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共鳴するカデンツァ  作者: 蒼原 エリス
未完成の旋律
3/4

涼和との相談

夜景が煌めく都会の高層ビル。その一角にある洗練されたスタジオを訪れた茉莉は、少し緊張した面持ちでガラス扉を押した。中には、シンプルながらモダンな内装が広がり、壁一面の窓からは東京の夜景が眺められる。


「どうぞ。」


中から冷静な声が聞こえ、茉莉は少し息を整えて足を踏み入れた。スタジオ内のデスクには、鎌倉涼和(かまくら すずか)が座っていた。彼はパソコンの画面を見つめながら、手元にある何枚かの資料に目を通している。


「また未完成って悩んでるんだろう。」


茉莉がまだ口を開く前に、涼和が彼女を見ずに言った。


「さすがに察しが良いですね。」茉莉は苦笑しながら、手に持っていた楽譜を差し出した。


涼和は彼女から楽譜を受け取ると、机に広げて目を通し始める。その表情は一見冷静だが、どこか優しさがにじんでいるように見える。


「窓辺で待ってろ。すぐ見るから。」


涼和の言葉に従い、茉莉はスタジオの隅にあるソファに腰を下ろした。目の前には都会の夜景が広がり、ビルの光が穏やかなリズムで瞬いている。


だが、茉莉の心は静まらない。手のひらを見つめながら、無意識に膝の上で指を組む。


(これで大丈夫だろうか。本当に私の音楽は、誰かの心に届くのだろうか。)


そんな自問自答を繰り返していると、不意に涼和の声が響いた。


「悪くないな。」


「え?」茉莉は驚いた顔で彼を見る。


「お前の楽譜だよ。悪くない。でも、悪くない程度で満足するお前じゃないはずだ。」


その言葉に茉莉は苦笑いを浮かべた。


「分かってますよ。でも…どうすればいいのか、自分でも分からなくて。」


涼和は楽譜に目を落としたまま、小さく鼻で笑った。


「お前の曲は真面目すぎるんだよ。ここ、完全に手堅い進行だろ?」


涼和は楽譜の一部を指差した。


「新しい音を入れようとした形跡がない。お前らしくないな。」


茉莉はその指摘に一瞬眉をひそめたが、すぐに反論した。

「でも、奇をてらうのが目的じゃないですよね?そんな音楽は私らしくない。」


「その通り。」涼和は軽くうなずいた。


「でも、問題はそこじゃない。お前が自分の音楽を信じてない、それが一番の問題だ。」


その言葉に茉莉は息を呑んだ。自分でも気づいていなかった弱さを、涼和はあっさりと見抜いてしまったような気がした。


「世界を変える音楽なんていらない。お前が、お前自身を信じられる曲を作れ。それが一番強いんだよ。」


涼和の真剣な表情と言葉に、茉莉の胸の中に小さな灯がともるような感覚が広がる。


「…お前の音楽は、未完成じゃない。ただ、“続いてる”だけだ。」


「続いてる…?」茉莉はその言葉の意味を反芻した。


「曲が終わらないのは、まだ届けるべき人がいるってことだ。」


涼和は窓辺に立ち、夜景を見つめながら静かに語った。その横顔には冷静さだけでなく、何か熱い信念が垣間見えた。


茉莉はその言葉に力をもらい、小さく微笑んだ。そして、そっとイヤホンを外し、自分が作りかけているメロディを再生した。


「どうですか?正直、自分でも自信がなくて…。」


涼和は音を聞きながら腕を組み、少しの沈黙の後に口を開いた。


「悪くない。」


その言葉に茉莉はほっとしたような表情を浮かべる。


「でもな、悪くない程度の曲で満足するお前じゃないはずだ。」


茉莉は頷きながら楽譜を見つめ直す。そして、涼和の指摘を受けた部分に新しい可能性を模索し始めた。


「…ありがとう、涼和さん。」


「礼を言うのは完成させてからにしろ。」


涼和のぶっきらぼうな言葉に、茉莉は微笑みながら頭を下げた。彼のアドバイスは時に厳しいが、その奥には茉莉を信じている思いが確かにあった。


再び楽譜と向き合う茉莉の姿を見て、涼和はそっと微笑む。彼女の音楽がまた一歩前に進む瞬間を見届けた彼の瞳には、どこか期待に満ちた輝きが宿っていた。

次回の更新は

1月15日(水)0時00分です!お楽しみに!

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