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マーメイヌ子爵家

「ようこそおいで下さいました。ボーセイヌ様」

 マーメイヌ子爵家に向かったオレを出迎えたのは子爵当人であった。

「マーサから聞いたのだが、体調がすぐれないそうだな。子爵」

「え、ええ。多少体調を崩しておりましたが、いまはこの通り快復しております」

 子爵の状態は傍目に健勝そうではあるけれど……。

「ふん。そうか。ともあれ、オレの目的は見舞いだ。これは見舞いの品だ。ありがたく受けとっておけ」

「……お心遣い痛み入ります」

 ゲームだと子爵は体調を崩してそのまま亡くなることになるんだよ。そして、子爵家に跡継ぎになる男児はいない。王国法において、これがどういう事態をまねくかといえば、マーメイヌ子爵家そのものが取り潰しとなり、貴族家としては断然の形となる。所領については、新たに中央から功績のある貴族の子弟に領与えられることになってしまうのだ。

「娘のためを思うのであるなら、せいぜい長生きするんだな」

 流石にというか、このオレの物言いに子爵の表情がわずかに曇ったのが見てとれた。子爵が齢11歳であるオレの尊大な言葉に対して窘めることすらできない理由は正にそこにあった。

「それは、もちろん。承知しています」 

 近年、子爵領はいくつかの天災に襲われたことで深刻な不作に悩まされていた。そのため、子爵は貴族や商人などから資金を借り受けて領内に投資をしていたが相次いだ災害に投資は失敗した。そこをボウセイ家に付け込まれることなった。

「私が生きている間に必ず返済致しますので、娘をどうかお見捨てになりませんよう重ねてお願い申し上げます」

 ボウセイ家、現代理領主である叔父の発案になるのだが、叔父は秘密裡に子爵が資金を借り受けていた貴族家や商人のもとを訪ねて子爵の借入金をかわりに返済することで証書を回収した。そうして、その証書を盾に一括の返済を迫ることで子爵の頭を完全に押さえつけたのだ。

「そうならないことを、精々祈るのだな」

 

 王国法において、貴族は優秀でなくてはならない。と定められている。


 それが、いつしか貴族の優性思想を生み出すことになる。


 なにも難しい話ではない。長い年月のなかで解釈の仕方が変化していった結果であった。


 それは、ただ優れた血をもった貴族こそが最上である、と。

 

 これらの要因からボウセイ家は、さらなる高貴な血筋を求めて息子のオレと子爵の娘であるマーサの婚約を成立させた。そしてこの婚約が子爵家の取り潰しを決定付けているともいえた。なぜなら、子爵の次女の娘婿として入るということは、天災に不作、多額の借入金によって立ち行かないことが目に見えている子爵家を継ぐことを意味しているからである。

 もっと簡単にいうと、すでに子爵領は破綻した状態であり王国の手が入らない限り再起は難しいと判断される、ということだ。

 かりに、マーメイヌ子爵のふたりの娘が絶世で傾国の美女であるなら可能かもしれないが、あいにく、彼女たちは貴族家子女として恥じない風貌であり、そんな奇跡が起こることはないだろう。

 子爵家が取り潰されれば、その血筋も落ち目であるとみなされる傾向があるとはいえ、血筋のつながりは機縁を生むものだ。血筋は位の下の者とってはあるにこしたうえに、厄介で面倒な縁であるなら没落していることを理由にして距離を置いてもいいという使い勝手の良さだ。

 そして、あくまでもゲームの設定上の話になるが子爵は1年半後に病死する。マーサはオレの婚約者としてボウセイ家に住まいをうつすことになるが妹は別だ。妹は平民として娘として元子爵領の片隅で暮らすことになる、のだが……。

 世間は子爵家の娘に甘くなかったようで、あれよ、あれよと騙されて娼婦へと身を落として早逝することになる。

 このRPGに直接かかわりのない妹の詳細ををなぜ知っているのかというと、主人公は警備の厳重な領主屋敷に侵入するためのきっかけをさがして街中を散策する。すると、そこに謎の協力者(変装したアーミア)が接触してきて隠し通路の存在を漏らす。その際に「私は頼まれたの」(真偽は謎) といって『女性の手記』というアイテムを渡してくる。

 別に読まなくてもストーリーは進むだが貴重品アイテム欄を開いて選択すると手記の内容が確認できるのだ。割にボリュームがあり、どこに力を入れているんだとも思うところだが、そういうところにハマってしまう人がいたのも事実だ。

 内容を言ってしまうと、ボウセイ家が元子爵家の娘という価値を利用するため関わっていたことが分かるものであった。ボーセイヌに関するものは終始徹底して悲壮感や憤りを覚える内容だったのはゲームを通じて、何かをつたえようとしたのでは? という憶測すらあったほど。


 あれこれとしたゲーム上の設定はともかく、いまオレは通された応接間で子爵と対面していた。

「私とふたりきりでということでしたが、なにか特別なお話でしょうか」

「下手な探り合いをするつもりはない」と前置きをしたオレは言葉を続けた。

「隠したいようだが体調が快復したというのは、嘘だな」

「っ!?」と子爵が一瞬みせた表情の歪みは如実にオレの言葉が事実であることを表していた。

「な、なにを言っておられるのか。私は、この通りとてもぴんぴんとしていますよ」

 傍目にはそうなんだよなぁ。とはいえ退くわけにもいかないので押し通す。

「最初に、オレは言ったぞ。下手な探り合いをするつもりはない、と。それで娘の待遇が変わるかもしれないぞ」

「……な、何様のっ」と子爵は言葉をとどめたが明確な怒りが瞳に宿っていた。子爵が言葉をとどめたのは自身の理性が働いたことで、オレの言葉の意味を理解できたからだろう。

「さてと、マーメイヌ子爵。お加減はいかがかな」

 

 相手の親心に付けむというのは、なかなかに心にくるな。けれど、このさきを言葉にしなければ、マーサの妹が死ぬ運命のレールになるかもしれない。嫌な板挟みだ。


「いや。もう言葉にする必要はない。オレは子爵が嘘をついていることを確信しているのだからな」

「か、かりにわ、私の体調が優れないとして、なんの話をしようとするのですか」

「なに、大した話じゃない。いま子爵が倒れたら、子爵家はどうなるのであろうかなあ、と心配になってね」

「それでど、どうなると」

「マーサはオレの婚約者として家に留めてやれるが、妹はどうであろうな」

「ま、まさかっ」

「いまのままでは外に放り出すしかないぞ。貴族の娘として育ったお前の娘はちゃんと生きていけるのか。悪い男はどこにでもいるものだし、危ないよなあ」

 オレの言葉の底ある悪意に子爵の表情が歪んだ。

「きさまっ、くっ」とそれでも子爵はあげようとした怒声をぐっとこらえ仇敵を見つけた復讐者ようにらみ上げた。

 

 めっちゃ怖い顔で睨まれているが、妹を保護するためにこうするしかないんだよ。


「いいかよく聴け、マーメイヌ子爵。もうすでに貴領に娘のために蓄えておける余裕など存在しない。そうだろう」

「そ、そんなことはない。なんとか、私がなんとかする」

 

 そう本人が考えていたとしても、病はふいにやってきて子爵の命を絶つことになるのだ。もちろん何もしないわけではないが最悪の前にも備えておくべきだろう。

 

「なんとかするだと。冗談も休み休み言え。できるはずがない。そうでなければ、オレとマーサが婚約などするはずがないからな。なら、どうする。娘をひとり働かせるのか。子爵家の子として育ち、いまだ成人にすらとどかぬ幼子を。よく考えみろ」


 子爵はどうにもならない現実という名の苦みに表情を曇らせて視線を左右に揺らし打開しうるなにかをさがしているようだが、即座に言い返す言葉がないことがすべてをあらわしていた。なので、ここで畳みかけるしかないと、そう決意してもう一言差し込んだ。


「あくまでも、聞いた話なんだが貴族の娘は娼館に高く売れるそうだなあ。選択を誤るなよ。マーメイヌ子爵。別にとって食おうという話ではない。オレに逆らうことのない忠実な使用人をこさえておくのも悪くないと考えての善意の申し出だぞ。次はない」

「ぐっぅ」と子爵は唇をかみしめて血の涙を流しそうなほどに苦渋の表情をみせた。拳は握りすぎて血が出ている。

「わか、りました。娘を、よろしく……お願いします」 

 子爵はどうにもならないと肩を落として俯き加減に告げてから頭を下げた。

「ふん、さっさと言えばいいものを、手間を取らせるな。妹はすぐにこっちに寄越せ。使用人としての下地づくりは速い方がいいからな」 


 もし、これが杞憂であったなら、それはそれでいい。


「ああそうだ。もう貴族の娘として扱われることはないと、よくよく伝えておくんだな。3日後に引き取りに来る。それまでに用意をさせておけ」


 実際のところ、この非道ともとれる娘を差し出せるという行為は農村など不作が続いた土地では口減らしのためにわりに見かける光景であり、貧乏な貴族家なら男女問わずに奉公や行儀見習いなどと名を変えて行われている。

 ゲーム自体は全年齢向けのであったこともあり表現はぼかして提供されていたが、そういう世界観であったということだ。


 オレが恨まれるだけで、救われるかもしれない命がいるのだ……。間違っていないはずだ。


 その帰り際の馬車のなかで、護衛のアリフールが尋ねてきた。

「なぜ、そのような振る舞いをなさるのですか」と。

「なにをいっているのかわからないな。はっきりと言え」

 そうオレが言葉にするとアリフールは「差し出がましい口を挟みました」と返して沈黙した。

 

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