第2話 三者面談に興味のないお隣さん
「三者面談の日程表を配ります。
皆さん、親御さんと一緒に確認してくださいね」
ホームルーム。
教卓に手を付いた先生が、さっそく三者面談の連絡を行っている。
前の席の子から流れるように渡された日程表。
真っ先に確認したのは自分の日程……ではなく、鎖錠さん母娘の予定だった。
無意識に日程表を掴んだ手に力がこもってしまい、掴んだ部分からシワになる。
ただ、そんなことは気にもならず、目をプリントの上から下に流し、『鎖錠』という文字を探し続けた。
そして、見つける。
11月初旬。三者面談の初日だった。1番でこそないが、そんなものほとんど誤差のようなもの。
うっ、と喉から声が漏れる。
今はまだ10月。時間的猶予は十分にあるので慌てるほどではない。
けれど、なんとなく後の方が良かったなと思うのは、宿題の提出日が少しでも長くあれと考えてしまうのと同義だろう。長ければ宿題をやるかというと、むしろダレるのだけど。夏休みみたいに。
ま、まぁ。平気。時間はあるから。
うんうんと自分を納得させ、すっと視線を横に向ける。
「……」
隣では、ペランと後ろに反ったプリントを見下ろしている鎖錠さんの姿があった。
目は口ほどに物を言うなんてことわざもあるように、その暗色の瞳は三者面談への興味の薄さを雄弁に物語っていた。あ、机に捨てた。
こんな態度だ。
鎖錠さん母の出席について知っていたらそれこそ奇跡だろう。ガチャ確率1%未満。100回やっても当たらない。いや、何回訊いたところで答えが変わるはずないのだけどね?
とはいえ、どうあれ確認しないことには始まらない。
一縷の望みに賭けて……というには、既に諦めの精神で。
教壇で三者面談について周知する先生にバレないように、こっそり鎖錠さんに訊いてみる。
「(日程大丈夫?)」
「……?」
僕の質問に、緩慢な動きで顔を向けてくる。
その目は急になにを言っているんだと言うように、訝しげに細められていた。
「(どういう意味?)」
「(いや、その……。
バイトとかと被って、面談に出れないんじゃないのかなーって)」
敢えて三者という言葉を外し、母親について悟られないようにする。
むしろ、そうした態度が逆に勘付かせてしまうかも。
言ってから失敗したと思ったけれど、幸い、鎖錠さんが気にした様子はない。
一瞬、鎖錠さんが目を伏せる。向かった視線の先は三者面談の日程表。
ただ、それも僅かで、そのまま顔を上げて正面を向く。
「(興味ない)」
それだけ。端的に告げられる。
「(……そっかー)」
その興味ないという言葉は三者面談にだけ向けられたものか。
それとも、母親が出席することまで含んでいるのか。
結局、鎖錠さんが知っているのかいないのか、その返答だけではわからずじまいだった。
どうあれ一度話さないといけないんだろうけど、なんだかなぁ。
思考の一部を常に使われてるような感覚というか。
バックグラウンドでスマホゲーが起動しっぱなしというか。
知っているのかな。知らないのかな、と。
考えるだけ無駄。益体もないと理解していても、脳を占拠する思考に頭が重くなったような気がする。
こういう感覚は嫌いだ。
無駄に疲れるから。
考えないようにしなきゃなーと、熱くなる額を指先で揉んでいると、
「(……出る気はない。
バイトもあるし)」
どういうわけか、鎖錠さんが追加情報をくれる。
「(あ、そうなの)」
予想外の出来事に、それだけが無意識に口からついて出た。
そんなわかりやすかったかな、僕。
両手の指で表情を確かめるように顔を擦るがよくわからなかった。
ただまぁ。どうあれ出席の可否が訊けたのは良かった。
いや。出ないというのは全く良くないんだけどね?
鎖錠さんは三者面談に出席しない。
鎖錠さん母が出席することは知らない。
これを前提として……どうしよう。
内心、頭を悩ませる。
僕から鎖錠さんと話し合う場を設けると三者面談を提示したのだ。
なのに、そもそも鎖錠さんが行かないというのは、バツが悪いどころの話ではない。
これからマンションの廊下とかで鎖錠さん母と擦れ違う度、どういう顔をすればいいのか。
笑えばいいかな。なんて思うが、受け取られ方によってはただのクズ野郎ではなかろうか。
「ホームルームを終わります。
では、このまま授業に入ります」
少しの休憩もなく授業に切り替わったことにクラスメートたちが「えー!?」と文句を言うが、「はいはい。教科書出してねー」と先生は軽く受け流している。
妙案は思いつかない。
どうしたものかと授業内容が頭に入ってこないぐらい考え続けたが、放課後になっても良い案は思い付かなかった。
「じゃあ、バイト行ってくるから」
小さく手を振って鎖錠さんを見送った僕は、彼女のいなくなったのを確認して両目を覆う。
あ――、どーするかなー。






