ契約に呑まれるとしても、私は継ぐ。この力も、この血も……父の願いも!」
「ならば、証明してみせて」
メルティアの言葉と共に、契約の石碑が淡く光を放った。
その輝きがフィリアの足元に魔方陣を描き、空間を揺らがせる。
そして——現れたのは、獣人の守護者。銀毛の魔族ガルア。
その存在は、ただそこにいるだけで空気を震わせるほどの威圧感を放っていた。
「人間の娘よ。おまえに、継ぐ資格はあるのか?」
「ある! 私は——」
「名乗れ。血の名を。誓いの言葉を」
試されるのは、力ではない。
意志。
それこそが、契約に必要な鍵。
フィリアは剣を手に、瞳を逸らさずに叫んだ。
「私は、フィリア=ヴァルト! 戦鬼レオンの娘! 私はこの血を誇りに思い、この力を誓いに変える!」
その瞬間——魔方陣が赤く燃え上がる。
空間を満たす力が渦を巻き、フィリアの体に刻まれた紋様が共鳴を始めた。
だが、それと同時に——記憶が流れ込んでくる。
父がここで何を思い、何を選び何を背負ったのか。
そして、彼が最後にこの地を去る時に残した、ただ一つの言葉。
「もし我が子がここに辿り着くのなら——私は願う。彼女が、自分の意志で選び取ることを」
「……父さん……!」
涙が頬を伝う。
けれど、それは弱さではなかった。
それは、彼女が選んだ証。
力を受け継ぐ者ではなく、意志を繋ぐ者として。
——そして。
「……その覚悟、確かに見届けた」
ガルアが静かに膝を折る。
「汝の血と意志、確かに継承と認めよう。今より汝は《誓約の継承者》——新たなる契約者である」
その瞬間、石碑が強く輝き、フィリアの剣に新たな紋章が刻まれた。
それは、かつてレオンが拒絶し、フィリアが選び取った証。
世界に一つだけの継承の印。
だが——それと同時に空間が再び揺らぐ。
「っ……これは……!」
セリーネが叫ぶ。
「契約の波動が……何者かに感知された!?」
ガルアが顔をしかめる。
「来るぞ……もう一つの継承者が」
「まさか……!」
フィリアが振り向いた先——
空間を裂いて現れたのは、一人の男。
赤い外套、氷のような瞳。
そして、額に浮かぶ契約の痕。
「レオン……!?」
いいえ、違う。
その男は、かつてレオンと同じ契約の刻印を持っていた——
「ゼノ=ヴァルト。レオンの兄であり、元・魔契の継承者」
「久しぶりだな、フィリア。いや、レオンの娘よ」
彼の唇が歪む。
「契約」は終わってなどいなかった。
今、再び——血と誓いを巡る戦いが始まる。




