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第1話 登校初日の朝。スカートから覗く太ももは白かった。

 ゆさゆさ、と。

 心地良い揺れが僕を微睡みから目覚めさせていく。

 瞼の上から瞳を照らす陽光が眩しい。

 微睡みながらも、ゆっくりと瞼を開く。すると、見慣れていてもドキッとしてしまう、整いすぎた顔が視界一杯に広がった。


「……起きた?」

 眠たげにも映る暗い瞳に、僕はコクッと頷く。朝一番に見るには、心臓に悪すぎる顔だ。

 どうやら、ベッドで寝こけていた僕の肩を揺すって、起こしてくれていたらしい。ベッドの脇で膝を付き、覗き込むような体勢を取っている。


「なにそれ。子供みたい」

 嘲笑するように笑われてしまう。

 それを恥ずかしいと思うには、まだまだ頭が目覚めていなかった。

 上体を起こし、あぐらをかく。


 ぽやぽや、と。働かない頭の中、視界は鎖錠さじょうさんを映す。いつもながら、死んだような目に、美しすぎる顔立ち。

 けれども、僅かに違和感があった。

 それがなんなのか、睡魔の残る頭ではなかなか判然としなかったが、彼女の大きな胸に目が止まり、あぁ、と理解する。そして、首を傾げた。


「なんで制服……?」

「は?」

 ぼけっと閉じ忘れた口から零れた疑問に、鎖錠さんが冷たい声を発する。怖い。

 喉から響く低音。ぞわりと、悪寒が走る。


 真っ黒な目は、本当に理解できないのかと僅かな失望を宿している。

 唇をムッと結び、不機嫌さを顔に出す。

 えぇーっと。なんだっけか。鎖錠さんが制服を着てる理由理由……?

 閃いた。パンッと両手を合わせる。


「コスプレ?」

「死にたいの……?」

 どうやら違ったらしい。


 鎖錠さんの顔半分に影が差して、もはや表情すら伺いしれない。

 朝一番から機嫌が急転直下。多分、次間違えたら水風呂にでも突っ込まれるかもしれない。しかも、氷を入れてキンキンに冷やしたやつ。死ねる。


 あぁでもないこうでもない。

 寝汗とは異なる汗が背中を伝うのを感じつつ、必死に昨日のことを思い出す。

 そう。確かおっぱいに埋もれて……じゃない。忘れがたい、とても幸せな記憶だけれど、今必要なのは鎖錠さんが朝から制服に着替えている理由だ。


 ん~? んー…………あ。

「一緒に学校へ行くのか」

「忘れてたの?」

 非難がましい声。

 不貞腐れたように下唇を尖らせる鎖錠さんに、慌てて言い訳をする。


「わ、忘れてたわけじゃない……よ?

 起き抜けだったから、記憶を引っ張り出すのにちょーっと時間がかかっちゃっただけで、ね?

 初代プレ○テのNow Loadingみたいなもの」

「……プレ?

 意味わかんない」

 我ながらわかりやすい例えだと思ったのだけど、鎖錠さんには不評だった。なぜだ。わかりやすいだろ、初代プレ○テ。ディスクの回るキュルキュル音がとても好きです。


「うん、でも、なんだ。えへ」

 にへらっとだらしなく頬が緩んでしまう。

「……なに急に。へらへらして。気持ち悪い」

「辛辣すぎるー」

 見るからにドン引きといった様子。その反応がマジすぎて、ちょっと傷つくけれど。


 ちゃんと約束を守ってくれようとしてるんだなー。 

 別に守らなかったからなにかあるわけじゃない。鎖錠さんが不登校だったのには、彼女なりの理由があるはずで、僕の思いつきなんて受け入れる必要はなかった。


 だから、だろうか。

 鎖錠さんの中で僕が優先されたような気がして、なんとなく嬉しくなってしまう。

 目が覚めきっていない、朝だからというのもあるだろう。

 理性が薄く、心の赴くままに。

 感情が表に出てくる。胸があったかくなって、にへーっと頬が吊り上がるのがわかる。


「一緒に行けるの、嬉しいなぁって」

「なに、ほんとに……」

 困ったように、むずかるように。

 ふいっと顔を背けてきびすを返す。


 ふわりとスカートが舞い、白い太ももが露わになる。私服はズボンを好むので、目にする機会のなかった肌色に目が釘付けになる。

 ……ほぼ裸みたいな姿は見たことあるけれど。その時とは異なる感情の高ぶりがあった。フェチズム?


 うぅん、エッチだ。

 そんな僕の邪念に気が付いたのか、部屋を出ていこうとしていた鎖錠さんがドアノブに手をかけピタリと立ち止まった。

 ふぇ。ぶんぶんっと首を左右に振る。


「見てない見てない。

 パンツは見てないから」

「……違う」

 あ、そう。


 ホッとしたが、結果自白した形になり「変態」と、スカートの裾を押さえながら振り返った鎖錠さんに睨みつけられてしまう。

 ごめんなさい。でも、本当にパンツは見てないし、その反応が余計にエッチだと思います。言えないけど。


「そうじゃなくて……。

 だから……」

 なにかを口にしようとしては詰まる。

 だから私も、と彼女はスカートが皺になるのも構わず、強く握って指先で擦る。

「…………。

 ……朝ごはん、できてるから。

 それだけ」

 耐えきれず、逃げるように部屋を飛び出した。


 閉められることなく、僅かに開いたままの扉。

 その中途半端な状態が、鎖錠さんの心を表しているようだった。


 多分、言いたいことは違う言葉なんだろうな。

 本当はなにを言いたかったのか。彼女の口から聞いてみたくはあったけれど、予想はつく。

 あの可愛らしい反応が如実に語っていた。僕と同じ気持ちだと。

 そうだといいなー、となんだかやっぱり嬉しくなって、夢見心地のままボフリと顔からベッドに倒れ込んだ。すぴー。


 結果、

「……起こしたよね?

 冷めたんだけど、朝食」

「…………ごめんなさい」

 朝の食卓は、それはもう冷めきっていた。色々な意味で。


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