第4話 意外とあっさり了承された
「違うとは思ってたけど、バカみたい」
なにが違くて、なにがバカみたいなのか。
自嘲気味に吐き捨てる鎖錠さんに困惑していると、下を向いていた暗い瞳が僕を捕らえた。ドキリと心臓が跳ねる。
「で、どうして?」
「どう、してっていうのは?」
喉を引きつらせながら確認すると、元々半分閉じていた瞼が更に下がり、黒い瞳が鋭く研ぎ澄まされる。
こちらの嘘を許さないとでもいうように、鋭利で細い。
まるで、刃物を突き付けられて脅迫されているような感覚に陥る。
「……わかりきっていることを訊かないで」
それとも私の口から言わせるつもり? と視線の圧力が強まる。
無意識に身体が逃げようとしているのか、上半身が後ろに下がった。
わかっているかどうかと言われると、まぁ、わかっていて当然ではあるのだろうけど。
どうして僕が三者面談に出席してほしいのか。
どうして……鎖錠さん母に会ってほしいのか。
言いたくないなぁ。
下唇を甘く噛む。
説明したら鎖錠さん母と隠れて会っていたことも突っ込まれるだろうし。
その時の反応を想像するとあまりにも怖い。
平手で許してくれるかな? 鎖錠さんの場合グーが飛んできてもおかしくないけど。
ただ。
ここまできて隠すわけにもいかないのは自明の理で。
黙秘したところで鎖錠さんの機嫌が下降するのは間違いなく。
どっちにしろ怒られるのであれば、まだ話した方がマシだと、僕は乾いた唇を舐めて滑りを良くする。
「……先生に三者面談の話を鎖錠さんにしておいてって言われて」
「その時点で色々おかしいけど」
続けてと促される。
「鎖錠さんに話そうとしたんだけど、あー、その……。
言うタイミングというか、言っていいものか悩みまして。
どうしたものかと思ってたら、偶然、鎖錠さんのお母様と会う機会がございまして。
娘と一度お話したいということで、その機会を設けるという約束をしちゃったものですから」
「……偶然、ね」
鎖錠さんの言葉に心臓が萎縮する。
恐る恐る彼女の反応を伺うが、酷く淡泊で、怒っているように見えない。
ただ、その内側で一体どのような感情が渦巻いているかは、彼女ではない僕にはわからない。
ただただ一緒にいる。
それだけで良くて、だからこそ心地良くって。
相手の事情に踏み込まないという暗黙の了解があったからこそ保たれていた関係を、今、踏み越えた。
僕はこれを必要だと思っている。
もちろん、もう面倒だから僕を間に挟まず当人同士で話し合えという気持ちはある。多分に。割合多めで。
だからといって、ただそれだけで今の安穏とした関係性を崩したのかと問われれば否定する。
鎖錠さんにとって、僕やこの家は一種逃げ場所であったはずだ。
母親から、家庭環境から。
あらゆる柵から逃避するための駆け込み寺。
だから、自分からなにも語りはしなかったし、僕のことにも踏み込もうとはしなかった。
これはエゴだ。
鎖錠さんのためになる。
そう思っているし、そう願っている。
けれど、それは押し付けであり、彼女が望んだことではない。
せっかく見つけた避難場所を踏みつけて壊すような所業。
そんなことをしでかした僕に、彼女が向ける感情はなんなのだろうか。
失意か。拒絶か。
最悪、殴られるのも覚悟していたが、鎖錠さんの反応は変わらず淡々としたもので、至極あっさりとしていた。
言った僕の方が驚いてしまうぐらいに。
「……しょうがない、か」
浅く吐き出した息はなにを意味するのか。
肩を落とした鎖錠さんは一瞬目を伏せた後、顔を上げる。
「わかった」
「…………いい、の?」
始めから予想通りになるなんて思ってはいなかったけれど。
絶対に憤ると思っていただけに肩透かしを食らう。
導火線に火を付けたのに不発だったというか、弾の入った拳銃の引き金を引いたのにジャムったというかなんというか。
余程意外な顔をしていたのだろう。
テーブルに肩肘を付いて頬を支えると、鎖錠さんはムスッと唇を結んだ。
「なに。その反応」
「あー、いや……その」
「ムカつく」
端的に苛立ちをぶつけられ言葉に詰まる。
「行かなくていいの?」
「いやいやいやっ!?
行ってくださいお願いしますっ!」
机に身を乗り出す勢いで言うと「最初からそう言って」と文句を言われる。
いやまぁ。
その通りではあるのだけど、すんなりと受け止められるのがあまりにも意外過ぎたというか、本物の鎖錠さんか疑いたくなるレベルでビックリしているというか。
動揺して目を泳がせていると、本日何度目かとなるため息を吐かれる。よっぽど呆れているらしい。
「……リヒトが気を遣ってくれているのはわかるから。
言ったら私が怒るかもと思うのは仕方ないんだろうけど」
「そ、そうだよね?」
良かった。理解はしてくれてる。
はふぅ。長く息を止めていた後に吐き出したような開放感。
ようやく肩の荷が降りたと思ったのだけれど、気を緩めるには早すぎたようで。
「ただ――」
と、鎖錠さんがギロリと睨みつけてくる。
そして、スッとテーブルに差し出されたモノを見て、くらっと目眩を覚えた。
「――コソコソされるのはムカつく」
ウサギの形をした一枚のメモ紙。
それは鎖錠さん母と会う約束が書かれたモノで、試練はまだ終わっていないと告げる証拠品に他ならなかった。






