第4話 否定系は意気地のない同棲男子の常套句
言葉に詰まる。
二の句を告げない。
口を開けては閉じて。その繰り返し。
鯉みたいだと、心のどこか。冷静な自分がぼやく。
じっと鋭利な刃物のように細められた瞳が眼前に迫り、短剣を突きつけられたような気分になる。
なんて答えるべきか。なんて……言えばいいのか。
白で塗りたくられた頭をどうにか動かす。漆喰の壁のように思考がザラザラしていた。
じわりと唾液で溢れた口の中で溺れる舌を外気に触れさせながら、問い詰めてくる眼差しに耐えきれず逃げるように顔を背けた。
そして、ポツリと、どうにか声を絞り出す。
「…………。
き、嫌いじゃ……ない」
「でたー」
呆れ返ったとばかりに、級友女子がジト目を向けてくる。
「否定形で逃げるやつー。
情けない男の常套句ー。
童貞は皆否定形で誤魔化せると思ってるんだからなーもー」
逃げてるのはわかってるけど、そこまで言う?
あまりにも包み隠さないストレートな罵りに、グサグサと言葉が胸に刺さる。
だからといって、違うんだよーと言い訳もできず。
『なにが違うの?』なんてさらっと返されても答えなんて用意していないわけで。
「色々あるんだよ。色々」
結局、お茶を濁して誤魔化すしかなかった。
いや、これはこれで『色々ってなに?』と訊かれたら困るんだけど。
「色々……ねぇ?」
本心を透かして見ようとするように、眼前に広がる瞳は鋭利さがなくなり、望遠鏡のレンズのように丸くなった。
本当に見透かされてやしないか。
あるわけない。そう思いつつも、顔を背けたまま、更に目を端に寄せる。
――と、その時だった。
キーンコーンカーンコーン。
校舎全体を揺らすようにチャイムが鳴り響く。
一度目が鳴り終わり、チャイムがループする。
その間も彼女はずっと僕を見つめていたけれど、チャイムが鳴り終わると同時に大きな瞳を閉じた。
「まーいいや。
今後の進展に期待ということで」
パッと、何事もなかったように離れる。
見世物じゃないんだから期待なんてするな。
そう思ったけれど、ようやく落ち着ける距離になったので、なにより先に口から零れたのは安堵の息だった。
どうしてこう、女の子は距離感が近いんだろう。
鎖錠さんしかり。鎖錠さん母しかり。妹しか……いや妹を女の子カウントするのはどうなんだろう。気持ち的に、あれを女の子とは呼びたくなかった。
妹科妹属妹種というか。そもそも生態的にも、女の子? と首を傾げざるおえない。
女の子に抱く可愛らしいイメージはあまりなかった。
豪快で、活発で、挑戦的で、……冒険家かな? それとも、海賊かもしれない。
どうあれ、女の子には程遠かった。
なんて、考えていたのが悪かったのか。
級友女子の追及から逃げるようにして椅子の端によっていたため、座面とお尻の接地面積が少なかった。
そのせいか、背もたれの上に肘を置こうと動いた瞬間、ストンッとお尻がずり落ちてしまう。
胃の浮く感覚に寒気を覚えながら、床に打ち付けたお尻を撫でる。
「なにしてるの?」と級友女子は呆れながらも、手を差し出してくれた。
ちょっと恥ずい。
どこかで妹がクスクス笑っている気がして、羞恥と苛立ちがない交ぜになって顔をしかめる。
伸ばされた手を取ろうとして、一瞬、躊躇する。
助け起こすためとはいえ、女の子の手に触れて良いものか。
そんなことを考えたが、こういうのが童貞臭いとか言われる原因だよなと思い切って手を取る。
華奢で細く、なのに柔らかいという矛盾を孕むクラスメートの手の感触。
心の表面で猫が爪とぎをしているような、ざらついたというか、そわそわした気持ちになっていると、ギュッと。手を強く握り返され目を見開く。
顔を上げる。見上げた先には、邪気なく満面の笑顔を浮かべる少女が居て――
「それで、なにを悩んでいたのかな?」
えへーっと可愛らしく笑う。
その笑顔は女の子らしく可愛らしいモノであったが、ガッシリと掴んだ手はカミツキガメの顎のように力強く、口を割るまで離さないとその握力が告げていた。
「えへへへへー?」
「………………」
笑顔と沈黙。
感情が真正面からせめぎ合う。






