第3話 初めてのお遣い……ではなくお会計
「……お会計1,200円になります」
「クレジットで」
「……はい。こちら、レシートになります。
ありがとうございました」
「ごちそうさま」
軽く会釈して帰っていくお姉さん。
チリンチリンと、ドアベルが店内に響く。
……思った以上にそつなくこなしたね?
声こそ低く小さく、愛想は欠片もなかったけれど、その動作に淀みはなかった。
とても初めてとは思えない。貫禄のようなモノすら感じた。
これには後ろで見守っていた店員さんも感心したようで、頻りに頷いている。
「筋良いねー」
「……はぁ」
「なにか接客とかやってた?」
「いえ」
「そっかそっか。
うん。物怖じしないし、いいね。とっても」
グッと親指を立てる店員さん。
褒められても鎖錠さんはなんの感慨もないようで、店員さんの言葉に適当に相槌をしているだけだ。
そのやり取りを見守っていた僕は、あまりの物覚えの早さにはーっと感嘆の息が漏れる。
少し説明されただけで、慌てることなく仕事をこなせるなんて。
普通、もう少し緊張するし、失敗しないか不安になるものだと思うのだけれど。
肝の太さの違いを見せつけられた気分だ。
それと、地頭の良さも。
学校に通っていなかったせいか、変なところで世俗に疎いところがある鎖錠さん。お弁当のタコさんウインナーを本物のタコと勘違いしたり、ニンジンが刺さったハンバーグを一般的だと思っていたり。
ただ、こういう仕事を一発で覚えて実際にやれてしまうところを見ると、頭は良いんだなーと改めて実感する。
そういえば、と。思い出す。
最近は美味しい料理ばかりだから忘れていたけれど。
一番最初にもらったお弁当に入っていた卵焼きは少し焦げていたし、他のおかずも不格好だった。あまり料理はしてこなかったのだろう。
それからたった4ヶ月かそこらで玄人並の腕前になるのだから、なんでもやれば出来るタイプということか。
時折、妙な勘違いをした料理を作るのだけは変わらないけれど、それはそれ。愛嬌がある。
感心する一方、少し怖くもある。
10月に入り、そろそろ中間テストが待っている。至って普通に学校に通っている僕が、テストの点数で負けるというのは、そういうこともあると思いつつも、なんだかやるい気持ちになる。
普通に負けそうで怖い。
もう少し勉強を頑張ろう。
クリームがデロデロし始めたカプチーノを口に含む。あまぁ……。
その後も暫く僕は鎖錠さんの接客姿を見守っていたけれど。
「……ご注文を繰り返します」
注文取りや配膳も淀みなくこなし、以前から働いていたと言われれば信じてしまいそうなぐらい様になっていた。
「店員さん格好良いねー」
「モデルさんだったりする? それとも、バンドとか?」
「私応援したーい」
「…………。
ご注文はお決まりですか?」
「店員さんをテイクアウトで!」
「……お冷お持ちします」
「あはは! キンキンだー!」
途中、女子高生のグループに声をかけられていたが、……まぁ、それは許容範囲ないだろう。
顔良すぎるし。格好良いし。
声をかけたくなるのもわからなくはなかった。
相手は女の子なのだから、目くじらを立てるほどじゃない。
男だったら死すべし。
「…………結局杞憂だったなぁ」
前のめり。心配し過ぎ。親バカ……ではなく、同居人バカ? なんだそりゃ。
内側が白で汚れたグラス。結露で濡れた表面に、熱くなった額をくっつける。つめたーい。
接客態度にやや難はあれど。
特に心配していたようなことはなかった。1時間ほど滞在したが、男性客が訪れることもなく、この分ならナンパされる可能性も低い。
結局、ほとんどの時間、手際良く仕事をする鎖錠さんの姿を「……いいなぁ」と眺めていただけだった。
……なんか、改めて考えるとヤバいな。
これでは鎖錠さんの追っかけというか、ストーカー染みている。しかも、女装。
我が身を振り返ってみると、いくら心配だったからとはいえこれはやり過ぎだったと戦慄してしまう。
しかも、そのことに全て終わってから気付くのだから、どれだけ視野が狭くなっていたのか。
なんだか自分を信じられなくなってしまいそうだ。
……帰るかぁ。
氷まで溶けて、もはやカプチーノの形を成していないというか、飲み物かも怪しいモノを一気に飲み干す。ガムシロップを直接飲んだように、喉に絡みつく感覚。うっと小さくえずく。
水で流したくても、お冷はもう空っぽだ。グラスを振ると、小さく溶けた氷の粒がカランッと円を描くように底を回った。
今更お冷だけ頼む気も起きず、帰るまで我慢を決める。
席を立つ。黒いスカートが揺れて心許なさを感じつつも、級友女子の指示を思い出し大股にならないよう淑やかさを意識して歩く。レジに向かう。
ただ、そこには最後の難関が待ち受けていた。






