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【Web版】玄関前で顔の良すぎるダウナー系美少女を拾ったら  作者: ななよ廻る
最終章

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第3話 引っ越しお蕎麦は食べるものか、配るものか

 新居のリビングに積まれたダンボールにへの字で乗っかって、だらーっと手足から力を抜く。干された布団のような有り様に、鎖錠さんに呆れた目を向けられてしまうけれど、しょうがないのだと開き直る。


 新生活というのは、変化に追われる日々だ。慣れるまでに時間がかかる。

 けれども、その変化にも耐えられる類のものとそうじゃないものがあるわけで。


 大学に入学して早々だけれど、ダンボールの上で干されるぐらいには疲労困憊になっていた。

 どの講義にするかーとか、大学内のどこになにがあるかーとか、誰も想像する新しい変化というのもある。

 やっぱり環境の変化っていうのは、緊張の連続で心をすり減らすものだ。


 けれど、一番の問題は僕じゃなく。

 へばりながら顔を動かす。新しく買ったエプロンを身に着け、魅惑的なお尻を振りながらキッチンに立って昼食を準備している原因(鎖錠さん)

「モテすぎなのよねー……ほんとさぁ」

「……どうでもいい」

 僕のぼやきに、鎖錠さんが背中を向けたまま返す。

 本人はそうなんだろうけど、周りはそうもいかないのだ。


 やれ、綺麗だねとか。

 やれ、なんの講義受けるのだとか。

 やれ、彼氏はいるのとか。

 やれ、一緒にお昼を食べないかとか。


 まー想像できるナンパ的な台詞はほぼ網羅したんじゃないかってぐらい、声をかけられた。隣に僕が居てもお構いなしで、時には僕をだしに使おうとするのだからたちが悪い。

 わかる。わかりはするのだ。

 高校生の時から顔が整いすぎていて、綺麗だし、格好良いし、その癖胸はおっきいしで、欠点どころか、完璧にパーフェクトだった鎖錠さんだ。

 大学生になって子供の殻を破ると、美しさも洗練されて、息を呑むという表現がピッタリな美女に成長している。

 誰だってお近づきになりたいと思う。僕が鎖錠さんと知り合いじゃなかったら……あー。


「鎖錠さんと初めて大学で知り合っても、絶対話しかけない自信ある」

 言ったらお玉で叩かれた。


 いくら周囲なんかアウトオブ眼中の鎖錠さんとはいえ、ブンブンブンブン虫が飛んでたらやっぱりうざったいようで、

『虫除け』

 と、腕を組んでくるもんだから、僕にまで注目が集まってしまい、まるで芸能人の彼氏にでもなった気分だった。ある意味では間違ってないんだろうけど、一般人である僕にはなかなかに堪え、こうしてダンボールの上で干されているわけだけど。あばー。


 大学生活も始まったばかり。しばらくはこの状態が続くと思うと、開始早々辟易してしまう。普通のキャンパスライフを想像していただけに、ダメージはなかなかに深刻だった。

 しばらくは干物生活が続きそう。


「お蕎麦、できたからテーブル出して」

「あぃ」

 もぞもぞとダンボールから降りる。

 隅っこに立てかけておいた丸形の折りたたみテーブルを引っ張り出して、部屋の真ん中に広げた。


 僕がダンボールの上で干からびていることからわかる通り、まだ荷ほどきは終わっていない。

 引っ越し先のアパートは、リビング合わせて2部屋。片方は寝室に使う予定で、新しく買ったちょっと大きめのベッドが置いてあるのだけれど……組み立て前。

 そろそろ地べたで寝るのも辛いので、今日中にちゃちゃっと作りたいところ。


 とはいえ、大学に引っ越し作業にと、なかなかに時間が取れない。どっちの部屋にも引っ越しのダンボールが積まれていて、1個1個開封していくのも思った以上に手間だった。

 引っ越しがここまで大変なモノだとは思わなかった。広げたテーブルの前であぐらをかいてへばる。と、トレーにどんぶりに湯気立つお蕎麦を鎖錠さんが持ってくる。

 お蕎麦の上にはエビ天も乗っていて、なかなかに豪勢である。


「はい」

「わーい」

 子供みたいに両手を上げて喜ぶ。

 でも、お蕎麦なのはちょっと気になる。小さなテーブルを挟んで正座し、行儀良く手を合わせる鎖錠さんに尋ねてみた。

「お蕎麦なのは、引っ越しだから?」

「……?

 そういうものでしょ?」

 にゃるほど。まぁ、確かに……?


 そういうものだと言われてしまえばそれまでだが、本来近隣にご挨拶のために配るものじゃなかったっけ? と思ったり思わなかったり。

 ただ、これについては僕もうる覚えの知識なのでなんとも言えないので口を閉じる。まぁ、楽ではあるんだよね、楽では。


 ずずず、とお蕎麦を啜る音が響く。ただし、1人分。

「……」

 音を立てず、静かに、ちゅるちゅると。

 可愛らしく見えるぐらいこぢんまりお蕎麦を食べる鎖錠さん。生活環境が荒んでいた割に、所作に品があるのは性格ゆえだろうか。

 それとも、もしかしたら、一般人から見ると敬遠するような母親を反面教師にしたのか。

 逆かもしれないけど。と、鎖錠さんに似ていて、けれど、全く似ていない女性を思い出す。


 思ったことをそのまま口に出そうものなら、矢のように速く鋭い視線が飛んでくるので、ずずずっとお蕎麦を啜って喋れないよう、口を満たす。ぶべっと咽て、「汚い……」と結局不快そうに目を細められてしまったけれど。

 それでも、ティッシュで口を拭ってくれるのだから、鎖錠さんは優しい。対して僕は赤ちゃんだった。ばぶー。


 無言でずずずってしてれば、お蕎麦なんて呆気なく食べ終えてしまう。

 エビの尻尾を2本、つゆの上で泳がせながら、ごちそうさまと手を合わせる。鎖錠さんと出会う前、一人暮らしの時はこんな食事挨拶なんてしてなかったのに。僕も影響を受けているんだなと、少し安心する。

 なにもしたつもりはないのに、与えた影響が大きすぎて、時折、申し訳なくなるから。


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