表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

引退冒険者、娘と剣を交える

「——おい、フィリア。殺す気か?」


「うん、本気でいくって言ったよ?」


 木剣が唸りを上げ、レオンの頬をかすめた。


 次の瞬間、父の足がすっと動き、娘の背後に回り込む。


「甘い」


「ひゃっ……!?」


 スパン、とフィリアの尻が芝に吸い込まれた。


「……一本」


「ちょ、ずるいっ! それさ剣っていうか暗殺術じゃない!?」


「剣とは勝てばよいのだ。文句は勝ってから言え」


「くっそー……!」


 空は快晴。風は心地よく、鳥が鳴いている。


 ここは、世界を救った英雄が隠居した田舎の村。その英雄の娘が、毎日ボコボコにされている場所でもある。


「でも、だいぶ動けてたな」


「えっ……?」


「三手目までは、俺でもギリギリだった」


 そう言って、父——レオン・ヴァルグレイヴはニッと口元を緩めた。


 それは、戦鬼と恐れられたかつての最強冒険者が見せる、数少ない父の顔だった。



====

「……ところで父上」


「やめろその呼び方は」


「いや、なんか最近、貴族の娘っぽい話し方の訓練してて」


「お前は羊追いの農家の娘だ」


「剣も魔法も教えてくれる農家ってなに?」


「……農業、極めるのも奥が深いぞ」


 レオンはそう言って、肩から鍬を下ろす。戦場で剣を振るうより、今の生活の方が疲れると最近は思い始めていた。


 平穏。静かな日々。娘との他愛ない時間。


 ——この日常を、守りたいと思っていた。


 だが、世界はそれを許してくれない。



====

「緊急事態! 魔族の群れが街道沿いに出たぞ!」


「戦闘可能な者は急げ! 防衛戦だッ!」


 怒声が村を揺るがす。


 レオンは一瞬、空を見上げ、そして言った。


「フィリア。帰れ」


「無理。行く」


「命令だ」


「なら、剣を置いて私の手を取って」


 少女の蒼い瞳が、まっすぐに父を射抜いた。


「私、弱くない。お父さんが育てた娘だよ?」


「……」


 レオンは、黙って倉に向かう。


 そこにあるのは、封印した剣。神造の魔剣アルドレイヴ。魔王を断ち、国を救った伝説の刃。


 その鞘を手にした瞬間、空気が変わる。


 草が震え、鳥が逃げ、風が止まった。


「よし、行くぞ。俺の後ろから離れるな」


「うんっ!」



====

 夜の街道。焚き火のように赤く揺れる魔族の瞳が、こちらを睨む。


 魔族兵が十数体。中心に立つのは、漆黒の仮面をつけた将級の魔族。


「……戦鬼レオン。生きていたか。面倒な奴が出てきたものだ」


「それはこっちの台詞だ。こんな田舎にわざわざ、何しに来た?」


「お前の娘に用がある」


 その言葉に、レオンの殺気が爆ぜた。


「……悪いが、俺の娘に触れた瞬間、世界から消えることになるぞ」


「面白い。やってみるがいい!」


 戦いが始まった。


 剣が閃き、炎が走る。風がうなり、影がうごめく。


 父の剣が雷鳴の如く魔族をなぎ払い、娘の魔力が閃光のごとく空を焼く。


 この夜、伝説が蘇る。


 そしてその傍らには、もうひとつの伝説の種が芽吹いていた。


——世界最強の親子の物語が、いま始まる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ