第3話 同棲を広めてる犯人は僕
ひくっと頬が引きつる。
もっとも知られたくなかった隠し事。鎖錠さんとの同棲。
それがどうしてクラスメートに把握されているのか。
話した記憶はない。
鎖錠さんだって、わざわざ広めないだろう。そも、僕以外と話しているところなんて見たことないし。あと、知っているのは妹ぐらいのものだがまさか……と思うも即座にその考えを否定する。
流石にあのイベント大好きな妹とて、言いふらすような真似はしないだろう。
そもそも、僕のクラスメートと知り合いですらないだろうし。
そうなると、真実は1つ。
「まさか……盗聴!?」
さっと身の回りを確認する僕に向かって、級友女子は「違う違う」と顔の前で手を左右に振る。
「じゃあなんで知ってるのよ?」
諦めて訊くと、本気で言ってるの? という反応で「えー?」と驚きの声を口から漏らした。
「なんでって。
一緒に登校して帰るのもだけど、買い物とか、夕飯だけじゃなくって、洗濯に掃除の話までしてるでしょ?
教室内で普通に。
所帯じみてるというか、これで同棲してるわけなくないっていうか。
え? むしろ気付いてなかったの?」
「……気付いてなかった」
迂闊過ぎではなかろうか、僕。
不注意どころの騒ぎじゃない。
むしろ、バレて当然で、自ら広めていたようなものではないか。
秘密にしたい話を、教室で話してるのだから級友女子が知っていて当たり前だった。
クラスメートからは秘密とすら思われてないんじゃなかろうか。
知らぬは本人ばかりである。
真実は1つというか、犯人は僕。
でも、しょうがないと思う。
だって、教室で会話してるのは鎖錠さんとだけだし。
鎖錠さんとの会話内容なんて、それこそ家のことが主だ。プライベート全開である。
流石に『僕たち同棲してます』なんて口を滑らせてはいないが、会話の中身で丸わかりに決まっていた。
うわぁ、まじかぁ。
頭を抱える。これ、どこまで話が伝わっているんだろうか。
最悪、クラスメートまでは良しとする。いや、本当はしたくないけど、諦める。今更だ。
ただ、先生にまで筒抜けになっていると、呼び出しからの生活指導にまで及ぶ可能性がある。
個人の問題でもあるので流石に停学とまではいかないだろうけど、良い印象を抱ける話ではあるまい。
もしも、先生どころか生徒の保護者にまで話が伝わったら――と考えたところで、思考を閉じた。考えるだけ無駄というのもあるが、正直、その未来は想定したくなかった。
具体的に想像しなくても、面倒なのは間違いないのだから。
ただでさえ、鎖錠さん母娘のことで頭を悩ませているのだ。
これ以上の面倒事はごめんである。考えたくもない。
「……指摘は感謝するけど、その話、広めないでくれよ?」
「あんな堂々としてるから気にしてないとばかり」
ごめんね間抜けで。
「うん、でも。りょーかい。
そのぐらいの分別はあるから、まっかせて。
他の子にも言っておくよー」
「……助かる」
正直、ほんとかぁ? と訝しんで問い詰めたくなったが、そもそもの原因は僕なのであまり級友女子を責められない。
野次馬さんは見るからに口が軽そうだな。歩くスピーカーじゃないの? と思わなくもないが、この場は信じておいた。信じて……信じて…………。
いやほんとにお願いしますよ?
一抹どころかコップに並々注がれた水が表面張力で盛り上がるぐらい、僕の心が不安に満たされている中、級友女子が話を戻す。
「朝一緒に登校して?
お弁当作ってもらって?
下校も一緒も。
あまつさえ、同棲しているんだよね?
それで嫁じゃないって、じゃあ嫁ってなんですかってお話なのですよ」
「……結婚してないし」
書類状、僕と鎖錠さんはただの他人である。
たとえ一緒に暮らしていても、結婚していない以上、妻ではないし嫁でもないのだ。
「でも、付き合ってるでしょ?」
「彼氏彼女でもありませんが?」
言うと、級友女子の顔が露骨にひん曲がる。
とても女の子がしてはいけない崩れた顔。思わず「お嫁に行けなくなるよ?」と言うと「嫁に行かせないのはどっちよ!」と意味のわからない怒られ方をした。
なんでだ。お前が嫁ぐのを止めた覚えはないぞ。止める気もない。
「この玉無し野郎!」
「たまな……っ!?」
あまりにあまりな罵倒に、言葉が出てこなかった。
女の子なんてこと言うんですか。せめてもっと上品に。玉の前に『お』を付けてくださいませんこと。お玉無し野郎って。
なんて、くだらないことを考えつつ愕然としていると、ヒートアップした級友女子が机をバンッと叩く。危うく顔に当たりそうで、咄嗟に身を引いた。
ズイッと、間近に少女の顔が迫る。視界一杯に広がり、鼻先が触れそうな距離にうっと小さく呻く。
「あんなおっぱいおっきい美人さんと一緒に暮らして手を出さないとかなんなの?
女の子なのかしらん?
それとも去勢されてムシャムシャ草食んでるお馬さんなのかしらー?」
「い、いやぁ……?
女の子でもないし、お馬さんでもないよ……?」
あまりの勢いに気圧されて、反論らしい反論ができない。
なんで怒られなきゃいけないのか。
鎖錠さんと僕の関係が嫁だろうが同居人だろうが、級友女子には関係ないだろうに。
けれど、正しいか間違いかはともかく。
正面から真剣な表情で訴えられると、なんだか僕の方が間違っているような気になってくる。不思議だ。
ズイズイッと顔を寄せられ、鼻先どころか顔面全体が押し付けられそうになる。
両手を上げて上体を仰け反らせるも、椅子の背もたれに阻まれてこれ以上下がれなかった。
冷や汗を流しながら、視界一杯に広がる波打つ瞳を見つめ返す。
まるで、嵐のように荒れ狂う目が、力強い感情をたたえていた。
そして、戸惑う僕の胸に核心の一言を突き立てる。
「――好きじゃないの?」
鎖錠さんのこと。
突き立てられたのは白木の杭か、それとも銀の短剣か。
呼吸が止まり、なにか言おうと開いた口から漏れたのは、声にならなかった呼気だけだった。






