王の鍵、継がれし者たち
フィリアは、あの夜の戦いを夢に見る。
父と同じ剣を振るい、誰かのために命を賭けて戦う夢。
そのたびに胸を締め付けるのは、まだ父レオンが何を抱え、何と戦っていたのか——彼女には分からないという事実だった。
そしてもうひとつ。
「契約を裏切った……って、どういうことなの?」
あのときエルネストが口にした言葉が、心の奥でずっと引っかかっていた。
真実を知るには、過去と向き合わなければならない。
そう思った矢先だった。
====
王都の東にある古文書保管庫。
そこに、封印指定を受けた一冊の本がある。
《魔契記録書》
王家に連なる者と、契約の異端を交わした者の記録が残された禁書。
それを読み解く鍵——王の鍵を持つ者は、歴代の王家とごく少数の守護者だけとされている。
「なのに、なぜ私にそれが渡されたの?」
フィリアの手にあるのは、金属の文様が刻まれた鍵。
それは、王直属の軍師から「レオンの遺志」として託されたものだった。
「彼は本当は……何を遺そうとしたの?」
フィリアは静かに扉を開けた。
中は、異様な静けさに包まれていた。
棚の隙間を歩き、記録書の前に立つ。
重々しいページをめくった瞬間——
「ようこそ、契約の後継者」
声が、響いた。
空気が揺れ影が現れる。
フィリアが剣を抜こうとするより先に、柔らかな足音が響く。
現れたのは、黒髪の少女だった。
均整の取れた細身の身体に漆黒のドレス。だが瞳は透明な灰色に輝いていた。
「はじめまして、フィリア・アルバ=ガルド。私はメルティア=ファルス。かつて、あなたの父と共に戦った契約の魔女よ」
「父と……?」
「ええ。そして、あなたのライバルよ」
まるで当然のように告げられたその言葉に、フィリアの動きが止まる。
「あなたはまだ、鍵の力も、契約の意味も知らない。……ならば、私は先にそれを手に入れる。あなたを追い越して、王を継ぐのは私」
その瞬間、周囲の影が渦を巻いた。
メルティアの背中から、黒い魔法陣が浮かび上がる。
「止めるなら、力で証明して。これが、選ばれし者のルールよ」
「……上等じゃない」
フィリアが剣を構える。
空間が裂け、二人の間に放たれる魔力と斬撃。
光と影の激突。
だが、その激闘は不意に——止まった。
====
「フィリア! 下がって!」
飛び込んできたのは、セリーネとツバサ率いる王都魔術師団。
「魔力反応、第二位階に到達。あれはもう個人の域を超えているわ!」
セリーネの叫びに、フィリアはわずかに口を開く。
だが、メルティアは微笑むだけだった。
「今日はここまでにしておくわ。次は、契約の祭壇で会いましょう、フィリア」
彼女の姿が、影の中に溶けて消えた。
残された静寂の中、フィリアの心は奇妙な興奮に震えていた。
(あれが……私の、ライバル)
そして、その存在が教えてくれた。
この戦いは、父の遺志だけでなく——
私自身が、誰かを守るために強くなる物語なんだと。
====
一方その頃。
王都の外れ、崩れた神殿跡にて。
エルネストは、廃墟の中央に立っていた。
「メルティアも動いたか。やはり、器としての資質はフィリアに軍配か……」
その傍らに、銀の髪をした女が現れる。
「エルネスト様。契約の準備は?」
「整っている。あとは、あの剣が覚醒するのを待つだけだ」
そう呟いた彼の眼差しは、遥か王都の方角を見据えていた。
その先に、戦鬼の血を継ぐ少女——
フィリア・アルバ=ガルド
すべての始まりと終わりを紡ぐ鍵が、彼女の手に託されていることを知って——




